■ ドロップ


久しぶりに訪れた青島の部屋で、室井は珍しいものを見つけた。
缶入りのドロップ。
室井も幼少の頃には食べた覚えがあるからそれ自体が珍しいものなわけではないが、青島の部屋で見るのは初めてだった。
テーブルの上に置いてあった缶を、何となく手に取って眺める。
カラカラと懐かしい音がした。
ジーンズとトレーナーに着替えてきた青島が、リビングで突っ立っている室井に笑みを零した。
「あ、それねぇ…パチンコの景品なんです」
「パチンコ?」
「ええ、この間休みの日に久しぶりに行って、五万も勝っちゃいました」
ピースを寄越す青島に苦笑する。
忙しいから滅多にしないようだが、時間があって気が向けばたまに行くらしい。
どうやら現金にならなかった分がドロップに化けたようだった。
「なるほど」
「なんか懐かしくて、たまに食べてるんですよー」
室井の手から取り上げて、軽く振ってみせる。
子供みたいな仕種が微笑ましい。
などと思っていたら、青島が苦笑しながら、
「でも、食べるたびに節子思い出しちゃって」
というから、室井は眉を寄せた。
―セツコ?昔の彼女だろうか。
だが、室井には聞き覚えのない名前だ。
もっとも青島の前の恋人など、誰一人知らないが。
「節子思い出すと、泣きそうになるんですよね〜」
くーっと唸る青島に、ますます室井の表情が曇る。
青島にそんな切ない思い出のある恋人がいたのだろうか。
いや、いたっておかしくはない。
そういうこともあるだろうとは思うし、青島の昔の彼女にまで嫉妬する気はない―気にならないとは言えないが。
だが、何も室井に向って、わざわざ言うことではない気がする。
そもそも、
―セツコって誰なんだ。
室井は渋面になった。
「…室井さん?」
一人悶々としていると、室井の顰め面が気になったのか、青島が心配そうに顔を覗き込んでくる。
室井は一瞬悩んだが、悩んでいても仕方がないと割り切った。
青島が話題にするということは、室井が聞いても構わない話のはず。
なら、悶々としている必要はない。
室井は思いきって尋ねた。
「セツコって、誰だ?」
きょとんとした青島だったが、ああ…と頷く。
「あれですよ、あの、ドロップが好きで、空のドロップの缶に水を入れて飲んで喜んだりした…」
青島の大分局地的な説明に、室井は首を傾げた。
「……随分変わった人だな」
素直な感想に、今度は青島が首を傾げる。
「あれ?室井さん、もしかして見たことない?」
「セツコさんをか?」
「あー…いやいや、やっぱりないんだなぁ」
青島は可笑しそうに笑った。
話しがズレていることに、室井もなんとなく気が付いた。
「何の話しなんだ?」
「『火垂るの墓』、有名なアニメですよ。知りません?」
「名前は聞いたことがある気がするが」
「戦時中に親に死なれた幼い兄妹のお話。妹が節子って言うんです」
室井は一気に脱力した。
なんだアニメかと思いつつ、ホッとする気持ちが強くて、我ながら少し情けない。
ひそかに胸を撫で下ろしている室井をよそに、青島はちょっと眉をよせた。
「凄く悲しい話なんですよ、これが。今見ても泣いちゃうなぁ」
本当に悲しそうな顔になるから、激しく説得力がある。
青島の言葉にはいつも妙な説得力があるが、きっと気持ちが表情に出やすいせいもあるのだろう。
「機会があったら、俺も見よう」
「そうしてください、あ、でも、俺のいないとこでね」
「何故だ?」
「痛すぎて、あんまり見たくない」
青島はまた眉を寄せながら、フタを外して缶を差し出してくる。
そういうものか…と思いながら、室井は要求されるままに手の平を出した。
そこにドロップが転がり落ちる。
白いそれは、薄荷だったか。
それを眺めていた室井の手の平に、青島の指がピンク色のドロップを置く。
そしてその代わりとでも言うように、白いドロップを取り上げた。
見ると、青島は笑っていた。
「ガキの頃って、白いの出るとガッカリしませんでした?」
「そういえば、そうかもしれない」
言われてみれば、色のついた甘いドロップの方が好きだった。
選り好んで食べていると、最後には薄荷ばかり残るのだ。
「でしょ?だから、取っ替えっこ」
指でつまんだ薄荷のドロップを口に運ぶ。
舌で転がしながら、自分の行動に照れ臭くなったのか、少しだけはにかんだ。
「ま、今となっちゃ、どれも大差ないんすけどね」
それはその通りだが、青島のおかげで随分懐かしい気分になった。
飴を口にいれると、更に懐かしい味がする。
本物の苺の味ではないのに、それは確かに苺味だった。
長いこと食べた覚えは無いのに、不思議と慣れ親しんだ味。
「……美味い」
コロコロと転がしながらつぶやくと、青島は嬉しそうに頷いた。
「そりゃ、よかった」
口直しにコーヒーでもいれますね、と言いながら、青島は台所に消えていった。
それを見送りながら、室井は口の中のドロップを転がす。
少しそのアニメに興味が沸いた。

青島を切なくさせるセツコ。
時間ができたらレンタルでもして見ようかと思う。
そうしたら、ドロップを見るたび室井も切ない思いをするかもしれない。
節子を思い出すと青島のことも一緒に思い出すだろうから、それならきっと悪くない。


***


嫌がる青島と一緒にビデオショップに赴き、『火垂るの墓』を借りて見て。
一緒に号泣した結果。
少しだけ後悔するのは、数日後。





END

2006.3.21

あとがき

実は、お菓子祭りにアップするつもりで書きました(笑)
なんかちょっとあまりにも微妙な仕上がりなので、やめました。

火垂るの墓をご覧になったことがない方には全く分からないお話でした。
申し訳ありません(汗)
あの映画、痛すぎて私はあまり好きではないです。
というか、まともに見られない…。
本当に切なくて悲しいですよねぇ。
お兄ちゃんと節子が…(涙)



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