■ 拍手ログ13


仕事を終えて帰宅した青島は、玄関の前にやけに姿勢よく突っ立っている男に目を丸くした。
「室井さん?」
驚きつつ、駆け足で近付く。
今日来るとは聞いていなかった。
「どうしたの」
「突然すまない」
「いや、それはいいけど…」
何かあったかなと思う。
室井の表情が暗く、声が重たかったからだ。
いつ会ってもそれほどテンションに差がない室井だが、機嫌が良いとか悪いとか、悲しんでいるとか喜んでいるとか、それくらいの感情の起伏は付き合いの長さのおかげか読み取れた。
今は気落ちしているように見えた。
本庁で何かあったのかもしれない。
それで青島に会いに来てくれたのだとしたら、気分転換でもしたかったのだろう。
青島は鍵を開けながら、殊更明るく話しかけた。
「合鍵持って来なかったんですか?」
「ああ、今日は来るつもり無かったから」
「急に俺に会いたくなっちゃった?」
室井を部屋に促してからかうように笑うと、室井は気まずそうに視線を落とした。
「…自宅の鍵を落としたみたいなんだ」
「ああ、なるほどね」
だから突然やってきたのかと青島は納得したが、
「会いたくなかったわけじゃないぞ」
室井がぼそりと付け足すから笑ってしまった。
「心配しなくてもいじけたりしませんよ」
青島は部屋に入ると室井の手を握った。
外で待っていたのだから冷えているだろうと思ったら、案の定冷たくなっていた。
「電話くれたら良かったのに」
「携帯を壊してしまったんだ」
「ええ?」
「本庁の階段で落とした」
「あら、ま…それは災難でしたね」
手を握り締めながら言うと、室井は眉間に皺を寄せた。
「財布も落としたらしい」
「ええっ」
青島はさすがに大きな声をあげ、目を丸くした。
昼飯を食べようとして、財布が見当たらないことに気が付いたらしい。
「どうやってここまで来たの」
「同僚に金を借りた」
「はあ…」
鍵に携帯に財布。
しっかりものの室井にしては珍しいミスが続いたようだ。
室井は不機嫌そうに溜め息を吐いた。
「自分が情けない」
青島は室井の元気がない理由を理解した。
本庁で何かあったわけではなかったようだ。
自身の不注意による失敗が続いて、自分にガッカリしていたようである。
青島は思わず笑ってしまいそうになり、頬に力をいれた。
室井にとっては笑い事ではないだろうが、深刻な顔をしているからどうしたのかと思えば、室井の身に起こった出来事自体は、誰でも経験するような良くある失敗だった。
それで室井が落ち込んでいるというのがまたおかしくて、つい笑いだしそうになった。
だが、室井が眉間に皺を寄せむっつりしているから、青島は苦笑を零すに止めた。
「そんな日もありますよ」
「こんなこと、初めてだ」
「40年間で初めてだもん、当分こんなことありませんて」
「そんな問題か?」
「財布と一緒に不運もきっと落ちましたよ」
「……」
「これからはいいことばかりだ」
青島が笑って軽く唇を合わせると、室井は少し呆れた顔をした。
「…前向きだな」
「俺の長所でしょ」
意味なく胸を張って頷いたら、室井はとうとう表情を崩した。
青島の背中に腕を回し抱き寄せて、その肩に額を押し付ける。
青島は労るように室井の背中を軽く叩いた。
「明日はきっといいことありますよ」
青島を抱き締める腕に力がこもった。
「もうあった」
「え?」
「君に会いに来て良かった」
少し笑った声がして、青島も微笑んだ。










END

2014.2.24





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