■ 一青パラレル(フリーライター一倉×大学生青島)04


「バイトするのか?」
床に寝そべってアルバイト情報誌を眺めていた青島が顔を上げると、二人分のコーヒーを手にした一倉が見下ろしていた。
青島の隣に腰を下ろすと、さして興味もなさそうに雑誌を手に取る。
「お前、仕送りもらってるんだろ?」
苦笑しながら、青島も身体を起こして座りなおす。
「まぁ、すねかじりの大学生なもんでね」
学費はもちろん大まかな生活費は親が出してくれているが、少しでもゆとりのある生活を送りたいと思えば、バイトをしないわけにはいかない。
「遊ぶ金くらい、自分で作らないとね」
そもそも「遊ぶ金が足りないんだけど」などと訴えたら、両親に怒られるに決まっている。
厳しい家庭では全くなかったが、そこまで甘やかされては育っていない。
雑誌を眺めていた一倉が、何を思ったのかとんでもないことを言った。
「お前が遊ぶ金くらいなら、俺が工面してやるが?」
青島は目を丸くしたが、すぐに顰め面になる。
「それ、冗談?」
「いや、普通に言ってる」
何かおかしいかとばかりに聞き返されて、青島は顰め面のまま、一倉の手から雑誌を取り上げた。
その仕草で青島の怒りを悟ったのか、一倉は首を傾げる。
「おい、青島」
「遊ぶ金くらい、自分でなんとかしますよ」
雑誌を捲りながら、むっつりと呟く。
「俺はアンタの愛人じゃないんだ」
一倉の収入がそれなりに良いことは青島も知っている。
身に付けるものはどれも安いものではないし、先日の誕生日にポールスミスのスーツをプレゼントされて、嬉しいけれどちょっと困ったばかりだ。
ちなみに、そんなに高価なものはいらないと言った青島に、「俺が脱がしたいだけだ」と言って更に困らせてくれたのだが、今のところまだ実行されてはいない。
一緒に暮らしているからご馳走になることももちろんあるし、そういう時は素直に喜んでいるが、一倉の世話になって暮らしたいわけではなかった。
「バカ」
一倉に短く罵倒され、青島は眉をつり上げて顔を上げた。
勢い良く一倉を睨むが、睨んだ相手が思いかけずに優しい顔をしていたから、拍子抜けしてしまう。
「恋人を愛人扱いなんかするかよ」
まぁ言葉の響きには惹かれるけどな、とオヤジ丸出しで言うから、青島は呆れてしまう。
「一倉さんの愛人になんかなったら、身体がいくつあっても足りない気がする」
「それだけ、俺の愛は大きいんだよ」
白々しいと突っ込む間もなく、また雑誌をとりあげられ、今度は床に放り出された。
「ちょっと…」
言いかけた青島の腕を引いて引き寄せると、唇を合わせてくる。
青島の眉が寄ったのは不愉快だったからではなく、あまりにも突然だったからだ。
「ん、ちょっと、一倉さん」
「別にお前のパトロンになりたいわけじゃない」
「…ま、そうでしょうね。一倉さん、そこまでの甲斐性ないもんね」
「よし、後でベッドで泣かせてやる」
「ごめん、俺が悪かったです、反省してます」
青島は速攻で失言を詫びた。
今にみてろとは思うが、一倉とは圧倒的な経験の差で、まだまだ勝てずにいる。
いつかひっくり返してやるくらいの気持ちはあるのだが、それも遠そうだ。
一倉は苦笑すると、軽くキスをした。
「バイトするなよ」
「なんでさ?」
青島を養っているつもりはないのだろうに、何故か一倉は青島のバイトが嫌らしい。
青島ももう大学生で、子供ではないのだ。
今更、アルバイトくらいで、心配される理由もないはずだった。
怪訝そうな青島に、一倉はひとつ溜め息をついた。
「時間、なくなるだろ」
「なんの」
「一緒に過ごす、時間だよ」
青島はきょとんとした顔のまま、しばらく一倉を凝視した。
言われた言葉の意味が理解できるまで、時間がかかる。
理解できたと同時に、青島は赤面した。
「な、何言ってんの?一倉さん」
「おかしなことは言ってないだろ。恋人と一緒にいたいっつって何が悪い」
「いや、悪かないけど……らしくない」
思わず少し距離を取ろうと身体を反らすが、一倉に抱きこまれて上手くいかない。
「お前は俺をどんな人間だと思ってるんだ」
一倉は苦笑して、肩をすくめた。
「今だって、お前結構忙しいだろ」
「そりゃあ……大学生ですから」
授業はもちろん出なければならないし、やらなければならない課題だってある。
ゼミの連中と飲みに行ったり遊んだりしないわけでもない。
それでも、一倉と付き合い出してからは、飲み会や合コンに行く回数は目に見えて減っているのだが。
家に帰れば一倉がいる。
そう思ったら、あまり遊び歩く気にはならなかった。
そういう一倉だって、時間にゆとりがあるわけではない。
取材で何日か帰らない時もある。
自宅で仕事をしている時は一応一緒にはいられるが、締め切りに追われていてろくに会話ができない時だってあるのだ。
そういう意味では、一倉の言いたいことは分かるし、青島だってできるだけ一緒に過ごしたいと思う。
だからと言って、バイトをするなというのは極端な気もする。
返答に困った青島に、一倉は堂々と言った。
「これ以上は、一秒も譲りたくないね」
愛されていると喜ぶべきか、いい大人の我儘と憤るべきか。
一瞬悩んだが、一倉の首に腕を回すと自分からキスをした。
「…そんなの、俺だって」
一倉の気持ちが理解できてしまうのだから、一倉の我儘とは怒れないのだ。
青島の首を支え、角度を変えながら、一倉が深く求めてくる。
こうなってしまえば、バイトを探すどころではない。
視界の隅に放り出されたアルバイト情報誌が目に入ったが、
青島は「まあいいか」と目を閉じて思考からも追い出した。


数日後、似たような会話を再び交わすことになる。
青島は無事にバイトができたのかどうか―。










END

2008.1.29





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