■ デート


隣の席で、青島が大きな声で声援を送っていた。
選手の名前は聞いたことがあるようなないような。
室井も野球は嫌いではないし、学生時代は友人と球場まで試合を観に行ったこともあるが、警察官になってからはめっきり観る機会は無かった。
贔屓にしているチームも選手も、特にない。
それでも、青島に野球のチケットを貰ったから行かないかと誘われた時には、断ろうとは考えなかった。
進んで球場に足を運ぶほどの興味はなくとも、青島と一緒なら楽しいかもしれないと思ったからだ。
実際、球場まで来てみると、スタンドから見る選手は顔も分からないしほど遠いし、テレビで観るほどの迫力もない。
椅子の座り心地は良いとは言えないし、隣の青島が叫んでいる選手も誰のことだかいまいち分からない。
それにも関わらず、不思議と退屈とは思わなかった。
横目で青島を見れば、青島は手を叩いて選手の応援をしていた。
青島に贔屓のチームがあるとは知らなかった。
青島と付き合いだして、そろそろ三か月になる。
まだまだ知らないことがあるのかとぼんやり考えていると、視線に気付いたわけでもないのだろうが、青島が振り返った。
「室井さん、ビールのお代わりどうですか?」
売り子が近付いて来たことに気が付いて、気を回してくれたらしい。
球場について早々に購入したビールは既に空になっていた。
「もらおう」
青島はにこりと頷くと、売り子に手を振った。
「お姉さん、二つちようだい」
愛想の良い女の子が元気に返事をして、サーバーからビールを注いで手渡してくれた。
会計は青島がしてくれた。
出そうと言ったが、青島はこれくらいご馳走しますと笑って受け取らなかった。
「ありがとう」
「ビール美味いっすね」
「そうだな」
「こういうところで飲むと、格別に美味いですよね」
「君は、風呂上がりでも、居酒屋でも、同じように美味そうに飲んでる気がするが」
冷静に指摘してやれば、少し考えてみて思い当たる節があったのか、青島自ら同意してみせた。
「そうかも」
視線を合わせて笑う青島に、室井も小さく笑みを返した。
「君が野球好きだとは知らなかった」
「特別好きってわけでもないんですけどね」
意外な返事が返ってきて、室井は首を傾げた。
今の今まで楽しげに熱心に応援していたから、意外だった。
「好きなチームだったんじゃないのか?」
青島がしきりに応援していたチームを指して問えば、青島はからからと笑った。
「いやいや。貰ったチケットがね、このチームの応援席だったから、応援してるだけですよ」
つまり、反対側の応援席に座っていれば、そちらを応援したということだ。
応援に一つもこだわりのない青島に、贔屓のチームがあるはずがなかった。
「そうなのか、てっきりファンなのかと思った」
「こうやって観に来たりするのは楽しいけど、野球中継は滅多に見ませんよ」
室井と一緒にいる時も野球中継を見ることはまずなかったから、青島の言う通りなのだろうと思った。
楽しそうだった青島は場の雰囲気だけで盛り上がっていたのかと思うと、呆れるやら感心するやらだ。
調子が良いともいえるが、何事も楽しもうとする青島の姿勢は素直に良いことだと思えた。
その方が人生はきっと楽しい。
室井はというとそこまで何事も肯定的には受け止められない性質だが、青島と一緒ならそれも不可能ではない気がした。
「君は何でも楽しむな」
「そうかな?まあ、実際楽しいし…」
歓声が上がり反応した青島は一度グラウンドに視線を向けたが、すぐにそれを室井に戻した。
「室井さんと一緒だしね、楽しいですよ」
はにかむような笑みで告げられた言葉は、さらに大きくなった歓声に紛れたがちゃんと室井の耳にも届いた。
青島が掲示板を指差した。
「おっ、点数入りましたよ」
「本当だな」
「ホームランだって」
あー見逃したと悔しがりなからも拍手をする青島につられるように、室井も拍手を送った。
青島が悔しがる気持ちは理解できた。
バッターにとっては一番の見せ場だろうし、ファンも待っていた得点であり盛り上がる場面だったはずだ。
室井もその瞬間を少し見たかったなとは思うが、青島ほどは悔しくはない。
野球を観に来ておいて申し訳ないか、知らないバッターのホームランよりも、可愛いことを言ってくれる恋人の方が、室井には何倍も嬉しかったからだ。
バッターがゆっくりとグラウンドを走りホームに返ってくる。
それを見届けてから、青島を呼んだ。
振り返った青島に、短く告げる。
「俺もだ」
室井なりの愛の言葉。
それに気付いた青島が、破顔するまで時間はかからなかった。










END

2014.6.19


珍しく外でデートする二人でした。

先日、付き合いで野球を観にドームに行きまして、
途中で飽きまして(野球に興味が…;)、
ビール飲んではこんなことばっかり考えておりました(笑)



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