■ 拍手ログ16
久しぶりに会いに来てくれた室井が菓子折を差し出した。
受け取って見れば、「きりたんぽ餅」と書いてある。
「本物も売ってたんだがな」
「いや、本物は室井さんに作ってもらうんでいいです」
「…そう言うと思った」
苦笑した室井に、青島は笑った。
「お土産ありがとうございます」
先週、室井は珍しく実家に帰っていた。
少し前に父親が体調を崩し入院していたからだ。
既に退院し体調も戻っていると母から連絡を受けていたそうだが、室井は仕事の都合をつけて一度様子を見に帰っていた。
警察官になってから中々帰省できていないというから、そんな時ぐらい帰省してあげたいという室井の気持ちは良く分かった。
「どうでした?お父さん」
「ああ、元気そうだった」
「そりゃ良かった」
「酒を止めろと母が叱っていたが、止める気はなさそうだな」
「はは、好きなもんは中々止められないっすからね」
青島が煙草の箱を振って見せると、室井は嫌そうな顔をした。
室井の父のように怒られる前に、「コーヒー淹れますね」と青島は台所に逃げた。
「美味いですね、きりたんぽ餅」
コーヒー片手に、室井の土産を摘まんでいた。
串に刺さったきりたんぽ型の餅で、中に餡子が入っていた。
土産に買ってきた室井も食べたことがないというから室井にも勧めて、二人で食べた。
「そうか」
「室井さんももっと食べていいですよ、って室井さんの土産ですけど」
「君に買って来たんだから、君が食え」
「とか言って、甘いからもういらないんでしょう」
「…コーヒーが進むな」
青島は笑って、二つ目の餅に手を伸ばした。
「久しぶりの秋田はどうでした?雪凄かったです?」
「雪は凄かったが、昔ほど寒くは感じなかったな」
「へえ、温暖化のせいかな?」
「どうだろうな…久しぶりの雪道で転んだが」
「室井さんでも転ぶんだ!」
「どういう意味だ」
「嫌だな、しっかりものって意味ですよ」
「しっかりだろうがうっかりだろうが凍結すれば誰でも転ぶ」
ムキになる室井が可笑しくて、青島は笑ってしまったが、室井は眉を持ち上げただけだった。
それ以上何かを言えば更に笑われるだけだと思ったのかもしれない。
大抵冷静で理性的な室井だが、時々くだらないことでムキになったりする。
可愛いなと思うが、うっかり可愛いなどともらして室井から君の方が可愛いなどと言い返され、不毛な言い争いをしたことがあるので、口には出さない。
40後半の男たちがする会話ではない。
気分を変えるように一息吐いた室井が、静かに言った。
「雪景色なんか久しぶりに見たが、きれいなものだった」
「へえ…いいですね、見てみたいなあ」
言ってから、秋田に連れて行けと催促しているみたいだったかなと少し不安になった。
青島には気軽に秋田に行けない理由がある。
そこに室井の実家があるからだ。
秋田に行く時には、それ相応の覚悟を持って行かなくてならない。
室井と生涯を共に生きることは心に決まっているが、そこに互いの家族まで巻き込む覚悟はできていなかった。
若い頃にはいつか互いの両親に紹介し理解してもらえたらという気持ちもあったが、最近では一生秘密でもいいかと思っている。
知らせないことも、きっと親孝行だ。
室井との間でも、なんとなくそんなふうに話がついていた。
「今度…」
室井が呟いた。
「え?」
「今度は一緒に行かないか」
目を見開いた青島に、室井は微かに笑った。
「実家じゃなくて、秋田に」
旅行に行かないかと誘ってくれる。
「良い温泉があるんだ。山奥だから冬に行くのは大変だが、静かでいいところなんだ」
思い出すように語る室井の脳裏には、冬の厳しく美しい自然の山の景色が浮かんでいるのかもしれない。
そこに青島を連れて行きたいと、思ってくれているのだ。
そんなふうに誘われれば、秋田へ足を踏み入れることを躊躇っているのが馬鹿みたいに思えて来る。
彼の家族には会えなくても、彼の育った世界を見ることくらいは、許されるのかもしれない。
「露天風呂もありますか?」
「雪の中で入ると、気持ちがいいぞ」
「飯も美味い?」
「ああ、きりたんぽも出してくれた気がする」
「それはどっちでもいいです、室井さんが作ってくれるから」
また苦笑した室井に笑って、青島は室井の手を握った。
「行きたいです」
室井が柔らかく目を細めた。
「来年行こう」
いつかではない約束は、きっと果たされる。
END
2014.2.24
template : A Moveable Feast