■ 夏とビールとコンビニと
「暑い…」
少し後ろを歩く青島が、言うまでもないことを言った。
だからといって、それを咎める気にはならない。
本当に暑いのだ。
日はすっかり落ちているにも関わらず、昼間とそう変わらず蒸し暑い。
太陽の日差しがないぶんだけマシであるという程度だ。
青島じゃなくたってぼやきたくなる。
「暑いな…」
軽く額の汗を拭いながら、室井も呟いた。
「冷たいビール冷たいビール…」
背後から妙な呪文が聞こえてくる。
室井は思わず吹き出した。
「もうすぐ家だ、我慢しろ」
室井の自宅まで後少し。
自宅の冷蔵庫の中では、今頃ビールが青島の呪いにかかっているはずだ。
「冷たいビール冷たいビール…」
青島の呪文は止まらない。
聞いているうちに、室井の喉も上下してくる。
脳が室井にも『冷たいビールが飲みたい』と指示を出してくるらしい。
室井は意識せずに眉を寄せた。
「冷たいビール冷たいビール…」
「よせ、余計に喉が渇くぞ」
「だって、室井さぁん」
青島の口からようやくビールという単語が消えた。
「ほら、アイス買ってやるから、もう少し我慢しろ」
通り過がりのコンビニを指差し振り返ると、青島は一瞬嬉しそうな顔をしたが、思い出したように膨れっ面を作った。
「俺は子供じゃないですよ」
「ならアイスはいらないのか」
「いや、いりますけど、もうちょっと言い方ってもんをですね」
「大人だってアイスは食うだろ」
「だからそういう話しじゃなくて、」
「よそう、喉が渇く」
会話を一方的に打ち切って先にコンビニに入ると、青島もすぐに後に続く。
見る間に青島の表情が緩んだから、室井はひっそりと笑った。
確かにコンビニのクーラーは効き過ぎるくらい効いていて、生き返るような心地がした。
青島はそそくさと二人分のアイスを手に取り室井に差し出してくる。
「買ってやるって言ったんだから、室井さんが買ってくださいね」
どうやら子供扱いを根に持っているらしい。
ふふんと鼻で笑って、室井にアイスを押し付けてくる。
そういうところが子供っぽいと言っているのだが、さらに臍を曲げられそうなので黙ってアイスを受け取った。
「煙草はいいのか?」
「あ、一つ買っとこうかな」
「氷も買って行こうか」
「そうっすね〜後、つまみも」
コンビニに立ち寄ると、何故か必ず必要なわけではないものまで買ってしまうから不思議だ。
レジで千円札を二枚出して、小銭を受け取るとコンビニを出る。
出ようとして、足を止めた青島を振り返る。
「青島?」
「名残惜しいなぁ…」
青島があまりにしみじみと言うから、誰との別れを惜しんでいるのかと思えば、コンビニだ。
いや、コンビニのクーラーだ。
室井は呆れた顔をしたが、迷子になった犬のように情けない顔をしている青島を見ているうちに、苦笑が浮かんでくる。
「俺の家に行きたくないのか?」
室井は先にコンビニを出た。
「まさかっ」
慌てて青島がついてくる。
「そんなわけないでしょ」
外の重たい空気に顔を顰めながらも、青島は否定した。
顰めっ面の青島の手からビニール袋を取り上げる。
「ほら、行くぞ」
青島を促して歩き出す。
「冷たいビールはすぐそこだ」
室井にも青島の呪文がうつったらしい。
脳内で「冷たいビール冷たいビール」と唱えながら、自宅へ急いだ。
夏は冷たいビールに限る。
そこに青島がいれば、なおよし。
青島とビールには何の因果関係もないが、室井は真剣に思っていた。
今年の夏も暑い。
END
2006.8.10
あとがき
暑いですね、というお話です(笑)
暑中お見舞いです。
嘘です。
全然見舞ってないですね。
いやー……暑い(おい)
コンビニのクーラーは一瞬幸せをくれますが、
次ぎの瞬間には不幸のどん底に突き落としてくれますよね(大袈裟)
template : A Moveable Feast