一人勝ち

「聞いてますか?先輩っ」

「聞いてる、聞いてるよ」

青島は適当に相槌を打ちながら、溜息をついた。

―真下なんか、誘うんじゃなかったなぁ。

久しぶりに湾岸署に訪れた真下を捕まえて、飲みに誘ったのは青島の方だった。

久しぶりだし話をしたかったのが半分、下心が半分だ。

今日は青島の自宅周辺が水道管工事のために断水なのだ。

一日くらいなら耐えられないこともないのだが、どうせならキャリアの居心地良い部屋で過ごし

た方がいいに決まっている。

飲んだついでに転がりこんでやろうと思っていたのだ。

ところが飲み始めてみると妙にテンションの高い真下が、あっという間に泥酔してしまった。

この調子ならば、真下の部屋に転がり込むという青島の目的は容易に達成できるだろうが、真下

の介抱付きという有り難くない状況になりそうだった。

居酒屋の個室に二人きり。

酔っ払いに絡まれた青島に、逃げ場はない。

ひっそりとまた溜息をついた青島に、真下はビシッと指をさす。

「聞いてないでしょうっ」

青島はその指を掴んで、下に下ろさせる。

「聞いてるっつーの。人を指でささない」

「だから、大好きなんですってば」

脈絡の無い真下の話に、青島は呆れた顔をした。

「何を今更。雪乃さんのことだろ?知ってるよ」

「いやっ!先輩は知りません!」

真下はグラスを煽ると、青島を睨み付けた。

「湾岸署の連中は皆知ってるよ。・・・ああ、ほら、零してる」

呆れながらもおしぼりで真下の顎を拭ってやる。

その手を真下に掴まれた。

「好きなんですよ!」

据わった眼差しで言われて、青島は一瞬目を丸くした。

それから苦笑する。

「俺に言ってどーするよ。本人に言え、本人に」

そんなに好きなら、ちゃんと本人に伝えるべきだ。

雪乃だって真下が真剣に告白をしたら、ちゃんと考えてくれるだろう。

青島がそう思っていると、ふいに真下が青島の頬に触れてきた。

「真下・・・?」

「先輩は何も分かってない・・・」

そう言うと、いきなり唇を塞がれる。

頭も身体も硬直してしまい、キスされていると認識するのに少し時間が掛かった。

青島は慌てて真下の胸を押し返す。

力一杯という程でも無かったのだが、難なく離れた真下の身体がそのまま後ろに傾いだ。

座敷に仰向けに倒れた真下は、何と眠っていた。

青島は呆然としたまま、唇を拭う。

「何だったんだ、一体・・・」

真下がいなくなったお陰で開けた視界に、ふっと黒い影が過ぎる。

他の客に見られたかなと思いながら、気まずそうにそちらに目をやって、青島は絶句した。

湾岸署に縁のあるキャリア三人組が、なんとそこにいた。

―なんでここに!

