■ 一青パラレル(フリーライター一倉×大学生青島)02


「先輩っ」
大学の玄関で声を掛けられて、青島は振り返る。
一年の真下がいた。
学年は二つ下ということになるが、どういうわけか青島に良く懐いていた。
青島を見るとへらっと、締まりのない笑顔を見せる。
「今帰りですか?」
「ああ」
「あ、じゃあ、行きません?合コン」
この後輩は、何かといえば合コンのお誘いをかけてくる。
青島も嫌いじゃないので良く一緒に遊んでいた。
だが青島は苦笑して、首を振った。
「今日はダメだわ」
悪いなと言って歩き出すと、後から真下が付いてくる。
「最近付き合い悪いですよ、せんぱぁい」
文句を言われて、ちらりと振り返る。
真下にじっと見つめられて、苦笑を深めた。
「ちょっと、な」
「あーっ、もしかして、彼女が出来たとかいいます!?」
「いや…」
「なら、行きましょうよ!先輩が来ると、女の子の参加率がアップするんですよ!」
「そ、そうなの?」
そんなことは初耳だった。
青島は場を盛り上げるのが、得意な方だった。
だから合コンでは重宝されるのだろうなぁなどと思った青島は、大分鈍かった。
「んー、ゴメン。やっぱり行けないや」
玄関を出てもついてくる真下にそう言ってやると、真下は不服そうに唇を尖らせた。
「やっぱり彼女が出来たんじゃないですか…?」
疑わしそうに、どこか恨めしそうに見つめられて、青島は肩を竦めた。
ちょっと考えて、まあいっかと思うと、微笑する。
「まあ、そんなとこかな」
「えええっ!本当ですか!?」
ショックを受けたように叫ぶ真下を、青島は軽く睨む。
「失礼なヤツだな。俺に恋人が出来たら、おかしいわけ?」
真下はややしばらく呆けたように青島を見ていたが、慌てて首を振る。
「い、いや、いない方がおかしいですけど…」
「そっか?」
あっさりと機嫌を良くした青島が笑みを零す。
それを見て、真下は何故か悲しそうな顔をした。
「…どこの、誰ですか?」
「え?」
「先輩の彼女ですよ」
「え、えーと…」
―彼女、じゃないんだけどねぇ。
青島は心の中で舌を出した。
恋人が出来たことは嘘じゃないが、彼女じゃなかった。
どこまでもついてくる真下は、青島の返事を聞くまで離れて行きそうにない。
どうやって言いくるめようか考えていた青島だったが、門の傍まで来て足を止めた。
立ち尽くした青島に、真下が怪訝そうな顔をする。
「…先輩?」
「い、一倉さんっ」
思わず叫んだ青島の視線の先には、門に寄り掛かっている一倉の姿があった。
青島を見ると、笑って手を挙げてみせた。
「よお」
「何してんですか…こんな所で…」
呆然としている青島を、可笑しそうに見つめた。
「俺が大学に用事あるっつったら、お前以外にあるわけないだろう」
それは、そうだ。
だが、青島が聞きたかったのはそんなことではなくて、何故一倉がこんな所まで青島を迎えに来たのかということだった。
だって、青島が帰る家は、一倉の待つ家なのだ。


