密室の恋

本庁でエレベーターを待っていた青島は、開いたドアの隙間に一倉を見付けてイヤな顔をした。

更に悪いことに中には一倉しかおらず、乗るのは青島しかいない。

一瞬本気で乗るのをやめようかと思ったが、青島に気が付いた一倉がバカにしたように鼻で笑っ

たから、意地で乗り込んだ。

向かう先は同じく捜査一課だから、下りる階は一緒である。

青島は途中で誰かが乗ってくることを切実に願った。

「まぁだ、怒ってんのか」

一倉の呆れた声を、青島は普通にシカトした。

まぁだもくそも、ケンカしたのは昨日である。

青島がいくら単純にできているとは言っても、ケンカした翌日から上機嫌なはずがない。

「おい、無視するなよ」

それすらシカトしてやると、いきなり背後から抱きすくめられた。

さすがにちょっと焦る。

「ちょ・・・離してくださいよ」

「イヤだね」

「だ、誰か乗って来たら、どーすんですか」

「セクハラされてるって、訴えてみるか?」

余裕の笑みが腹立たしい。

「ええ、ええ、訴えてやりますよ。絶対有罪にしてやる」

ふんっと、顔を背ける。

その途端、耳たぶを舐められて鳥肌が立った。

青島の頬に赤みが差す。

「・・・このっ、色魔!」

「失礼なヤツだな」

一倉の身体を肘で押し返そうとするが、びくともしない。

それどころか暴れる青島の腕を押さえて、首筋に唇を押し付けてくる。

「ちょっ・・・っ」

「折角会ったんだから、仲直りしようぜ」

これが一倉の仲直りの仕方だというのだから、イヤになる。

青島が渾身の力を込めて一倉の腹に肘鉄をお見舞いしようと思った瞬間に、一倉が身体を離した。

「と・・・ちょっと待て」

「そのまま永遠に待ってたらどうですか」

可愛くないことを言う青島に苦笑して、一倉は首を振った。

「なんかおかしくないか?」

「アンタは365日24時間年中無休でおかしいですよ」

「・・・・・・エレベーター、止まってるな」

「そう・・・・・・はぁ?」

淡々とした一倉の発言に、青島は目を向いた。

「いつまで経っても着かないのはおかしいだろう」

言いながら一倉は非常用の呼び出しボタンを押した。

「・・・マジで?」

青島は意味も無く、エレベーターの天井を見上げた。

言われてみたら、確かにおかしい。

捜査一課は最上階にあるわけじゃないから、とっくに着いていても良さそうなものだ。

それに意識して聞けばエレベーターが動いている音が全くしないし、独特の浮遊感も感じられな

い。

どうやら途中で止まってしまっているようだった。

「・・・・・・故障だとよ」

一倉が肩を竦めながら言った。

「直るのに、一時間は掛かるとさ」

「ええっ!?」

冗談ではない。

平素ならまだしもケンカ中の一倉と、この密室で一時間もどうやって時間を潰せというのか。

「まぁ、しょうがないな」

軽く言った一倉を、青島は疑わしそうに見た。

「なんか細工しました?」

さすがに呆れた顔をする一倉。

「どうやって、俺がエレベーターを故障させるんだ」

「念力?」

「んなもんあったら、警察官なんか辞めてるさ」

不慮の事故。

当然だが、それ以外に考えられない。

青島は深い溜息をついて、床に座り込んだ。

背中を壁に預けて、一倉を見上げる。

一倉に八つ当たりしても仕方が無い。

それくらいの理性は青島にもある。

「一時、休戦」

「うん?」

「狭い室内で面突き合わせて険悪ムードは、しんどいでしょ」

青島が言うと、一倉は苦笑した。

「俺は休戦じゃなくて、終戦にしたいんだがな」

言いながら、青島の隣に腰を下ろす。

青島は立て膝をして、そこに肘を乗せた。

頬杖を付いて、一倉を横目で見る。

「和平交渉に努めることですね」

「してるつもりなんだがな」

「なら、交渉下手なんだ」