キャリアだって居酒屋で酒くらい飲むだろうが、イヤ過ぎる偶然であった。

三人ともが青島を凝視して、どういうわけか絶句している。

沈黙を破ったのは室井だった。

「・・・・・・青島」

酷く厳しい表情で問い質すような室井の声に、青島はびびる。

「は、はい?」

「真下君とは、そういう関係だったのか?」

そういう関係・・・と、青島は口の中で繰り返して、慌てて首を振った。

「まさかっ!・・・ていうか、俺もこいつも男ですよ」

だらし無くのびている真下を指差しながら言う。

真下とは先輩後輩の以外の関係になった覚えは一つも無かった。

青島にはキスされた理由すら分からない。

・・・鈍いのだ。

この三人に変な誤解でもされては困ると思って全力で否定すると、三人が三人とも安堵したよう

だった。

―やっぱり警察官にゲイがいたら問題なのかね。

青島が的外れなことを考えていると、一倉が靴を脱いで座敷に上がってくる。

「真下が潰れてつまらんだろう。一緒に飲もうぜ」

青島が目を丸くしていると、新城も上がってきた。

何か言いたげではあったが、結局室井もそれに倣う。

「え?あ、でも、狭いでしょ。俺、真下連れて帰りますよ」

二人用の個室に、今は五人が入っていることになる。

真下が横になっているので、更に狭い。

席を立とうとした青島だったが、両側から一倉と新城に押さえられて身動きが取れなくなる。

「まぁ、いいじゃないか。たまには、所轄と本庁で密接な交流というのも」

―密接つーか、密着してるだけじゃ・・・。

「それとも私たちと酒が飲めないというのか?」

―ああ・・・いるよね、必ずこういう事を言う上司って・・・。

「おい、二人とも。青島が困ってるだろう」

室井が二人を諌めてくれるが、青島自身既に酒が入っているのでどうでも良くなってきていた。

キャリアの三人がいいなら、この狭い個室で飲めばいい。

そして自分は適当なところで帰ろう。

こうなっては仕方が無いので、真下の部屋に転がり込むことはもう諦めた。

青島は割り切ると、室井に向かって苦笑する。

この中では唯一、室井とは親交があった。

一番気心はしれている。

「ビールで、いいっすか?」

青島は大きな声で店員を呼んだ。





一体どれだけ飲んだのか、青島のぼうっとしている頭ではさっぱり分からなかった。

他の三人は見たところ、平気そうだ。

何度か飲んだことがあったから室井がザルなのは知っていたが、一倉も異常に強い。

新城はあまり早いペースで飲まないので、恐らく青島よりも飲んではいまい。

途中一回目を覚ました真下だったが、一倉にしこたま飲まされて、また眠ってしまった。

こうなっては、青島も途中で引き上げるどころの騒ぎではない。

―明日、まともに出勤できるかな・・・。

考える尻から「まあ、いいっか」と思う。

酔っ払っているのだ。

明日のことなど、半ばどうでも良くなっている。

「青島・・・大丈夫か?」

向かいに座った室井が、心配そうに見つめてくる。

室井の横では一つも大丈夫ではない真下が、爆睡していた。

一倉と新城は青島を挟んで座っている。

両方からお酌をされて、青島はさっきから飲まされっぱなしだった。

断れば一倉からはセクハラをされ、新城からは嫌味を言われるのだ。

青島の救いといえば、向かいに座る良心、室井だけだった。

青島は酔っ払い丸出しの顔で微笑んだ。

「大丈夫っすよぉ〜。室井さん・・・優しいなぁ」

日本酒をしこたま飲んでも表情一つ変えなかった室井が、赤面した。

青島はそんなことに気が付く余裕はとっくに無くしている。

ただただ頷いて、「優しいな」と繰り返していた。

「優しいだけの男なんて、つまらなくないか?」

横から当然の如く一倉が口を挟んでくる。

空いた青島のグラスに酒を足すのを忘れない。

「一倉」

室井が咎めたが、一倉は眼中にないようだった。

青島の顔を覗きこんでいる。

その視線を見つめ返しながら、青島はグラスに口をつけた。

「優しくない男より、ずっといいんじゃないですか?」

ぼんやりとした口調で言うと、一倉がやんわりと微笑んだ。

「俺は、本命には優しくするぞ」

普通に口説き文句だ。

だが、酔っ払った青島は気が付かない。

いや。

もしかしたら、酔っ払って無くても気が付かなかったかもしれない。

「へぇ・・・意外」

「そうか?何なら、体験してみるか?」

「無料体験っすか?」

「そう、今なら三ヶ月ラブラブコースが無料で体験できるぞ」

青島は苦笑しながら、酒を舐めた。

一倉の冗談に一々のっかっていられない。

「そんな怪しげな体験はするな」

横から新城が割り込んでくる。

話しかけられたと判断した青島は、今度は新城の方を向く。

とろんとした目で見られて、何を思ったのか新城も赤面した。

