15回目」

隣で書類を読んでいたはずの室井の声に、一倉は眉間に皺を寄せた。

「そんなにしてないだろ」

「いや、それくらいしてた。うっとうしいから溜息をつくのを止めろ」

にべもない室井の返答に、一倉の表情がますます曇る。

室井の方が涼しい表情だから、いつもと立場が逆だ。

そう思いながらまた溜息を吐くと、とうとう室井は苦笑した。

「まだ青島とケンカしてるのか」

「電話にすら出てくれない」

一週間前に青島とケンカした。

いや。ケンカと言うよりは、青島が一人怒っているだけなのだが。

理由はいつものように一倉が青島をからかっただけのことだったのだが、虫の居所が悪かったのか、

今もなお怒りが継続中らしい。

尤も一倉が「からかっただけのこと」等と思っているうちは、青島の機嫌が良くならないのも当然かもしれないが。

「今度こそ愛想を尽かされたか?」

「嬉しそうだな」

「まぁ、青島がお前の毒牙にかかっているのかと思うと忍びないしな・・・・・・冗談だから睨むな」

恨めしげに睨むと、室井が肩を竦める。

「本当に愛想尽かされる前に何とかしたらどうだ?」

「言われなくても分かってるよ」

「今日誕生日だろ、お前」

不意に言われて一倉は驚いた。

「覚えてたのか」

「無駄に付き合い長いからな。折角誕生日なんだから、さっさと許してもらってこい」

書類に目を通しながら言う室井に、一倉は苦笑を浮かべた。

室井が珍しくも一倉のこと気に掛けてくれているらしく、それがどうにもくすぐったい。

「どうにかしたいのは山々なんだけどなぁ」

「電話が駄目なら家まで行ってみたらどうだ?」

普段ならそうしてもいいのだが、さすがに今日は厳しい。

家まで行って青島がいなかったら?

