■ 一青パラレル(フリーライター一倉×大学生青島)01


大学から帰宅した青島は、アパートの前で煙草を吹かしている男を見て、目を剥いた。
「一倉さん!?」
思わず声をあげると、一倉が青島を振り返った。
青島を見て、少しだけ目を細める。
煙草を指に挟んだ手を軽く挙げて、ふっと笑った。
「よお」
変わらないふてぶてしい笑顔に、青島は苦笑した。
最後にあったのは中学卒業間際だったから既に5年は経っていたが、一目で一倉だと分かった。
尤も成長期を経過している青島と違って、三十路を超えている一倉がそれほど変わるわけも無い。
青島はいくらかずり下がった鞄を背負いなおして、一倉に近づいた。
「よく家が分かりましたね」
「義姉さんに聞いた」
一倉の言う義姉は、青島の実の姉である。
青島の姉と一倉の兄が結婚しているのだ。
つまり、二人は親戚ということになる。
「大学に入ってから、一人暮らししてるんだってな」
「ええ、自宅からじゃ遠くて毎日通えませんから」
頷いた一倉が吸いかけの煙草を捨てようとしたので、携帯用灰皿を差し出す。
目を丸くした一倉だったが、破顔した。
「お前、煙草吸うようになったのか」
何故か嬉しそうな一倉に、青島は肩を竦めた。
「俺ももう、ハタチですよ。煙草くらい吸います」
「…そうだな」
そう言いながら少しだけ遠い目をしたから、青島は視線を逸らした。
一倉が過去を懐かしんでいる顔など、見たくはなかった。
この男が懐かしそうに想い出している過去は、未だに青島にとっては過去じゃない。
―勝手に、想い出に浸っていればいい。
青島は一倉が煙草を灰皿に収めるのを待って、手を引いた。
手の中で鍵を弄びながら、ちらりと一倉を見た。
「もしかして、家に遊びに来たんですか?」
聞いたら、一倉が呆れた顔をした。
「それ以外で、俺がここにいる理由も無いだろう」
「そういう時は、前もって連絡とか寄こさないわけ?」
「考えなくも無かったが、5年ぶりだからな。電話じゃ緊張するだろう」
「……誰が」
「俺が」
青島は無言でドアに鍵を挿した。
鍵を開けると、仕方が無いから、一倉を促した。
「狭い所ですけど」
「お邪魔します」
らしくもなく律儀に言われて、青島はつい笑ってしまった。

コーヒーを淹れながら、実際のところ、このオヤジは何をしにここに来たのだろうかと、青島は思っていた。
青島に会いに来たことは間違いないだろう。
一人暮らしなのだ。
この部屋に来ても、青島以外の人間には会えない。
5年ぶりである。
その間一度も音信は無かった。
それが突然、目の前に現れた。
一倉が昔とちっとも変わらないから、何となくそのまま受け入れたが、心に引っかかることが無いわけでもなかった。
「インスタントですけど」
マグカップを手渡すと、一倉は短く礼を言って受け取った。
小さなテーブルの前で胡坐を掻いている一倉を見ながら、青島は壁に寄り掛かって腰を下ろした。
狭い部屋だから、離れて座ってもたかが知れていた。
一倉は部屋の中を見渡したり、少し考え込んだりして、黙っていた。
この男が黙っていると、青島の方が落ち着かない。
「今、何してるんですか」
妙な沈黙に耐えかねて、青島から尋ねてみた。
一倉は青島に視線を移すと、少し口角を上げて見せた。
「相変わらず、物書きをしてるよ」
5年前の一倉はフリーライターという職業だった。
今も変わりは無いらしい。
「…アフリカ、行ってたんじゃなかったの」
5年前、最後に会った時には、「アフリカに行く」と言っていた。
そういえば、一度だけアフリカから絵葉書が届いていた。
ずっと忘れていたが、今になってふっと思い出した。
「今年の初めまで、あちこち転々と歩いてた」
「…日本に帰って来たんだ?」
「ああ」
一倉は鞄を漁って、青島に小さな包みを投げて寄こした。
「お土産」
ちょっと呆然とした青島だったが、微笑した。
昔からそうだった。
仕事であちこちに行っては、青島にちょっとしたお土産を買ってくる。
大抵は愚にもつかないものだった。
口では文句を言いながら、青島はいつだって喜んでもらっていた気がする。
一倉もそれを知っていたから、毎回毎回お土産を買ってきてくれていたのだろう。
表情を和らげた青島を見て一倉が目を細めたことに、青島は気が付かなかった。
「また、悪趣味なもの?」
「失礼なヤツだな。相変わらず」
包みを開けて、青島は思わず笑った。
「どこの国で買うと、こんないい加減な土産物が売ってるんですか」
子供が適当に木彫りしたようにしか見えない、キーホルダー。
「ちなみに、キリンだそうだ」
「牛じゃないんですか?」
「牛にしちゃ、首が長いだろう」
「キリンにしちゃ、短いですよ」
「…じゃあ、馬辺りということにしておくか」
青島は堪らず、声を上げて笑った。
「あいっ変わらずですねぇ」
一倉が微笑した。
「……お前は変わったな」
思わず笑みを引っ込める。
表情が一気に堅くなった青島に、一倉は苦笑した。
「顔に出やすいところは相変わらずか」
「…俺も何にも変わってないですよ」
青島はふいっと視線を逸らした。
背は伸びたし、酒も煙草もやるようになったが、中身は一つも変わってない。
自分でも悲しくなる程昔のままだった。
一倉がマグカップをテーブルの上に置いた。
「ずっといい男になったな」
ハッとして一倉に視線を戻すと、思ったよりもずっと真剣な眼差しとぶつかる。
青島もマグカップを床に置くと、真顔で一倉を見返した。
「一倉さん」
「うん?」
「何しに、来たんですか?」
ストレートに尋ねると、一倉は黙って近づいてきた。
青島は壁際に腰を下ろしたことを、何となく後悔した。
―逃げ場がない。
そう思って、逃げなければならないような状況になる思っている自分が腹立たしく、口内で舌打ちした。
近づいてくる一倉を思わず睨みつけると、一倉が失笑した。
「そう警戒するなよ」
「俺は何をしに来たのか、って聞いたんですよ」
「その答えを教えるために、近づいたんだ」
伸びてきた手を払う。
払った手を掴まれた。
掌を握るように、押さえ込まれて。
近づいてくる一倉の顔を、瞼を閉じることもしないで見つめた。

