■ 一青パラレル(フリーライター一倉×大学生青島)07
「けほ…っ…」
小さく咳をしながら、青島は冷蔵庫の中身を物色していた。
遅い朝御飯というよりは、少し早い昼食の支度をするためだ。
遅く起きた休日で、青島はまだパジャマのままである。
ちらりと振り返れば、一倉がテーブルの上にノートパソコンを開いて、仕事をしていた。
軽快にキーボードを叩く音がしているから、筆が乗っているらしい。
邪魔をするのも悪いから、一倉の分も勝手に適当に作ってしまうことにした。
チャーハンくらいなら簡単に作れる。
材料を取り出し冷蔵庫を閉めると、また咳が出る。
大きな音が出ないように、極力控え目に咳をした。
―風邪でも引いたかな。
のんきにそんなことを思いながら、玉ねぎの皮を剥く。
冷たい水で玉ねぎを洗い包丁を握ったが、眉間に皺を寄せて動きを止めた。
「くしゅんっ」
まな板から顔を背けて、今後はくしゃみをした。
鼻をすすりながら、首を傾げる。
本当に風邪を引いたのかもしれない。
「おい」
いきなり背後から声をかけられて、青島はビクリと肩を震わせ振り返った。
すぐ後ろに一倉が立っていて、目を丸くする。
「な、なに、いきなり背後に立たないでくださいよ、びっくりするじゃない」
「そりゃあ、悪かったな」
全然悪びれた様子もなく謝って、一倉の手が青島の額に触れた。
そのひんやりとした感触に、青島は目を細めた。
「一倉さん、手冷たいですね」
一倉の眉間に皺が寄る。
「ばか」
そのままパチリと額を叩かれた。
「いたっ」
「お前が熱いんだよ」
「え?」
きょとんとした青島に呆れた顔をした。
溜め息をついて、青島の腕を掴む。
「熱あるぞ、お前」
一倉に引っ張られるように歩きながら、青島は首を傾げた。
「え?本当に?」
言われてみれば、少し寒気がするし、身体に力も入らない。
一倉が苦笑した。
「全く……意外と鈍いんだよな」
「失敬な」
「いいから、ベッドに横になってろ」
むっと唇を尖らせたが、反論もできないまま素直にベッドに入ると、一倉が首までといわず、顔の半分まで布団をかけてくれた。
「ちょっと寝てろ、今飯作ってきてやるから」
青島は慌てて布団を掴んで顔を出した。
「あ、ごめん、いいですよ、忙しいんでしょ?」
一倉が青島よりずっと早くに起きて仕事をしていたのを知っている。
朝寝坊していた自分が、その邪魔をするのは気が引けた。
一倉はわざとらしく不機嫌そうな顔をした。
「お前、俺が病気の恋人を放置しておくような男だと思ってるのか?」
「そういうわけじゃ…」
「心外だな、俺の愛情を軽く見てるんじゃないのか?目一杯愛してるつもりだったのに足りなかったってことか」
「いっ?いや…わ、分かった、ごめんなさい、お願いします…」
なにやらこっ恥ずかしい台詞を吐き出したので、青島は慌てて頷いた。
黙って聞いていたら、何を言われるか分かったものではない。
「よし、いい子だ」
言って、一倉が青島の頭を撫でた。
「ちゃんと寝てろよ」
その目が優しかったりするから、青島も子ども扱いしないでよとは怒れなかった。
「…ありがと」
素直に礼を言うと、一倉は笑って寝室を出て行った。
それを目で追ってから、寝返りを打つ。
仕事の邪魔をしてしまったことは申し訳ないが、こういう時に恋人が傍にいてくれるのは有り難いというのも事実。
一倉が甘やかしてくれるのだから、甘えておいてもいいのだろう。
そう思うことにして、青島は急に訪れた睡魔にしたがって、目を閉じた。
一倉が作ってくれた中華粥を食べ風邪薬を飲み、もう一眠りして起きたら夕方だった。
「ん…」
身じろいだら、額から何かがずり落ちた。
半身を起こしそれを手に取ると、濡れたタオルだった。
