■ キャンディ


新木場の駅で降りて、室井は足早に歩いていた。
こんなに何もない駅で降りる理由は一つしかない。
室井の向う先など一つしかない。
そのわりには表情が浮かず、眉間に少し溝が出来ている。
―今日は思うような仕事ができなかった。
警察組織に、少しの憤りを覚える。
これはいつものことで、室井の中で消化し、飲み込んでいくしかない。
だからといって、今の警察の在り方に納得するわけではない。
納得できるくらいなら、青島と大それた約束など交すわけがない。
理不尽なことを、そうと認識し続けることも、室井には大事なことだった。


足早に歩いていたせいか、思いの他早く青島の部屋の前まで辿りついた。
暗い顔を見せないように注意しながら、インターホンを押す。
バタバタと足音がして、すぐにドアが開いた。
満面の笑みで出迎えてくれた青島の顔を見て、すぐに室井の表情が緩んだ。
「子供か、君は」
小さく笑って、思わず呟く。
拗ねるかと思ったが、青島は苦笑すると肩を竦めて、唇に咥えていた白い棒を引き抜いた。
その先には、カラフルな丸い飴玉がくっ付いている。
「大人が食べちゃだめってことないでしょ」
「それはそうだが…自分で買ったのか?」
「いや、貰いもんです」
どーぞと勧められて、青島の部屋に入る。
なにやら上機嫌な青島の顔を見たら一気に和んでしまった。
心配することもなかったなと、室井は内心で苦笑した。


スーツの上着を脱いでソファに座ると、青島が缶ビールを手渡してくれる。
それを受け取りながら、疑問を口にした。
「貰ったって、誰に?」
青島が未だに咥えている飴のことである。
「今日、ちょっと事件があって……空き巣に入られた家に小学生が一人で留守番してたみたいで、その子がうちに保護されてきてたんですよ」
「その子に怪我は?犯人はどうしたんだ?」
子供一人ではさぞかし怖い思いをしただろうと、室井の眉間にも皺が寄る。
青島はちょっと笑ってから、簡単に経緯を説明してくれた。
「空き巣に入った犯人は物音に気付いて、子供と接触することもなく、何も盗らずに逃走。その子がすぐに通報してくれて、駆け付けた警官がまだ周囲を物色していた犯人を逮捕」
無事に事件解決ですと締め括る。
「そうか…」
怖い思いをしたには違いないだろうが、その子が犯人と接触せずに済んだこと、犯人がすぐに逮捕されたことは幸いだった。
「中々両親に連絡がつかなくって、両親が来るまでの間、その子と遊んでたんですよ。そしたら、」
青島がちょっと誇らしげに飴を翳して見せた。
「別れ際に、コレくれたんです」
その顔があんまり嬉しそうだから、室井もつられて笑みを溢す。
―飴くらいで子供みたいに。
そうからかおうかと思ったが、続いた青島の言葉に飲み込む。
「子供が自分のモノを誰かにあげるって、結構凄いことじゃないです?」
お菓子や玩具を手放すことは、子供にとっては容易いことではないはず。
青島は飴を貰えたことが嬉しかったわけではなく、その子供が自分のお菓子を青島にわけてくれたことが嬉しかったのだ。
「なんか嬉しくってね〜」
ニコニコ笑いながら、再び飴を唇に押し込んだ。
意識せずとも、室井の表情が一際柔らかくなる。
青島の機嫌が良い理由が分かった気がした。


決して、暇ではない勤務時間中。
怖い思いをした子供を和ませるために心を砕き、一緒に遊んで元気付けてやったに違いない。
その子が笑えば、きっと青島は喜んだだろう。
それこそが、青島が守りたいものなのだから。


「俺も頑張らなくちゃな」
小さく呟いた室井の声に、青島はきょとんとする。
「室井さん?」
呟く唇には飴を咥えたままで、室井は思わず笑った。
白い棒に手を伸ばし飴を引き抜くと、軽く唇を合わせる。
甘味を感じる唇を舌で舐めて離れると、青島が目を丸くして室井を見ていた。
「室井さん?」
「甘いな」
当たり前のことを呟いて、青島の唇に飴を返す。
もごもごと唇で受け取ってから、青島は苦笑した。
「飴ですからね、甘いですよ」
「そうだな」
「室井さんも食べたい?」
小首を傾げて聞いてくる。
―この可愛いらしさは一体どこからくるんだろうな。
一瞬頭を過ぎったのは馬鹿馬鹿しすぎる疑問で、室井は考えることをやめにした。
首を振ると、缶ビールに口をつける。
「君が貰ったんだ、君が食え」
良かったなと付け足してやると、青島は照れているのか頭を掻いて、それからまた嬉しそうに笑う。
口の中の飴を転がしながら味わっている様を見れば、あまりにも幸せそうで、室井は苦笑した。
「でも、早く食ってくれ」
ん?と目で聞き返してくる青島に、室井は何も答えなかった。


―キスもできないから、早く食ってくれ。










END

2007.3.22

あとがき


先日、とある方とのメールで、
「チュッパチャップスだと棒が邪魔ですね(何をするために)」とか、
「30分も我慢できない!(だから何が)」とか、
「チュッパチャップスを舐める青島君は可愛い(大正解)」とかお話してまして。
そしたら、なんとタイムリーにもイベントで、
チュッパチャップスを差し入れしてくださった方がいらっしゃって!
これはもう書かなくちゃ!という使命感に燃えまして……燃えたからって
上手に書けるってものではないわけですよ(笑)

でも、個人的には満足しました。
書きたいネタだったんですね。幸せ幸せ。
こんなところからなんですが、
いつも私の妄想にお付き合いくださるN様、
チュッパチャップスをくださったお客様、
本当に有り難う御座いました!
こんなものに化けてしまって、すみません!(笑)



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