一人勝ち・2










先日青島と飲みに行って、大失敗をした。

青島から誘ってくれたことが嬉しくて浮かれてしまい、調子にのって飲み過ぎてしまったのだ。

迂闊にも眠ってしまい、目が覚めたら何と青島は室井がお持ち帰りしてしまったという。

起こしてくれた一倉の話では、青島は真下の部屋に泊まるつもりだったらしい。

それを聞いた時の、真下の受けた衝撃といったらなかった。

稀にみる大きなチャンスだったというのに、みすみす見逃してしまったのだ。

寝過ごした、ともいう。

とはいえ、青島と室井に進展があるはずもないから、一先ず安心である。

青島は鈍感だし、室井はというと青島の尊敬を裏切れず身動きが取れなくなっている。

真下に何故そんなことが分かるかといえば、同じ穴の狢だからだ。

裏切れ無い尊敬など悲しいことに微塵もないが、今の関係を壊せずにいるのは真下も一緒なのだ。

真下が深い溜め息をつくと、小池が声を掛けて来た。

「課長」

以前と比べて格段に愛想の良くなった小池は、少し口角をあげて見せた。

「何、黄昏れてるんですか」

交渉課準備室に与えられた狭い室内の中で、日頃お気楽なリーダーが薄暗い顔を晒している。

小池じゃなくても気になる、のを通り越して鬱陶しく感じるだろう。

「別に黄昏れてはいないよ」

真下は強がって言ってみたが、小池は聞いちゃいなかった。

「どーせ、青島さんのことでも考えてたんでしょ」

さすが交渉課の係長だ。

勘が鋭い。

言葉に詰まった真下に、小池が苦笑した。

「当たって砕けてみたらどうですか?」

「砕けるとか言わないっ」

「なら、ネゴシエーターなんだから、口説き落としたらどうです」

「それはそうなんだけどさぁ・・・・・・僕に口説き落とされてくれると思う?あの人が」

真下自身容易くないことだと理解しているから、腰が引けるのだ。

情けない主張をする真下に、小池は肩を竦めた。

「課長、お客さんですよー」

別の部下に声を掛けられて視線を向ける。

「あ」

思わず呟いたのは小池だった。

真下はというと、思わず硬直してしまう。

「よっ」

ドア口に立っているのは噂の青島だった。

「先輩!」

驚くやら混乱するやらだが、顔を見られて素直に嬉しくなる。

それを思いっきり顔に出して満面の笑みで出迎えると、青島も軽く微笑んでくれた。

それだけでも充分に幸せそうな真下に、交渉課の連中は失笑を噛み殺した。

皆真下の片思いを知っているのだ。

真下が分かりやす過ぎるからだ。

「どうしたんですか?いきなり」

「ちょっと本庁に用事があってね。ついでに様子を見に」

キョロキョロと室内を見渡してから、真下に視線を戻した。

「真下が課長ねぇ・・・・・・」

なにかを含ませたような青島の物言いに、真下は心の中でいじける。

これでも地味に頑張ってるんだぞ・・・と思っていると、青島が屈託なく笑った。

「凄いじゃん」

青島の笑み一つで真下が昇天してしまうのではないかと、そこにいた部下は思った。

真下の締まりの無い顔を見て。

