ニタニタ笑いながら人の顔を見てくる真下に、青島は怪訝そうな表情を浮かべた。

「・・・気持ち悪いよ、真下」

「先輩も、やるなぁ」

一人感心している真下に、首を傾げる。

真下に褒められる覚えはない。

真下が締まりの無い顔をしているのはいつものことだが、そんな顔で褒められたって薄気味悪いだけである。

胡散臭そうに見ていると、「嫌だなあ、とぼけちゃって」と言う。

青島にはとぼけているつもりは全く無い。

「何の話だよ?」

「だからぁ。ここですよ、こーこ」

そう言って、真下が自分の首筋を叩いてみせる。

青島は何となく自分の首筋に触れて、ふと思い出した。

そして、呆れた顔になる。

「・・・そんな色っぽいもんじゃないよ」

自分の指先に触れる小さな熱に、青島は溜息を吐いた。

青島の首筋には、赤く鬱血した痕があった。

それを、真下はキスマークと思ったらしい。

「またまたぁ、隠しちゃって」

「違うってば。これはねぇ・・・」

どう説明しようかと悩んでいる隙に、真下が目を輝かせて聞いてくる。

「相手は?まさか、すみれさん?」

「違うっつーの」

「んじゃあ、誰ですか?あ、ダメですよ!雪乃さんは!」

「だから、違うって!」

思い込みで慌てだす真下に、青島はげんなりしながら首を振った。

そもそも「誰」と聞かれて答えられる次元の問題ではない。

「何」という方が適切である。

「これはぁ、」

言いかけた青島は、いきなり背後から腕を掴まれて言葉を呑んだ。

驚いて振り返ると一倉が立っていて、余計に驚く。

それは真下も一緒だったようで、目を丸くしている。

「一倉捜査一課長?」

「青島、借りていくぞ」

許可というよりは宣告に過ぎないが、一倉は一応真下に断りを入れる。

その声があまりにも低くて、青島は血の気が引いた。

「ちょ、一倉さん、待っ」

慌てた青島を、一倉は一瞥してよこす。

「取調べだ、青島」

「!」

ぎょっとする青島を引きずるように退場する一倉。

真下はぽかんとしてそれを見送った。

「先輩、また何かやったのかなぁ・・・」





人気のない資料室に放り込まれて、青島は焦る。

一倉が据わった目で迫ってくるからだ。

「どういうことだ」

立ち聞きをしていたらしく、すっかり首筋の鬱血を誤解しているらしい。

「だから、真下の誤解ですってば!」

青島が慌てて言うが、聞いているのかいないのか。

据わりっぱなしの目が怖い。

青島が思わず後退ると、一倉に腕を掴まれて壁に身体を押し付けられた。

いきなり襟を開かれて、青島はぎょっとする。

首筋に一倉の大きな手が掛かった。

「―っ」

痕をなぞられて、思わず息を飲む。

青島の敏感な反応に、一倉は口元に笑みを浮かべた。

「感じるのか?」

キスマークをなぞられて、という意味だろう。

冗談ではない。そんな色っぽいものじゃないのだ、本当に。

話を聞け!と思いながら、一倉を見て青島は驚いた。

口元だけ笑った一倉の目が、はっとするほど暗かったからだ。

「い、ちくらさん?」

「お前にまさか浮気されるとはな」

ボソリと呟いて、いきなり口付けをされる。

「っ!」

一倉の身体を押し付けられて、身体の自由を奪われる。

青島が一倉の顔との間に手を差し入れて行為を中断させると、その手を取られてしまう。

「ちょっ!」

「二度と浮気する気にならないようにしてやるよ」

熱っぽく言われて青島が絶句しているうちに、再び口を塞がれる。

一倉の手が開いた青島の襟を、更に広げていく。

唇を重ねたまま、近すぎて焦点の合わない視線で、一倉を見た。

ふてぶてしい口調とは相反した悲しい瞳に、青島は「冗談じゃない」ともう一度思う。

自由になる足で一倉の腹を押した。