一倉の誕生日だというのに、青島がそれすら放りだして遊びにでも出掛けていたら、さすがの一倉でもへこむ。

「青島のことだから、忘れてはないと思うぞ」

室井の助言に、一倉は複雑な表情を浮かべた。

忘れられているとは一倉も思っていないのだが、そのうえでシカトされでもしたら、それはそれで痛い。

―どうしたもんかな。

一倉がまた溜息をつくと、今度こそ室井にうっとうしがられて書類を投げ付けられた。








まさかこのまま別れる気じゃないだろうな。

一倉は青島の自宅からの帰り道、そんなことを考えていた。

本庁から真っ直ぐ青島の自宅に寄ったのだが、案の定青島は自宅にいなかった。

もちろん電話にも出ない。

さすがに一倉は焦っていた。

青島がどういうつもりか知らないが、一倉には別れるつもりは毛頭無い。

明日は朝から湾岸署に乗り込むことを心に決めた。

そろそろ癖になりつつある溜息をつきながら自宅前まで来て、一倉は絶句した。

青島が玄関前で体育座りをして待っていたからだ。

すぐに言葉が出てこない一倉が呆然と立っていると、青島のほうが一倉の存在に気が付いたらしい。

突っ立っている一倉に少しだけ目を丸くして、それから立ち上がった。

「青島・・・」

漸くそれだけ言った一倉に、青島はすっと手を差し出した。

正確に言うと、差し出されたのは手に握ったクラッカー。

いきなりパンッという音とともに、白いテープが飛び出してきた。

再び絶句する一倉に青島はにこりともせずに一言。

「おめでとうございます」

それだけ言うと、目を剥いた一倉の横をさっさと通り過ぎて帰ろうとする。

一倉は反射的に青島の腕を掴んだ。

そして、急いで鍵を開けると玄関に青島を引っ張り込む。

黙って強く抱きしめると、青島は抵抗しなかった。

気が付けばいつの間にか、くすくす笑っている。

一倉は青島を抱きしめたまま渋面になった。

「お前・・・・・・俺の誕生日だっていうのに、この仕打ちはないだろう」

「何がですか。俺、何もしてないですよ。つーか、会いにきただけマシだと思ってください」

機嫌は直ったらしいが、未だ一倉を許す気はないのか。

そんなことを言って笑う。

腕が一倉の背中に回ったから、もう半ば許してくれてはいるのかもしれない。

一倉は青島の肩に顔を埋めて、深い溜息を吐いた。

この一週間で癖になった溜息とはちょっと違って、安堵の意味合いが大きかった。

「・・・・・・はぁ・・・・・・」

「折角の誕生日だっていうのに、暗いですよ。一倉さん」

「誰のせいだ、誰の」

「アンタでしょ」

青島の肩から顔を上げると、一倉は恨めしげに青島を見た。

青島はというと、そんな一倉にベッと舌を出してみせた。

「自業自得」

「・・・・・・・・・悪かったよ」

もう言い合う気力も無いというか、ここでまた青島にヘソを曲げられたらたまらないというか。

一倉が素直に謝ると青島はちょっと驚いた顔をした。

それを見て、一倉は苦笑する。

「自分の誕生日の一週間前に恋人を怒らすなんて、俺も大概間抜けだな」

こつんと青島の額に自分の額を合わせる。

たかが誕生日。

41にもなろうという男が、今更。

そうは思うが、その日を一緒に過ごしたい人がいる場合は、やっぱり特別だった。

一年にたった一日だけ。

一倉が生まれてきたことを、愛しい人が喜んでくれる日。

そんな日に会いたい相手は、青島しかいなかった。

「今日、会いに来てくれて、良かったよ」

唇に触れるだけのキスをすると、ぼんやりとしていた青島の腕が一倉の首に回った。

そして、贈ったキスが返って来る。

「・・・・・・俺も、会いに来れなかったら、どうしようかと思った」

聞けば昨日まではまだ怒っていたらしい。

電話もわざとに出なかったし、本当は今日の誕生日だって会わないつもりだった。

だが今朝になって、一倉の誕生日当日になって、どうしても今日中に会いたくなったのだという。

「アンタの生まれた日だからね。俺にとっては特別な日だから」

一倉は彼らしくも無く感動に近い感情を持って、青島を抱きしめた。

「一倉さん」

「・・・うん?」

「改めまして、おめでとうございます」

「・・・ありがとう」

ぎゅっと青島が抱きしめてくれるから、一倉は目の前にあった青島の耳元から首筋に掛けて唇を落とした。

「・・・っぁ、あ、い、一倉さん」

小さく息を飲んだ青島が、慌てて声を掛けてくる。

「ん?」

「俺、今日来ないつもりだったから、プレゼント無いんだけど・・・」

この次会った時でいい?と聞いてくる青島に、一倉は微笑んだ。

それを見た青島が引きつるくらいのイヤラシイ微笑みで。

「プレゼントなら、ここにあるだろ」

「・・・・・・俺が、プレゼント?」

「そう、俺はそれが一番嬉しい」

結構な口説き文句な気がするが、青島は盛大に顔を顰めた。

「俺は、出来ればそれだけは避けたいんですけど・・・」

もちろん今までプラトニックだったわけがない。

いうなれば、改めてプレゼントと言うには今更過ぎるプレゼントなのだが、どういうわけか青島は渋った。

何を今更、という顔をしていた一倉に、青島が渋面のまま言った。

「アンタにプレゼントなんかしちゃったら、何されるか分かったもんじゃない」

なるほど。

確かに、常日頃からわりと好き勝手に致してくれる一倉に、リボンを掛けて「あなたのモノです」なんて身体を

差し出すのは、ある意味自殺行為である。

一倉は鼻で笑った。

「俺の誕生日だぜ?」

「そりゃ・・・まあ・・・そうだけど」

「俺の欲しいもの、くれないのか?」

「・・・・・・他にないわけ?」

「ない」

きっぱり言い切ってやると、さすがに青島は面を食らった顔をした。

それから、徐々に赤面してくる。

それを見つめる一倉は楽しそうに笑っていたが、目は酷く優しかった。

「・・・・・・高くつきますよ」

「任せろ。お前の誕生日には、身体で返してやるから」

「・・・・・・・・・・エロオヤジ」

「お褒め頂いて」

「褒めてない」

「青島」

ふいに声のトーンを変える。

平気な振りをして会話をしていたが、そろそろ限界だ。

「貰うぞ」

一瞬硬直した青島の唇を、返事ごと奪う。

舌で唇をわって口内に侵入すると、青島の舌に絡めて吸い上げる。

覚悟を決めたのか、すぐに青島も応えてくれる。

しばらくの間、荒い呼吸と濡れた音しかしなかった。

一倉が青島のコートに手を掛けると、さすがに青島が顎を引いて一倉の唇を避けた。

「ちょ、待って」

「待てない」

「げ、玄関でするつもりですか!」

「お前が良けりゃあ、な」

「良くない。絶対良くない」

誕生日プレゼントのわりに文句が多いが、一倉はもう余計なことは言わない。

余計なことに無駄な時間を使う余裕が無かったのだ。

青島が嫌なら、場所をベッドに移せばすむこと。

恐ろしいまでに聞き分けよく、一倉は青島の手を引いて寝室へと向かった。

それを不審に思ったのか、青島が一倉の様子を伺うように見てくる。

「一倉さん?」

「お前って、凄いな」

「はっ?」

目を丸くした青島をベッドに押し倒して、一倉は微笑した。

「最高の誕生日だ」

青島がいるだけでこんなに幸せだなんて。

自分でもちょっと驚くくらい、素直にそう思った。

面食らったような顔をしていた青島だったが、一倉の首筋に顔を埋めて照れくさそうに呟いた。

「これからでしょ」

「うん?」

「アンタの最高の誕生日、これからだ」

「・・・そうだな」

後はもう、二人とも言葉は無かった。















END


一倉さん、誕生日おめでとう!ということで、一倉氏生誕祭協賛第一弾は誕生日ネタです。
一倉さんの誕生祝いだというのにも関わらず、
書きたかったのは「クラッカーを鳴らしただけで帰ろうとする青島君」でした(笑)
途中までまたヘタレ臭かったです?一倉さん(^^;
次はまたジャイアン一倉を目指したいですv(目指すな、そんなもん)

お誕生日、おめでとうございます!一倉さん!!


最良の日