■ たまにはそんな日も・その後
「青島…」
室井は困ったような、だけど少しだけ嬉しそうな顔で青島の髪に触れた。
青島はというと、室井にヒシッと抱きついたまま起きようとしない。
二人はまだベッドの中だった。
昨日は二人揃っての休日で、一日一緒に過ごし夜には帰るつもりだったのだが、別れ難くて結局朝まで青島の部屋に居座ってしまったのだ。
そろそろ室井はここを出ないと、遅刻する。
時間はまだ早いのだが、一度自宅に戻ってスーツに着替えないといけないからだ。
まさかジーンズとスニーカーで本庁に行くわけにもいかない。
室井は青島の髪を梳きながら、もう一度声をかけた。
「青島、そろそろ離してくれ」
「イヤです」
寝ぼけているのかと思っていたのだが、はっきりとした返事が返ってきて、室井は目を丸くする。
「青島?」
「もうちょっと、いいでしょ」
「いや、もう限界なんだが…」
青島がこの手の我侭を言うのは珍しい。
二人とも社会人で、しかも同じ業種で働いているから、時間への理解は深かった。
なのに、今朝の青島は珍しく駄々を捏ねている。
正直に言えば嬉しいし甘やかしてやりたいのだが、やっぱり時間が許してくれない。
「青島。いい加減に家に帰らないと遅刻してしまうんだ」
腕時計を見ながら青島の頭をポンポンと叩くと、青島がむくりと顔を上げた。
何故かちょっと笑っている。
「うちから真っ直ぐ行けば良いじゃないですか」
「平服で行くわけにはいかないだろう」
「スーツなら俺んちにありますよ」
青島の家にももちろんスーツはあるが、青島のスーツでは室井には少し大きい。
他の服ならいざ知らず、スーツを他人に借りるのは無理があった。
だが、青島の言うスーツとは、青島のスーツのことではなかった。
「ほら、前に、雨で濡れたスーツをうちに置いて帰ったことあったじゃない」
指摘されて、室井もふっと思い出す。
大分前のことだが、青島の部屋に来る途中で大雨に降られてしまい、その時にずぶ濡れになったスーツを青島にクリーニングに出してもらっていた。
Yシャツもネクタイもついでにだしてもらっていたので、そういえば一式揃っていたのだ。
持って帰るのも面倒なので、そのうち車で取りに行くか持って行くかしようと青島と話していて、そのまますっかり忘れていた。
こんな時になって思い出すことになるとは思いもしなかったが、思い出したら急ぐ理由は全くなくなっていた。
「そういうことは、早く言え」
室井はひっそりと溜息を吐いて、青島を抱き返す。
急ぐ理由がないのなら、時間が許す限りいちゃいちゃしたいのは室井も一緒だった。
「俺もさっき思い出したんですよ」
クスクス笑いながら、室井の胸元に鼻先を寄せてくる。
「あー朝だなーそろそろお別れかーって考えてたら、不意に思い出したんです」
なんにせよ、いいタイミングで思い出してくれた。
―おかげで、後一時間は一緒にいられる。
なんてことをちょっと考えて、室井は苦笑を浮かべた。
いい年をした男が随分乙女チックなことを考えていると思ったのだ。
頭の痛い思考回路は自分だけのもの。
考えるくらいは自由だろうと、室井は開き直ることにした。
「青島の部屋に俺のスーツを常備しておくか」
思わず呟いたら、腕の中で青島が笑い声を立てた。
室井の発言を、らしくもない冗談だと受け取ったらしい。
笑いながら、
「それなら、いっそ住んじゃった方が早いんじゃないっすか」
そんなふうに言う。
―…なるほど。
青島は冗談だと思ったようだが、生憎と室井は本気だった。
「それもアリだな」
平然と応じたら、笑っていた青島が硬直する。
「…え?」
今度はちゃんと冗談に聞こえなかったのか、青島が慌てて顔を上げた。
「室井さん?」
「後一時間寝れるぞ」
軽く頭を引き寄せて、また腕に抱きこむ。
「え…と、冗談、ですよね?」
些か不安そうな青島の声に応えずに、室井は目を閉じた。
口元に浮かんだ笑みが返事だったのだが、青島がその返事を知るのはもう少し先のこと。
END
2006.5.19
あとがき
あ、あら?
室井さんに同居を決意させる気はなかったのですが、
何故かそんな方向に(笑)
書きたかったのは、青島君が理由ありで我侭を言うところでした。
んで、それを知った途端、あっさり方向転換する室井さん。
らぶらぶです。いぇい(何)
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