■ 天然
青島の機嫌がいい。
目の前で美味そうにビールを飲む青島を見ながら、室井も気分が良かった。
久しぶりに部屋に来てくれた恋人の機嫌が良いのはいいことだ。
「何かあったのか?」
気になって尋ねると、青島は首を傾げた。
「何がっすか?」
「顔が笑ってるぞ」
「え?」
「いいことでもあったのか?」
自覚が無かったらしい青島に苦笑しながら尋ねると、青島は自分の頬を撫ぜた。
「まじですか」
室井が頷くと、青島はまた笑った。
笑って、テーブルに身を乗り出し、室井に寄った。
「室井さん、うちの立番の警察官に声かけてくれたんですってね」
「うん?」
室井はなんのことか分からず首を傾げた。
「この間うちの署に来た時ですよ、入り口の立番に『お疲れ様』って声かけませんでした?」
「…ああ、かけたかもしれないな」
すぐには思い出せ無かったが、言われてみれば声をかけたかもしれない。
湾岸署から出てきたら、立番が疲れた顔で欠伸をしていたから、つい声をかけた気がする。
それが一体どうしたというのか。
室井が益々首を傾げていると、青島が笑って言った。
「そいつ、物凄い感動してました。室井さんに労ってもらった!って、泣きそうでしたよ」
「大袈裟だ」
室井はただ一言声をかけただけである。
夜通しあそこに立ち続けている彼らも、室井たちと同じ警察官であり職務を真っ当している。
だから通りすがりにたまたま目に付いて、励ましたに過ぎない。
だが、室井がすることに意味があるのだと青島が笑う。
雲の上ほど階級の違う室井に声をかけられるだけで、下っ端は嬉しいものなのだと。
「そういや、昔森下君も喜んでたっけなー」
思い出を語る青島も嬉しそうで、何だか照れくさい。
自分が声をかけた彼らがそのことに感動していたなど、室井の預かり知らぬ話だ。
そして、そんなことで青島が喜ぶとも思っていなかった。
「室井さんは官僚なのに下っ端の気持ちが分かる、人の心が分かる人だって、うちの署じゃ大評判ですよ」
「買い被りだ」
過剰な賛辞に眉間を寄せた室井に、青島は得意げな笑みを見せた。
「ま、そんなこと、俺が一番良く知ってるけどね」
胸を張った青島が自慢しているのは、室井のことを誰よりも知っているのが自分であるということだ。
そんなことを誇らしげに言う青島が愛しくて、何故だか更に眉間に皺が寄ってしまった。
機嫌良さそうに笑っていた青島だったが、不意にビールを煽って唇を尖らせた。
「室井さん、天然でタラシですよねー」
「…今度は一体なんだ」
ついさっきまで褒めちぎっていたのに、人聞きの悪い言葉で責められて、室井は困惑した。
しかも、思い当たる節はない。
「うちの署に、室井さんのファンいっぱいいますよ。室井さんに憧れてる警察官もいるし、なんで結婚しないのか気にしてる女の子もいるし」
評判が良くて嬉しいと言ったばかりのくせに、今度はそれが気に入らないとばかりに口角を下げている。
こんなことで責められても、室井も困る。
室井が望んでいることではないし、タラシなどと言われるのは心外である。
「俺は何もしていない」
室井は湾岸署で特別変わったことをして見せているわけではない。
信念を貫き、正しいと思うことをする。
いつも、ただそれだけだった。
「だから、天然だって言ってんですけどね」
溜息を吐いた青島だったが、目が笑っている。
室井が信念を貫くことを望んだのはいつかの青島で、室井がそうすることに対して文句があるわけではないのだろう。
「ま、これ以上タラシこまないように」
ライバルが増えたら困るから、と笑う青島に室井は渋面になった。
どの口がそれを言うのか。
青島が誰かを救い誰かとぶつかり、その誰かが心を揺すぶられるのを見るたび、室井がどんな想いをしているのかも知らないで。
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやる」
室井が言い捨てると、きょとんとした眼差しが返ってきた。
言われた意味を理解していない青島に、内心で室井は溜息を吐いた。
天然タラシはどっちだ。
END
2012.9.23
あとがき
室井さんが褒められるのは嬉しいけど、
恋人がモテるのは嬉しくない青島君でした(笑)
室井さんが立番の警察官に「お疲れ様」って声かけてくれるのが好きです。
青島君も声かけますよねー。
似たものカップルv
template : A Moveable Feast