5年前の記憶がフラッシュバックする。
中学卒業間際。
一倉がアフリカに発つ直前。
ただ一度だけ、唇を重ねた。
キスの後に、一倉が一言だけ言った。
「元気でな」
青島は一倉と二度と会うことが無いのだと理解した。
それが青島にとってどれだけ悲しいことだったか、この男は知っているのだろうか。
青島が未だにそのキスを忘れていないことを、この男は―――。

「あの時と一緒だな…目くらい閉じろよ」
一倉は微笑みながら、青島の頬を撫ぜた。
「アンタもあの時と一緒だ」
唇が少しだけ震える。
「勝手にキスして…勝手に去ってく」
5年前の青島は子供で、一倉の考えていることなど本当の意味では分かっていなかった。
それでも、自分たちが惹かれ合っていたことだけは、幼いながらも理解した。
一倉のキスで、ようやくそれを理解したのだ。
その途端、一倉は消えてしまった。
一倉なりの精一杯のケジメだったのだと、今なら分かる。
青島はまだ15歳だったのだ。
そんな子供に、しかも同性に、どうにかできるほど一倉はたがの外れた人間ではなかった。
いい加減で大雑把なように見せて、肝心な所では優しくて大人だった。
だから、青島を置いて行った。

「これでも、忘れようとしたんだがな」
言いながら一倉は握った手に力を込めた。
至近距離にある一倉の顔が、少しだけ照れ臭そうに歪む。
青島の見たことのない表情だった。
「お前若いし、オジサンに付き合わせたんじゃ可哀想だし」
「……んなこと思うなら、キスなんかするなよ」
青島が小さく零すと、一倉は笑みを零した。
「全くだ」
「おかげで、気付かないでいいことに気付いちゃったじゃない」
「……そうか」
困ったような、それでいてどこか嬉しそうな顔。
青島はとうとう苦笑した。
「俺が成人するまで、待ってたとか言う?」
「いや。結局忘れられなくてのこのこ今更会いに来ただけ」
「日本に帰ってきた理由は?」
「お前に会うためだけだ」
青島は緩みそうになる涙腺に力を込めると、すぐ目の前にある一倉の唇を掠め取った。
5年前みたいに、されっぱなしでいる理由は無い。
青島だって、触れたいと思えば、一倉に触れられるのだ。
「……また、元気でな、とか言う気なら、殴る」
一倉は目を丸くして、それから微笑むと、青島を抱きしめた。
―お前の傍にいるよ。
そう囁かれて、青島は一倉の背中を抱き返した。



「ちょ、ちょっと、タンマっ」
「今更、待てるか」
「どこ触っ…っ…い、一倉さん!」
「何年待ったと思ってる」
「…っ、んなこと、言われても…っ」
「……言い忘れてたな」
「な、なに」
「好きだ」
「!」
「そういうわけだから、」
「…は!?」
「諦めてくれ」
「ええっ!?ちょ、待っ……一倉さーーーん!」










END

2008.1.29





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