■ spoilt child


室井は眉間に皺を寄せて、恋人を見た。
青島の右の目尻と左の唇の端に、絆創膏が貼ってある。
また捜査中に怪我をしたらしい。
だから室井が不機嫌になっているわけではない。
不機嫌になっているのは、青島の方だった。
床に胡坐を掻いて座り、むっつりとくわえ煙草で宙を睨んでいた。
室井とケンカをしたわけではない。
ここに来た時には既に、こんな調子だった。
そのため、室井もまだお説教もできずに、困っている。
無茶をするな気を付けろと、今までも再三繰り返した説教だが、言わずにはいられない。
いられないのだが、今の青島には説教などするだけ無駄だ。
間違いなく、人の話しが耳に入ってくる状況ではない。
ただただケンカになる可能性すらある。
説教はしたいが、ケンカがしたいわけではない。
室井は一先ず言いたいことを飲み込むことにした。
「何かあったのか?」
怪我のことも不機嫌の理由もこめて、聞いてみる。
青島はちらりと室井を見て、視線を少しさ迷わせた。
何かを迷うような仕草を見せたが、やがて乱暴に煙草を揉み消した。
そして、四つん這いで同じく床に座っていた室井の元までやってくる。
突然で、室井は少し驚いた。
「青島?」
何故か膨れっ面のまま、腹に抱きついてくる。
自分よりも体格のいい青島に、タックルされて後ろにひっくり返りそうになったが、後ろ手をついてなんとか堪える。
「と…っ、どうした…?」
室井の腹に顔を埋めた青島が、ぼそぼそと呟き出す。
聞き取り辛くて、室井は少し前のめりになった。
「…婦女暴行の被疑者現行犯で逮捕したら、本店で追ってた別件の容疑者だったみたいで、余計なことすんなって怒られた…」
室井は真顔になると、青島の後頭部に手を置いた。
青島が不機嫌な理由が良く分かった。
彼は彼の仕事をしただけだ。
精一杯身体を張って、被疑者を逮捕した。
にも関わらず、本庁からは叱られ、嫌味の一つも言われただろう。
挙句、恐らくそのせいで袴田にも怒られたはずだ。
青島が納得いかないのも無理はない。
「なんなんすかね、じゃあ放っておけば良かったって言うんすかね、目の前で人殴られてんのに、そんなこと…」
青島が強く頭を押し付けてくる。
青島の憤りを嫌と言うほど感じながら、室井は青島の頭をなぜた。
「……言っておきますけど、室井さんを責めたいわけじゃないですからね」
「分かってる、だが…」
青島は室井に怒っているわけではない。
不機嫌な理由を伝えただけ、少しの愚痴を溢しただけだ。
室井も自分に非があると思っているわけではない。
ただ、青島の憤りを理解できても、今の自分には何もしてやれないことが情けなかった。
「すまない、何もしてやれなくて」
室井の低い声に、青島はむくりと顔を上げた。
相変わらずむっつりしている。
「だから、違うってば」
「責められているとは思っていない、ただ自分が情けないだけだ」
「そういうんじゃなくって、俺が言いたいのは」
いらいらしたように言って、唇を尖らせる。
「室井さんに何かして欲しいって言ってんじゃないんだ、いや、して欲しいっちゃあーして欲しいんだけど、そんな難しいことじゃなくって、大体アンタが頑張ってくれてるのは充分知ってるよ、てかそんな話しじゃなくって、俺がして欲しいのはもっと簡単なことで…」
「青島」
室井は黙って聞いていたが、段々と青島が何を言いたいのか分からなくなってきたので、途中で遮った。
「すまないが、何を言いたいのかさっぱり分からない」
バカ正直に言ったら、青島が口角を下げて、またむっつりとした表情になってしまった。
更に機嫌を損ねたかと内心焦る。
「おい、青島…」
「俺、今へこんでるんです」
今更言われなくても、そんなことは室井にだって良く分かる。
「悔しいし、悲しいし、むかつくし、いらいらするし」
それも良く分かるが、察しの悪い室井のために噛み砕いて話してくれているのだとしたら、黙って聞くより他にない。
そう思って真面目に聞いていた室井に、青島が言い辛そうに続けた。
「だから……恋人がへこんでんだから、することあるでしょうが」
無言で青島を見下ろした室井に、青島はむっつりしたまま身体を起こした。
改めて室井の首に両腕を回し、抱きついてくる。
条件反射のように背中を抱いた室井に少しだけ満足そうに、青島が言い放った。
「慰めろって言ってんですよ」
目からウロコ、というのは大袈裟か。
室井は「なるほど」と素直に納得すると、青島の背中を宥めるように撫ぜながら抱きしめた。
片手で頭も撫ぜてやる。
こんなやり方でいいのかどうかは分からなかったが、青島は満足しているのか文句を言うこともなく室井にしがみついているから、悪くはないようだった。
青島は、仕事の上での憤りを自分で消化していく能力がないわけではない。
へこんでいたのは事実だろうが、それを室井にぶつけたかったわけではないのだろう。
ただ少しだけ、室井に甘えたかったのかもしれない。
珍しいことではあったが、それぐらいは室井でも受け止めてやれる。
室井は黙って、青島の身体を優しく撫で続けた。


「ちょっと、元気でた」
耳元で声がして視線を落とすと、青島が室井の肩に頬を乗せたままこちらを見ていた。
表情は少し明るい。
室井が撫ぜたくらいで何が変わるわけでもないだろうが、少しくらいは心を晴らせてやれたのかもしれない。
そうだとしても、それは室井の力ではない。
誰かの心を受け取れる、青島の力だ。
「…それなら良かった」
室井は青島の頬に唇を寄せたが、青島が顔を持ち上げたから近付いた唇に触れる。
何度か触れ合わせると、青島が室井の腰を跨いで座って踏ん反り返った。
「折角だから、もうちょっと甘やかしてくださいよ」
ふてぶてしく言うわりには可愛い言葉で、室井は笑みを溢した。
―こんな甘やかし方でいいのなら、いくらでも。
そう思いながら、青島の唇を塞いだ。










END

2008.1.29

あとがき


どっかで似たようなお話書いたかもしれません;
被っていたらすみません…

甘えっ子青島君がミニブームだったのかもしれません(笑)
へこんで甘える青島君が書きたかっただけでした。

へこむと優しい言葉欲しくなりますよねー。
なでなでとかも嬉しいです。
男の人がどうかは分かりませんが、そんな時がたまにはあってもいいんじゃないかと!

タイトルはそのまま、「あまえっこ」(笑)


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