「いやぁ、まぁ、それほどでもないんですけどね?交渉課と言ってもネゴシエーターは僕しかい

ないわけですから仕方が無いというか・・・・・・あ、先輩、どうぞ」

真下は浮かれながら、狭い室内に少しだけ設けられている応接用のブースに青島を案内した。

コーヒーを淹れようとしたが部下の一人がやってくれると言うので、礼を言って任せることにする。

真下もブースに入ると、青島と体面で座った。

久しぶりに会う青島を見ながら、情けないほど高揚している自分に気が付いていた。

「へぇ・・・なんか雰囲気良さそうだな」

「え?」

「いや、お前みたいなちゃらんぽらんなヤツが本庁でやっていけてんのかなぁ、何て思ってたか

らさ」

相変わらず酷い言い草である。

が、「良かったなぁと思ってさ」と続けられると、真下には堪らない。

人目が無ければ抱きしめたのに!と思いつつ、実際に二人きりだったとしても、腰の引けた真下

には実行不可能だったかもしれない。

「真下?」

ぼんやりと見つめる真下に、青島は首を傾げた。

真下は慌てて首を振る。

「いや、何でも!」

コーヒーを持ってきてくれた部下が頬を痙攣させている。

「ありがとうございます〜」

青島が愛想良くニコッと微笑むと、部下もそれに何とか応じながらブースを出て行った。

吹き出す自信でもあったのか、真下の方はちらりとも見なかった。

「この間はすみませんでした」

ふと思い出して謝ると、青島が目顔で、なんのことかと尋ねてくる。

「飲みに行った時のことです」

いうと思い出したらしく「ああ・・・」と呟いて、少しだけ表情を強張らせた。

泥酔して寝てしまったことをそんなに怒っているのだろうかと内心焦る。

青島は首筋を撫ぜた。

「んーまぁ、気にしてないけどさ。酒強く無いんだから、あんまり無茶しない方がいいんじゃな

い?」

「はい、それはもう気をつけます」

真下としても貴重なチャンスを自ら棒に振るような真似はもう避けたい。

神妙に頷いている真下に青島は苦笑した。

「俺だったから良かったものの、一緒に酒を飲んでたのが女の子だったら、セクハラで訴えられ

るよ」

真下は固まった。

ブースの外ではさりげなく盗み聞きしている部下たちも固まった。

だが、全員の心の中は一つだった。

―何をしたんだ、真下正義!

「せ、せんぱい」

「んー?」

真下はおっかなびっくり尋ねてみた。

「ぼ、僕は一体何を」

青島は目を丸くして、呆れた顔をした。

「お前、覚えてないの?」

「は、いや、すみません。泥酔してたことは覚えてるんですけど」

青島は深い溜息をついて、コーヒーを啜った。

「これだもん」

「すすすすいませ」

「人の唇奪ったくせに」

溜息交じりの呟きに真下は絶句した。

ブースの外でバザバサと何かが落ちる音がする。

どうやら部下まで動揺しているらしい。

「・・・・・・ほんとうに?」

「こんな嘘ついてどーするよ。お前こそ本当に何も覚えて無いわけ?」

全然全く一つも覚えていなかった。

キスした事実も、確かにこの唇に感じたであろう青島の唇の感触も、何一つ。

―僕は何て勿体ないことを!

