■ ファイナル


青島は鏡を見ながら、そっと絆創膏を貼った。
頬の上の方、左目のすぐ下に傷があった。
拳銃で打たれてこの傷一つで済んだのだから、幸運としかいいようがない。
際どいところで思わぬ方法で乱入してきてくれたすみれに感謝だ。
もちろん無茶はして欲しくないし、彼女がもう一度やると言えば全力で止めるが、すみれの暴挙に青島も子ども救われたのは確かだった。
思えば、本当に際どかった。
改めて安堵の吐息を漏らすと、人の気配に顔を向けた。
それが室井だったから、痛む腰を押さえながら慌てて立ち上がった。
「室井さん、」
青島が言いかけた言葉を遮るように、室井は青島の腕を掴んだ。
「ちょっと来てくれ」
「は、はい?」
眉間に皺を寄せている室井を見れば、怒っているようにも見えて困惑する。
「いいから、来い」
ぐいっと勢いよく腕を引っ張られて、青島は腰を押さえて呻いた。
全ての動作が腰に響くのだ。
それに気付いた室井が更に眉間に皺を寄せたが、すぐに手を離してくれた。
「…来てくれ」
「はあ…」
踵を返した室井に、青島は呆気に取られたが、足を引きずりながら後を追った。


室井が向かったのは、屋上だった。
夕暮れに赤く染まる屋上には誰もいなかった。
「どうしたんすか?室井さん」
先を歩いていた背中に声をかけると、室井が振り返った。
両腕が伸びてきたと思ったら、わしっと頬を掴まれて目を丸くした。
「室井さん?」
「撃たれたな」
「え、ええ…」
そういえばずっと携帯電話で繋がっていたから、あの時の銃声も室井に届いていたのだろう。
室井がむっつりと聞いた。
「傷は」
「あ、ここです、これだけ」
青島が頬を指差すと絆創膏を確認し、それでも信用ならないのか視線を青島の身体に巡らせた。
「本当にここだけですって。まともに撃たれてたら、こんなとこにいませんよ」
苦笑気味にいうと、ようやく納得したのか室井は青島の顔から手を離した。
そして、深い溜息を吐いた。
「胆が冷えた」
吐き出された言葉に、そうだろうなと思う。
銃声とバスの乱入音だけを聞かされれば、青島の生死を疑っても無理はなかった。
青島の確保の声を聞いて室井が安心したのは、子どもを無事に救いだしたことだけではなかったはずだ。
「大丈夫ですよ、そんなに簡単にやられませんから」
青島がお気楽に笑って言ったら、室井は呆れたように眉をひそめたが、溜息交じりに同意した。
「君はしぶといからな」
「…えーと、それは褒めてる?」
「生命力が強いのはいいことだ」
まあ確かにと納得し、褒められていると思っておこうと思った青島はポジティブだった。
あまりにものん気な青島には腹が立つのか、室井は若干投げやりに呟いた。
「子どもが最優先だなんて命令を出して、君に死なれては困るからな」
恨まれそうだと言うから、青島は肩を竦めた。
青島の命を粗末にした命令ではなかったことくらい、理解している。
被疑者確保よりも人質の命を優先しろという、室井らしい命令だった。
だから室井の戯言にも笑顔を返した。
「その時は、化けて出ますから安心してください」
室井は眉間に深い皺を寄せ、縁起でもないほんじなす、と言い捨てた。
いや言い出したのアンタだしと思ったが、銃声を聞いた時の室井の心情を鑑みて、あまり軽口を叩くのはよそうと考え直した。
ところが、室井の方が軽口を叩いた。
「絶対化けて出て来い」
「え?」
「いや…俺より先に死ぬな」
どうやら軽口でもなかったようだ。
真剣な声音に、それを知る。
青島が返事をする前に、室井は踵を返して出口に向かった。
青島の無事を確かめて、言いたいことを言って満足したのかもしれない。
来た時同様、唐突に行ってしまう室井に唖然としたが、青島は慌てて室井を追った。
とはいえ、足は速くは動かない。
「室井さん」
呼びとめると、室井は足を止めて振り返って、青島を待ってくれた。
青島は足を引きずりながら室井に並んだ。
顔を寄せて、耳元で囁く。
「努力しますから、室井さんも長生きしてくださいね」
寂しい老後は嫌ですと言うと、室井は青島の頭を乱暴に撫ぜた。
「努力はしよう」
「絶対ですからね、老後の人生プランも考えてあるんだから」
言外に、そのプランには室井の存在が必要なのだと匂わせると、室井はとうとう笑みを漏らして、青島に顔を寄せた。










END

2012.9.17

あとがき


ファイナルのラストを若干捏造です(何もかもとも言いますね!)

銃声やら爆音やらを聞かされていた室井さんはさぞかし色んな意味で
生きた心地がしなかったんじゃないかと思いまして(笑)
真下君もね。あれは気が気じゃないですよねー。

タイトルがなんぼ考えても「共白髪」しか浮かばなくて、諦めました…;


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