「私の方が、いい体験をさせてやる」

「あはは・・・やっぱり無料?」

「もちろんだ。しかも三食昼寝つきだぞ」

一倉の言っていたことも意味不明だが、新城はそれに輪をかけて意味不明である。

青島は肩を竦めた。

「なんすか、それ〜。嫁に来いって言われてるみたいですよぉ」

言われてるみたいではなく、言われているのだ。

新城が頷くより先に一倉が青島の肩を掴んで、自分の方を向けさせる。

「年上は嫌いか?」

「嫌いも何も・・・一倉さん、男でしょうが」

「さっき、真下とキスしてたろ。男だから、ダメってことはないんじゃないか?」

いつの間にか一倉に肩を抱かれていたが、酔っ払った青島は特に気にしなかった。

段々と重くなってきた瞼に力を入れて、一倉を見上げた。

「あれは、不慮の事故っすよ」

青島自身あのキスが何だったか分からないのだが、説明できないのだから『不慮の事故』みたい

なものだろう。

そう適当に判断をして言うと、一倉がにやりと笑った。

「じゃあ、これも不慮の事故だな」

そう言って、目を丸くした青島の唇を奪った。

「一倉っ!」

室井が叫んだ次の瞬間には、新城が青島の身体を引き寄せていた。

一倉から解放されて目を白黒させている青島の身体を、新城はそのまま抱き寄せる。

「抜け駆けはなしですよ!」

そう叫ぶと、今度は新城が青島の頬に手を掛けた。

さすがに身を引こうとした青島の後頭部に手を回し、強引に唇を重ねてくる。

新城も実はかなり酔っ払っていたのだ。

「・・・っ!」

青島が身体を強張らせたのとほぼ同時に、室井が新城の頬に向かって日本酒をぶちまけた。

青島の頬にもいくらか掛かったが、それでいくらか正気に戻った新城がすぐに青島を解放した。

「いい加減にしろっ、お前ら!青島が嫌がってるだろうっ」

俺もしたいのにっ!なんてことは口が裂けても言わない室井。

テーブル越しに手を伸ばすと、意味も無いのにお絞りで青島の口を拭った。

室井も動揺していたのかもしれない。

真下だけでも許せないのに一倉や新城にまで奪われてしまった。

それに腹を立てつつも、呆然としている青島を気遣ってくれる。

「大丈夫か?青島」

青島の顔を覗きこんで、室井はぎょっとした。

涙目になっていたせいだ。

青島の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

酔っ払って正常な判断など何一つ出来ない上に、真下からはじまり代わる代わるに唇を奪われた。

混乱もするだろう。

「室井さぁ〜ん」

ハラハラと涙を落としながら、室井を呼んだ。

「あ、青島、落ち着け」

室井はお絞りで青島の頬も拭ってやる。

一倉も新城も、さすがに罰の悪そうな顔をした。

「やっぱり、優しいなぁ・・・室井さん」

青島はぼんやりと呟いて、頬を拭ってくれている室井の手を握った。

「室井さん・・・」

「な、何だ?どうした?具合でも悪いのか?」

「今晩、室井さんの家に泊めてくれませんか?」

「・・・!」

息を飲んだ室井に、絶句している一倉と新城に、青島は気が付かない。

「本当は真下の家に泊めてもらおうと思ったんですけど、こいつこんなだし・・・」

「ま、真下君の家に泊まるつもりだったのか!?」

『そんな狼の懐に飛び込むような!』とは、室井の心の声である。

「俺んち、今日断水なんすよ〜。不便だから泊めて貰おうと思ってたんです」

涙は止まっていたが、まだいくらか潤んだ瞳で室井を見上げる。

一瞬返答に詰まった室井だったが、横から一倉が口を挟む前に慌てて頷いた。

「分かった、うちに来るといい」

「やった!ありがとうございます〜」

やっぱり室井さんは優しいなぁと言って、ふにゃあと笑った。





舌打ちをする一倉と歯軋りをする新城と鼾を掻いている真下を他所に、室井はその晩青島をお持

ち帰りした。

結局一睡も出来なかったのだが、本人はとても幸せだったらしい。

























END
(2004.4.13)


拙宅じゃ初めてのちゃんとした(?)総受けだったのではないでしょうか。
違うかな?どうだろう。
何にせよ、くだらなさはダントツでしたね(笑)
ハラハラと涙する青島君は、酔っ払ったせいだということにしておいてください(^^;

一応室青ではありません。
青島君はノーマル。他の皆さんが青島君ラブ。というお話でした。
この後青島君が室井さんに惚れたりすれば、室青になるでしょうが(笑)
私が室井さんを好きなせいですね。
エコヒイキしてしまいました(大笑)

一人だけキス出来なかったけど、お持ち帰りした室井さん。
試合に負けて、勝負に勝ったというところでしょうか(ワケが分からない)

お目汚しで申しわけありません!