■ 拍手ログ06


青島が目を覚ました時には、室井の姿は既になかった。
一応玄関まで確認しに行ったが、そこに室井の靴はなかった。
部屋に戻り、床に座って、煙草を咥える。
火をつけるためにライターを手にしたが、手の中で無意味に弄ぶだけだった。

それで当然だったから、室井がいなくても驚きはしなかった。
一度だけでいいからと室井に迫ったのは、青島だったからだ。
室井はただ流されただけである。
もしかしたら、同情してくれたのかもしれない。
青島の願いを聞いて、青島を受け入れてくれた。
だが、心まで受け入れては貰えなかった。
今ここに室井がいないことが、それを証明していた。
後悔はしていない。
室井への長い片想いで持て余した恋心は、自分自身でどうにか出来るものではなくなっていた。
これで踏ん切りが付くかもしれない。
室井に振られたのだ。
苦く笑おうとして、青島の唇が歪む。
震える手から火を点けないままの煙草が床に落ちた。
「…っ」
青島は目をきつく閉じて、片手で顔を覆った。
それでも込み上げて来るものは抑えられない。
「一度だけでいいなんて、言うんじゃなかったなあ…」
一度だけだと割り切ったから、きっと室井は応えてくれたのだ。
それは分かってはいるが、室井は二度と青島にキスをすることはないし、青島が室井に触れることも叶わないだろう。
夕べの幸せはもう二度と手に入らない。
きつく閉じた瞼から涙が流れた。
振られても、青島は室井が好きだった。

不意に玄関のドアが開いた。
驚いた青島が顔を上げると、何故か室井がいた。
手にビーニール袋を持っていたから、買い物にでも行っていたのかもしれない。
「起きていたのか……青島?」
青島を見た室井が、目を見開いた。
「どうした?どこか痛むか?」
慌てた室井が目の前までやってきて、青島はようやく自分の頬が濡れていることに気付いた。
手の甲で頬を拭い、室井から顔を逸らす。
「別に、何でも」
「青島」
室井の手が肩に触れて、青島の身体がビクリと震えた。
青島の表情が歪み、新たな涙が出そうになる。
今はダメだと思った。
口を開けば、一度だけと自分から出した条件を翻して、室井に縋ってしまいそうだった。
そんなことはしたくない。
プライドが許さないし、何よりこれ以上室井の好意に甘えるようなマネはしたくなかった。
「すいません、今日はもう帰ってください」
青島は室井の肩を押し返した。
自分のことで精一杯な青島は、息をつめた室井にも気が付かなかった。
「次に会う時には、いつも通りにしますから…」
「後悔してるのか?」
どこか責めるような室井の声音に、青島は室井に視線を向けた。
室井が何故か悲しそうな顔をしていて驚いた。
青島は慌てて首を振った。
「違う、後悔はしてないですよ。アンタが欲しかったから誘ったんだ」
青島が押し倒して誘ったというのに、どういうわけか室井に抱かれる結果となったが、それすら後悔はしていない。
そのことで室井を責めるつもりもなかった。
「室井さんに責任ないから、気にしないで。少し時間を…」
「待ってくれ」
室井は青島の言葉を遮ると、一つ溜息を吐いた。
「俺は君が好きだと言ったぞ」
沈黙が下りる。
青島は赤くなった目を丸くし驚愕を露わにして室井を見たが、室井はそれが事実だとばかりに平然としていた。
「…嘘でしょ?」
「言った、夕べ」
「聞いてませんよ、俺」
「人の告白を聞いていないというのは酷くないか」
「だって本当に……いつ?」
「最中だ」
「………」
知らない、本当に覚えがない。
夢中だったから記憶が曖昧になってはいるが、それにしたって室井に告白されていたのなら気付かないとも思えない。
想いが通じると思っていたわけではないが、聞けるものなら一番聞きたかった言葉である。
それなのに、何故青島の記憶にないのだろう。
青島が目を白黒させて考え込んでいると、不意に室井が首を傾げて自信なさそうに呟いた。
「言った、はずなんだが」
悩む青島を見ていたら、本当に自分が言ったのかどうか不安になったらしい。
「なんすか、はずって」
「いや、言ったと思う、多分」
「だから、多分ってなに……いや、そんなことより」
この際、室井が夕べ告白してくれたのかどうかは、どうでもいい。
本当はどうでも良くはないが、とりあえずそれよりも大事なことがあった。
青島は途方にくれたような顔で室井を見た。
「室井さん」
「何だ」
「俺が好きなの?」
「好きだ」
青島の頬に室井の手が触れた。
涙の痕をなぞるように、撫ぜられる。
信じられないと思ったが、室井がそう言うのだからそれは紛れもない事実なのだ。
「ずっと好きだった」
嬉しくて笑おうとした青島が失敗して表情を崩すと、室井はただ抱きしめてくれた。

最中の告白は、夢中だった青島が聞き逃したのか、夢中だった室井が口に出すのを忘れたのか。
後々まで、二人に疑問を残した。










END

2012.11.21




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