***


「はい?」
初めて身体を重ねた後、ベッドでぐったりしている青島に、一倉は煙草を吹かしながら言った。
「だから、ここに泊めてくれと言ってる」
「それは…構いませんけど。一倉さん、家は?」
「無い」
堂々と言われて、青島は絶句した。
目を剥いている青島を見て、一倉は笑った。
「日本に帰ってきたばっかりでな、住む所決まってねーんだ」
青島は呆れた顔をして、それから少し不安そうな顔をした。
―まさかとは思うけど…宿確保のために…俺と……。
バカなことを考えていたのがバレたのか、今度は一倉が呆れた顔をした。
空いた手で、軽く額を小突かれる。
「いた」
「アホか。泊まる所なら、他にもあるんだよ」
実家はもちろん、兄夫婦や友人、最悪ホテルだってどこだって泊まる場所なら他にもあるのだ。
それでも一倉は青島に「泊めてほしい」と言ったのだ。
青島もすぐにそれを理解すると、照れ笑いを浮かべた。
「どうも…すいません」
妙な疑いを掛けてしまったことが申し訳なく、少し恥ずかしくもあった。
一倉は苦笑すると、煙草を消した。
「まあ、ブランクもあるしな…これからだろ」
額に唇を落とされる。
「ゆっくりやろうな」
5年間の間にできた溝は、これからゆっくり埋めればいい。
そういうことだ。
近づいてくる一倉の顔を見つめながら、青島は目を細めた。


***


そうして、一倉は今も青島の部屋に泊まっている。
もとい。
最早一緒に暮らしていると言っていい。
最近になって、青島はようやく一倉が最初からその気だったことに気が付いた。
早々にパソコンやプリンターなど仕事の道具を持ち込み、青島の家に無かったファックスも買ってきた。
日本酒好きの青島の部屋には無かったウィスキーのボトルとグラスが増え、アメスピじゃない煙草が増えた。
先日、とうとうベッドが一回り大きくなった。
これで今更一倉に出て行かれたら、青島が困る。
「一緒に暮らそう」とも「俺もここに住んでもいいか」とも。
一言も言われてないが、一倉はきっともう出て行かない。
正直、「やられた」と思わなくも無いが、素直に喜んでいる自分がいることも知っているので、青島は何も言わなかった。
だから青島は一倉と同じ部屋に帰るのだ。
なのにわざわざ一倉が迎えに来た理由が分からない。
一倉は首を捻っている青島を見て、その背後でぼうっと突っ立っている真下を見た。
じっと見つめて、ふっと笑った。
「俊作、友達か?」
青島はぎょっとした。
一倉は青島のことをいつも名字で呼ぶ。
下の名前で呼ばれたことは無かった。
何故今呼ばれたのか分からず、妙にドキドキした。
「あ、ああ…後輩の真下」
「ど……どうも」
恐る恐るといった態で一倉を見る真下だったが、視線にどこか一倉を値踏みするような色が見える。
青島は当然気が付かなかったが、一倉はちゃんと気が付いていた。
「どうも。俊作は連れて帰るが、構わないか?」
真下の顔には「構う」と書いてあったのだが、「構う」と言う理由が無かったのだろう。
小さく頷いた。
「じゃあ、失礼する。ほら、帰るぞ」
一倉は勝手に青島の腕を掴むと、歩き出した。
「え?あ、ちょ…真下!またなっ」
一倉に引き摺られながらも、青島は真下に手を振った。
それに真下もぎこちなくだが笑って、手を振りかえしてくれた。


「青島」
大学を離れると、どういうわけか元の呼び方に戻った一倉に、青島は怪訝そうな目を向ける。
「どうしたんですか?一体…」
「あれは、ただの後輩か?」
横目で見られて、青島は首を傾げる。
「ただのって…ただの後輩じゃない後輩ってどんなですか」
訳が分からずに唇を尖らせた青島を見つめて、一倉は苦笑した。
「そうか」
「何が、そうか、なんですか」
「まあ、気にするな」
「ちょっと、さっきから訳分かんないですよ、一倉さんっ」
一倉の言いたいこともやりたいこともちっとも理解できない青島が怒鳴る。
自分も当事者のはずなのに、どうなっているのか全く分からないのが気持ち悪かった。
「さっき、名前も呼んだけど、何の意味があったんですかっ」
焦れたように尋ねると、一倉は平然と答えた。
「牽制」
「は?」
「念のため、な」
「はい?」
一倉は青島の頭をポンポンと軽く叩いたっきり、何も言わなかった。
何に対する、牽制なのか?
何のための、念のためなのか?
鈍い青島には、結局分からなかった。










END

2008.1.29





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