真下は心の中で大絶叫した。

悔やんでも悔やみ切れない。

そんな機会は―悲しいことに、二度と無いかも知れない。

酒の力は恐ろしいというか偉大だというか。

赤くなったり青くなったりしながら身悶えている真下に、青島は苦笑を浮かべた。

「・・・・・・いーよ、もう」

真下の胸中など知る由もない青島。

真下が悔やんでいると思ったようで、気を使ってくれているらしい。

悔いてるには悔いているが激しく邪に悔いているため、真下はさすがに申し訳ない気分になった。

「ど・・・どうもすみません」

「いーって。俺も気にしてないし」

そう言われると、それはそれで悔しい。

自分とのキスは青島の中で、あってない出来事になっているのだ。

男同士のキスなど、特に酔っ払って交わしたキスなど、普通はそんなものだ。

青島の反応は至ってノーマルなわけだが、それが真下には悔しかった。

複雑な表情を浮かべた真下を見て、青島はどう思ったのか。

「奢って」

と、言った。

「・・・はい?」

「そんなに気になるんなら、飯でも奢ってよ」

それでチャラねと言って笑った。

真下は自分の顔がだらしなく緩むのが分かった。

これはチャンスだ。

前回むざむざと棒に振ってしまったチャンスが、またやってきたのだ。

湾岸署にいる時ならいざ知らず、それも二人っきりで酒を飲むことなど滅多に無い機会だった。

一瞬頭に過ぎったのは、

―上手くやれば、もう一度キスできるかも・・・。

だったと知れたら、青島に殴られたかもしれない。

「・・・と、俺もう行かないと」

青島はぐいっとコーヒーを煽ってカップを空にすると、立ち上がる。

「予定があるんですか?」

無ければ今夜にでも・・・などと思っていたのだが、淡い期待は速攻で打ち砕かれた。

「これから、室井さんと飲みに行くんだ」

「・・・へ?」

「ほら、お前と飲んだ日。俺結局室井さん家に泊めてもらっちゃってさ〜。迷惑掛けたからその

お詫びとお礼にご馳走しようと思って」

愕然とする真下を他所に、青島はなにやら楽しそうだった。

ブースを出ると、真下の部下にコーヒーの礼を言ってドアに向かってしまう。

「またな、真下」

お邪魔しましたーと言って出て行こうとする青島を、真下は慌てて呼び止めた。

「せ、先輩!」

「んー?」

足を止め振り返った青島。

本当は引き止めたかったのだが引き止める理由がないし、青島が室井との約束を反故にするわけ

もない。

「・・・・・・・・・絶対、飲みに行きましょうね!」

結局ソレしか言えなかった。

青島はきょとんとした。

「何だよ、そんなに奢りたいのか?可笑しなヤツだなー」

笑われながら、何とでも言ってくれという気になる。

奢りたいのではなく、青島と一緒にいたいのだ。

できたら、一歩踏み込んだ関係になりたいのだ。

そんな真下の心情に気付くはずもなく、青島は大きく笑った。

「絶対奢れよっ」

それは真下の大好きな笑顔だった。

犬のように何度も頷くと、青島は笑いながら出て行った。





立ち尽くす真下の背後に、小池がそっと立った。

「大した交渉術ですね」

青島の笑顔一つで右往左往するような男に、交渉術など使えるわけもない。

情けない課長の姿に、部下たち同情するやら笑えるやら、だ。

「折角キスしたのに覚えてないんじゃねぇ」

「大体、青島さん、全く気にしてなかったよな」

「あれって、眼中にないってことじゃないの?」

「男同士なら、あれがフツーの反応だろう」

「それより、問題は室井管理官だと思うよ」

そこまで聞いて、真下はぴくりと反応する。

確かにそうだ。

自分のことをそういうふうに意識してもらえないのは仕方が無い。

それはこれから何とかすれば良い。

それこそ口説き落とすつもりで、交渉すれば良いのだ―出来るかどうかは分からないが。

問題は室井である。

発展するはずがないと思っていたが、そもそも真下と室井とではスタート地点が大分違う。

青島に嫌われているとは思っていないが、真下はどこまでいっても後輩の域を出ない。

精々可愛い後輩、といった位置である。

だが室井は、青島にとってただの上司ではない。

尊敬しているだろうし、信頼してもいるだろう。

そして、確かな好意を抱いているはずだ。

真下や室井が抱えているソレとは一緒にならないが、青島は確かに室井のことを好きなはずだ。

であれば、真下にのんびりしている暇など無かったのだ。

今更気が付いて愕然としている真下に、小池が止めをさした。

「・・・本当なら、今頃青島さんに奢ってもらえてるのは、課長だったんでしょうね」

美味しい所の全てを奪った室井を恨むべきか、不甲斐ない自分を嘆くべきか。

真下はしばらく真剣に悩んでいた。































END
(2005.5.11)


「交渉人」公開記念です!
どこがだ!という声があちこちから聞こえてくるような気がします(笑)
個人的にはヘタレな真下君が書けて満足なのですが・・・。
ていうか、「交渉人」の記念なら、カッコイイ真下君を書いてヤレという話です;
「一人勝ち」の続きで書いたのが間違いでしたね・・・。

結局相変わらず一人勝ちしてるのは室井さんでしたね(笑)
もーこれは私の愛の成せる技です。
ごめんね、真下君!(おい)
でも、これでも彼はそれなりに幸せなんじゃないかと。
もう、会えるだけで幸せ。ヘタレですから(酷)

真下君も好きなんだけどなぁ・・・くすん。
真雪カップルは可愛くて大好きですv