■ 恋人宣言
「恋人ができたら、すぐに教えてくださいね」
前にも似たようなことを言われた気がして、室井は眉間に皺を寄せた。
目の前にはなにが楽しいのか室井には皆目見当もつかないが、ニコヤカに微笑みながら缶コーヒーを飲む青島がいる。
本庁の喫煙所で、青島と差し向かいに座っていた。
珍しく本庁に来ていた青島を見付け、一服しないかと誘ったのは室井の方だった。
話したいことがあったからだ。
曖昧になっている二人の関係。
それをはっきりさせたかったのだ。
今日、偶然会っていなければ、近いうちに呼び出そうとさえ思っていた。
だが、どう切り出そうか迷っているうちに、青島がのんきに言った。
―なんのつもりだ。
喉まで出掛かったが、辛うじてどこかに引っ掛かって出てこない。
互いに結婚しないという妙な宣言をしてから、一週間しか経っていない。
あの時は、それだけで別れてしまった。
降って湧いた幸運に動転してしまい、青島に突っ込んだことを聞く余裕がなかったのだ。
結婚などしないと告げることだけで精一杯だった。
室井のことをどう思っているのか。
二人の関係は変えられるのか。
それをちゃんと確認したくて誘ったというのに、青島は室井に「恋人ができたら」などと出鼻を挫くようなことを言う。
―俺はからかわれているんだろうか。
青島がどういうつもりでいるのか、室井にはさっぱり分からなかった。
青島には、室井では計り知れないところがある。
室井はきっと青島のことを半分も知らない。
知っている半分だけでも、今は十分だと思っていた。
互いに、互いが結婚するまで結婚しないと宣言している。
焦らずとも、残りを知る機会はこれからいくらでもある。
そう思った途端にこの台詞である。
やはり青島の考えていることが、さっぱり分からない。
むしろ、益々分からなくなったと言っていい。
分からないにもほどがある。
「…何故だ」
抑えたつもりで隠し切れずに不機嫌な声になったが、青島は気にしたふうもなく、相変わらずのんきに笑っている。
「俺も恋人を作るからですよ」
またも、どこかで聞いた台詞だった。
ならば、青島が室井に伝えたい気持ちも、前回と同じということだろうか。
久しぶりに合コンでもしようかなーと言いながら、煙草を咥える。
試すようなことを言う青島に、室井は眉間に皺を寄せた。
「君に恋人ができたって、俺は合コンなんかしないぞ」
「ぶは…っ」
青島が盛大に吹き出した。
「室井さんが合コン?あははは…」
何がおかしいのか、笑いが止まらない。
自分でも合コンなど似合わないとは思っているが、そこまで笑われると腹立たしい。
憮然としている室井に、青島は笑いながら首を振った。
「いや、そうじゃないっすよ」
「何がだ」
「バカにしてるわけじゃないですって」
「どこがだ」
俺だってやろうと思えば合コンくらいと強気に言ってやりたいが、意地を張るにしたって、やっぱり室井には合コンなど向いていない気がする。
第一知らない人と酒を飲むことが、それほど楽しいとは思えない。
それくらいなら一人で飲む方が性に合っていた。
「室井さんらしいなーって思っただけ」
やんわりと微笑むと、青島は煙草を灰皿に押し付けた。
「合コンなんか、行っちゃだめですからね」
目を細めて微笑む青島に、室井の頬が熱くなる。
その言葉に、眼差しに、意味がないわけがなかった。
「そろそろ、仕事戻ります」
コーヒーご馳走様と言って席を立つ青島の腕を掴む。
振り返った青島を睨み付けた。
「君も合コンなんかするな」
室井を見下ろしきょとんとしていたが、すぐに笑みを溢す。
嬉しそうな笑顔。
「室井さんに恋人が出来なきゃしませんよ」
「なら、一生しないんだな」
言ってから、またも回りくどいことをしていることに気が付いて、青島に話したいことがあったことを思い出した。
青島の腕を掴む手に力を込める。
「俺の恋人が誰でも、君は合コンするつもりか」
青島は笑ったまま、ちょっと困った顔をした。
水を向けたのは青島なのに、それ以上踏み込むことを躊躇っているのもおかしなことに青島だった。
だからと言って、室井がそれに付き合ってやるいわれもない。
蛇の生殺し状態はもう十分である。
「合コンなんかする必要ないんじゃないのか?俺の恋人が……君だったら」
自信は無かったが、確信はしていた。
青島の気持ちを。
それでも緊張しながら青島の返事を待つ。
青島は困ったように笑ったまま、あらぬ方向に視線を泳がせた。
「えーと、それはまぁそのー…」
意味のない言葉を呟いてから、泳がせていた視線を室井に戻す。
目の下がほんのり赤い。
青島の喜びが透けて見える気がした。
室井の体温がいくらか上昇する。
「…いいんすかね」
思いを通わせても良いのだろうか。
青島が聞いているのはそんなところか。
障害だらけの恋に、青島なりに葛藤はあったのかもしれない。
大胆なくせに、意外と繊細。
きっと、室井の将来を思っている。
「駄目なのかもしれない」
室井は素直に言った。
本当はこのままでいるべきなのだろう。
何も無かったことにできるなら、それが一番だ。
それが分かる程度には、分別がある。
あったところで、我慢がきかなければ意味はない。
「駄目でも、諦められない」
真っ直ぐに見つめて告げる。
青島は一瞬目を伏せたが、次にはにかむような笑顔を見せた。
「そういや、室井さんも諦め悪かったもんね」
「君と一緒でな」
二人とも、諦めは悪い方だ。
信念は曲げられないし、思いはきっとごまかせない。
ならば、二人が進む道も一つしかない。
「室井さん」
青島が悪戯っぽく目を輝かせて、内緒話を囁くように呟いた。
「恋人できたら教えてくださいね」
「恋人なら、今目の前にいる」
迷うことなく告げると、青島は笑いながら腰を屈めた。
顔が一気に近くなる。
「奇遇ですね」
驚く隙もないまま唇をかすめとると、緩んだ室井の手から逃れ離れていく。
「俺の恋人も、今目の前にいます」
青島がそれは嬉しそうに幸せそうに笑うから、立ち上がり、行きかけた青島の腕をもう一度掴んで、今度は室井からキスをした。
END
2007.10.16
あとがき
ええっとぉ…
「婚約宣言」の続きです。
ちょっと…なんとも言えないお話になってしまいました;
書きたかったのは、自分のことを棚にあげて
「合コンしちゃだめですよ」っていう青島くんだったんですけど…
そこからして間違っていたのかな(笑)
妙なお話になりました。すみません;
なんというか、この青島くん。
ちらっちらっと気持ちを匂わせておいて、告白は相手から…という
小悪魔風味になってませんか。
フレンチの香がしますね(意味不明)
以前、「続きを〜」と仰ってくださった方がいて、書いてはみたものの、
きっとご覧になりたかったのはこんなものではなかったのではないかと思われ、
かえって申し訳ない気分です。
申し訳ないです…(笑)
というか、本庁でなにやってるんだこの人たちー!(今更)
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