■ 一青パラレル(フリーライター一倉×大学生青島)03
暇な休日。
青島はリビングでゴロゴロしていた。
その隣では咥え煙草の一倉が、やっぱりゴロゴロしている。
「暇だな…」
天井に向かって煙を吐きながら、言った。
「そうっすね」
「どっか行くか?」
「んー……今日はいいです」
やる気のない間延びした返事を返すと、一倉は苦笑した。
「お前、若さが足りないぞ」
俺より15も若いくせにと言うから、青島は横目で一倉を睨んだ。
「アンタが夕べ無茶したから、腰が痛いんですよ」
一倉は笑った。
笑って聞き流した。
というよりは、誤魔化した。
青島よりも15も年上だというのに、何故この男はこんなに元気なのか。
いつになったら、老成するのか。
青島は不思議に思いながら、溜息を吐いた。
インターホンが鳴る。
相変わらず床に寝そべったままの青島は一倉に視線を向けるが、一倉も相変わらず床の上だ。
「俺の客はこないぞ」
一応この部屋は青島の部屋なのだ。
一倉の言う通り、一倉に来客があるはずはなかった。
青島は仕方が無く立ち上がる。
友人がいきなり訪ねてきたとすると、一倉とのことを説明するのも面倒である。
自分で出るより他にない。
玄関のドアを開けて、青島はきょとんとした顔をした。
見た覚えのない女性がいる。
美人と言って差し支えはないが、目がキツイ。
それも青島を睨んでいるものだから、余計に怖い。
青島は愛想笑いを浮かべた。
「あの…どちら様で?」
言った途端に、女の手が持ち上がる。
それが拳だと気付いた時には、青島は頬を殴られていた。
結構な衝撃だったが、さすがに倒れたりはしない。
呆然とした青島に、女は表情を歪めて詰め寄ってくる。
「アンタの…アンタのせいで、正和が…っ!」
一倉の名前が出てビックリした青島は、思わず背後を振り返った。
青島と視線をあわせると、驚きと気まずさが合いまった表情で近づいてくる。
一倉の姿をみとめた女が、更にヒステリックになる。
青島は今更ながら痛みを訴える頬を押さえながら、思った。
―これが、修羅場ってヤツ…?
人生初めての経験だった。
思えばファーストキスから始まって、色んなことを経験させてくれる男である。
嬉しくないことも多いが。
他人事のようにぼんやりとしていた青島をよそに、場面は間違いなく修羅場だった。
「落ち着け、青島は関係ないだろう。話は俺が聞くから」
青島を殴り足りないらしい女の腕を掴んで、一倉は玄関を出る。
ドアが閉まる前に青島を振り返り、
「頬を冷して、待っててくれ」
と、少し申し訳無さそうに言って出て行った。
青島はややしばらく呆然と、閉まったドアを眺めていた。
こうしていても仕方が無いので、リビングに戻る。
窓際に立つと、外で揉めている二人が見えた。
女が何かを言いながら、一倉の胸倉を叩いた。
一倉はされるがままになりながら、宥めるように声をかけている。
一倉が何を言ったのか、女は泣き始めた。
それでも一倉は変わらない。
ジッと傍に立って、時折何かを話しかけているようだった。
鈍い青島にも、女が一倉の前の恋人だと分かった。
「……清算くらい、ちゃんとして来いよな」
青島は小さく呟いた。
一倉が二股を掛けていたとは思っていない。
15歳の自分に手を出せなかった男だ。
青島を裏切るようなマネが出来るわけが無い。
大事にされている自覚はあった。
だから信用はしてる。
だが、別れた直後に一倉が自分の元に来たのだろうと思うと、胸中は複雑だった。
ぼんやり窓の外を眺めていた青島は、ハッと身を硬くした。
女が一倉に抱きついた。
一倉はその背を軽く叩いてやっている。
慰めているような仕草だったのが、救いである。
それでも、青島は何となく見ていられなくて、窓際から離れた。
床に腰を下ろし、吸いかけのまま灰皿に残された一倉の煙草に手を伸ばす。
自分の煙草じゃないのに、嗅ぎなれた匂い。
躊躇わずに口をつけた。
ゆっくりと深く吸って、吐き出した。
少し落ち着く。
煙草そのもののおかげか、一倉の香りのせいか。
青島は頬に軽く触れて、苦笑した。
程なくして、ドアが開く。
一倉が戻ってきた。
当然一人だ。
見上げた青島を一瞥して、一瞬眉間に皺を寄せると、すぐに台所に向かう。
何事だろうと思っていると、濡れたハンカチを手に戻ってきた。
青島の向かいに腰を下ろすと、青島の顎を掴む。
「冷しとけって、言ったろ」
頬にそっとハンカチが当てられる。
「ごめん」
思わず謝ると、一倉は変な顔をした。
「お前が謝るなよ…悪いのは俺なんだから」
「…じゃあ、どうぞ」
「ん?」
「聞いてあげますから、謝ってくれてもいいですよ」
冗談を言うと、一倉はちょっと呆れた顔をしたが、「敵わんな」と呟いて笑みを零した。
青島の頬を冷しながら、空いた手で青島の腰を引き寄せる。
「すまん」
本当に素直に謝ったから、青島は苦笑した。
別に怒ってはいなかった。
怒ってはいなかったが、気にならないわけでもない。
一倉は「青島は関係ない」と言ったが、一倉のことなら、青島にとっても無関係ではないのだ。
少なくても、青島はそう思っている。
「元カノ?」
「ああ…何年か遠距離恋愛みたいなことを続けてたんだ」
一倉はこの5年間海外と日本を往復していたという。
だから、「遠距離恋愛みたい」だったのだろう。
別れた原因は自分だろうか。
青島は思ったが口には出さなかった。
それを知ったところで、何の意味もない。
申し訳ない、可哀想だ。
そんなことを思ったところで、一倉と別れてやれるわけでもない。
今更一倉を手放すことは、青島にも出来そうになかった。
青島は黙って手を伸ばすと、一倉に抱きついた。
その衝撃で、一倉の手からハンカチが落ちる。
頬が少し痛んだが、青島は構わずに一倉の肩に顔を埋めた。
一倉の手が青島の髪を撫ぜる。
「一倉さん」
「ん…?」
「何で、俺?」
思わず口をついて出た。
言った青島自身も驚いたくらいだから、言われた一倉はさぞかし驚いただろう。
息を呑んだ一倉に、青島は失敗したと思った。
一倉の気持ちは、信じている。
それなのに。
―余計なことを言った。
青島は慌てて、取り繕った。
「ごめん、何でも…」
「何でだろうなぁ」
呟いて、一倉はぎゅっと青島を抱きしめた。
「何でお前なんだろうな。何でお前じゃないとダメなんだろうな…」
独白に近いような呟きに、青島は頬が熱くなる。
「俺にも分からんよ」
「一倉さんにも?」
一倉に分からないなら、青島にも誰にも分からないだろう。
少しだけ身体を離すと、一倉が青島の赤くなった頬にそっと触れた。
痛みよりも一倉の熱の方が、ずっと鮮明に感じられる。
「俺に分かることは、一つだけだ」
近づいてくる一倉の意図を察して、瞳を閉じる。
唇が触れる直前、一倉は一言だけ言った。
「5年前も5年経っても、お前のことだけ」
END
2008.1.29
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