「っ!」

衝撃で一倉が尻餅をつく。

それほど力は入れていなかったら、そう痛くはないはずだと青島は自分に言い訳をする。

そして、一倉を睨んだ。

「少しは人の話を聞いてくださいよ!」

聞く耳を持たない一倉が悪いとばかりに仁王立ちする青島。

浮気をされたと思っている一倉にしてみれば、逆ギレしているようにしか見えないかもしれない。

だが、青島は自分が浮気していると思い込まれていることも、一倉がそんな暗い目で自分を見ることも

我慢がならなかった。

ゆっくりと立ち上がった一倉は多少落ち着いたように見えるが、それでもいつものような嫌味な笑顔を

浮かべる余裕はないようだった。

難しい表情で青島を見ている。

青島は溜息を吐いた。

「・・・昨日は飲み会で、べろべろに酔っ払っちゃって、家まではなんとか着いたんだけど、

 リビングで行き倒れちゃって」

「誰かと一緒だったのか?」

「だからぁ、違うっつーの!・・・朝リビングで目を覚ましたら、何かここ、痒くて、」

青島は自分の首筋を指差した。

赤く鬱血した痕。

「・・・痒い?」

一倉が呟くのに、頷き返す。

「たぶん、吸われたんでしょうね」

「・・・何に」

「ダニに」

青島がようやく言えたと満足げに答えると、一倉は疲れきった表情で脱力した。

肩から力が抜けているのが傍目で見ていて分かるほどだ。

「・・・なんだ、そのオチは」

「オチってなんすか。一倉さんも真下も勝手に勘違いしたんでしょ」

俺は何度も説明しようとしました、と胸を張る。

悪いのは確かに青島ではない。

人の話を聞かない一倉が悪いのだ。

一倉は頭を掻いて苦笑を浮かべている。

緊張の取れた顔には、先程まで見えていた暗さは全くない。

「ああ、もう、くだらない」

「だから、何度も話聞いてって言ったでしょ」

「ああ、そうだな、俺が悪かったよ」

投げやりな返事を返してくる一倉に、青島はひっそりと笑った。

もしかしたら、珍しくも取り乱したことに照れているのかもしれない。

そう思ったのだ。

「こら、笑うな」

笑っていたことに気がついたらしく、咎められる。

それと一緒に一倉の手が伸びてきて、青島の襟元にかかる。

思わず身構えた青島に気がつくこともなく、一倉は自分で外したボタンを留めなおし始める。

青島は呆気に取られながら、想像以上に動揺しているらしい恋人に気がついた。

思わず表情が緩む。

「・・・でも、ちょっと驚いたなぁ」

「何が?」

「俺が浮気しても、別れ話にはならないんだなーと」

「!」

悪戯っぽく微笑むと、一倉が絶句した。

かなり激昂していて、「二度と浮気をする気にならないように」させるつもりで事に及ぼうとはしていたが、

別れるとは確かに口にしなかった。

「思ったより、愛されてるなーって、思って」

嬉しげにそう言ってやると、一倉が嫌そうな表情になる。

だが、すぐにいつものように涼しい笑みを浮かべた。

「心外だな」

「はい?」

「俺は、ものすごく愛してるのに」

「・・・一倉さんの場合、言葉にすると途端に嘘臭く感じるんですよね」

「じゃあ、態度でしめそう」

「・・・はい?」

「今日、帰りにお前の家に寄るから、真っ直ぐ帰れよ」

墓穴を掘った青島。

後悔してももう遅い。

乾いた笑いを浮かべて、溜息を吐いた。





















END
(2004.8.24)


一青祭りに協賛中の作品としてはラストになりそうです。
第5弾は、勘違い一倉さんでした〜。

個人的には、青島君のボタンを留める一倉さんが書けて楽しかったのですが、
あのまま事におよんだ方が面白かったかもしれませんね(^^;
いつもいつも生温いお話ばかりで申し訳ないです。



誤解