青島が眠ってしまってから、一倉が額に乗せておいてくれたらしい。
ベッドの上でぼんやりしていると、不意に一倉が寝室に顔を出した。
「お?目が覚めたか?」
具合どうだと言いながら傍に来て、手の平で額に触れてくれる。
「熱いな…さすがにまだ下がらないか」
額に触れたついでのように、前髪を梳いて頬を撫ぜて手が離れる。
青島は眉間に皺を寄せて一倉を見上げた。
当然ながら、一倉は不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「…身体痛い…」
ぽつりと呟く。
熱のせいで節々が酷く痛かった。
膝から下に力が入らず、身の置き場に困る。
「ああ、熱が高いとどうしてもな」
一倉も納得したようで、青島の肩を掴んで横になるように促す。
抵抗する元気もなく、青島はそのまま横になった。
横になったって、節々が痛いのは変わらない。
青島は眉間に皺を寄せたまま、小さく唸った。
「うーー…」
それを見下ろした一倉が吹き出した。
子供のような青島が可笑しかったのかもしれないが、今の青島にはそんなことを気にする余裕もなかった。
思えば熱を出すような風邪を引くのは久しぶりだった。
「はは…可哀想に」
「笑いながら言わないでよ…本当に辛いんだってばぁ……」
泣き言を漏らす青島に一倉はひとしきり笑ってから、優しく頭を撫ぜてくれた。
「悪い悪い。何かして欲しいことあるか?」
「…うつったら困るからいい」
ぽつりと呟いたら、一倉が目を丸くした。
そして、にやりと笑う。
「なんだ、そんなこと」
遠慮しなくていいのにと身をかがめてくるから、青島はだるい腕を動かして布団を口元まで引き上げた。
至近距離で一倉の動きが止まる。
「こら」
「…何してんの」
「何って…して欲しいんじゃなかったのか?」
「いや、キスは別に…」
素直に言ったら、さすがに一倉も苦笑した。
「お前、恋人に向ってそれは……まあ、勝手に勘違いしたのは俺だが」
じゃあなんだよと改めて聞かれて、青島はぼんやりとした口調で言った。
「ちょっと、なんか、こう、ぎゅっと」
「…何?」
「背中抱いてて欲しい…………と思ったんだけど、やっぱりいいです」
言っているうちに多少正気に戻り、青島は言葉の途中で一倉に背中を向けた。
熱でぼんやりしている頭だが、途中で恥ずかしいことを言っていると気付いたのだ。
ただでさえ身体が熱いのに、更に耳が熱ってくる。
不意に一倉に向けた背中が涼しくなった。
はっとして振り返ると、一倉が布団をめくり中に入ってきていた。
「い、一倉さん、いいってば」
「それくらいの願い、いくらでも叶えてやるぞ」
「もういいですってば」
「うるさいよ」
力の入らない身体を強引に抱き寄せられ、一倉の腕に抱かれれば、青島も逆らえない。
熱っぽい息を吐きながら、ちらりと一倉の顔を見て、その胸に額を寄せる。
「風邪…うつっても知りませんよ…」
「いいさ、その時はお前に看病してもらうから」
「仕事は…?」
「ちゃんと終わらせたよ」
少し一倉が笑った気がした。
「寝たほうがいいぞ、青島」
一倉の手が背中を撫ぜるように抱きしめてくれるから、そのまま目を閉じる。
自分の体温とは違うぬくもりが、妙に心地よくて心強い。
子供みたいで情けないが、今更取り繕ってももう遅い。
折角だから目一杯甘えておくことにした。
「うーーー…背中痛い……」
青島がまた唸り泣き言をこぼすと、一倉の小さな笑い声がした。
「よしよし、頑張れ」
適当な応援だが、優しい一倉の声を聞きながら、青島は眠りに落ちた。
END
2012.11.27
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