「真下警視の手でも借りるかな」

「交渉決裂。休戦解除。戦火拡大。被害甚大間違いなしです

一倉が声を立てて笑った。

「俺が悪かったよ」

自分を見つめる柔らかい視線は、こんな時卑怯だと思う。

いつもみたいにクールに笑ってくれれば、青島も気の済むまで腹を立てていられるのに。

ほだされてしまう自分が悔しい。

青島は視線を逸らすと、小さく深呼吸をした。

「・・・わかりましたよ」

「お、終戦か?」

嬉しそうな一倉の声に、青島はとうとう苦笑を漏らした。

「一応は、ね」

やっぱり顔を見ちゃうとダメだなぁと思う。

見ちゃうと怒りが持続しないのだ。

好きだと再確認するだけ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

仲直りは一応して、それはそれでいいのだが、気まずい空気に妙な沈黙がおりる。

「暇だな」

「暇っすね」

狭い密室で、しかも何も無いエレベーターの中。

こんな所に一時間もいても、することなど何もない。

「しりとりでもするか」

一倉のらしくない提案に青島は吹き出した。

「マジですか?」

「どうだろうな」

「何ですか、それは」

どちらの口からも失笑が漏れる。

「セックスでもするか?」

続く一倉の提案に、この男がどんな思考回路をしているのか、一度覗いてみたいものだと青島は

思う。

呆れ果てて、怒る気にもならない。

「どういう了見ですか、それは」

「時間の有効活用だな。一時間もあれば余裕だろ?」

「アホですか」

「もうちょっと言いようが無いのか?毎度のことだが、愛を疑うぞ」

「返事してるだけ、愛されてるんだと自信を持ってください」

「ありがとうよ。んで?どうだ?」

「やぁーですよー」

青島のいい加減極まりない返事に、一倉も「そりゃ、残念」と心にも無い台詞を言う。

一倉だって本当に今する気だったわけではないのだろう。

する気になったら「やるか?」などと聞かず、圧し掛かってくるのが一倉だ。

だから、青島も一倉の戯言を聞き流した。

一倉が本気だったら、一発くらい殴ってやるところである。

「ああ・・・煙草吸いたいなぁ・・・」

青島は思わずぼやいて、唇を軽く噛んだ。

ヘビースモーカーの青島にとって、一時間の禁煙は少しキツイ。

「吸えばいいだろう。お前のことだから、携帯用の灰皿持ってるんだろ?」

「そういう問題じゃないでしょ」

本庁のエレベーター内で喫煙などしたら、確実に怒られる。

一倉は少し考えて、青島の肩を抱いた。

条件反射で青島が身体を少し引くと、一倉がわざとらしく眉を顰める。

「お前な、仮にも恋人が肩を抱いてるんだから、もう少し嬉しそうな顔でもしたらどうだ」

「・・・あー嬉しい」

棒読みで言ったら、一倉は苦笑した。

そのまま顔を近づけてくるから、意図を悟って青島は目を閉じる。

唇に軽い温もり。

数回触れ合わせて、離れた。

目の前に、当然だが一倉の顔がある。

「・・・セックスだったら、しませんよ?」

一応釘を刺してみたら、笑い声が返って来た。

「分かってるよ。するつもりのキスか?今のが」

確かに一倉がその気になったら、触れるだけのキスで済むわけがない。

「まあ、暇つぶしだ」

「キスが?暇つぶし?」

「口寂しいのも、消えるだろ?」

囁いて、また顔が近づいてくる。

どうやら青島の「煙草が吸いたい」という一言で、「キスの暇つぶし」が生まれたらしい。

―これも、俺のためなのかね。

青島は思いながら、また素直に目を閉じた。

今度はゆっくりと、そして長く重ねられる。

唇で唇を優しく愛撫されると、心地よさに少し身じろいだ。

温もりが離れると、そっと目を開ける。

先程よりも近くにいる一倉が、ふっと微笑んだ。

「一時間も暇つぶししてたら、その気になっちまうな」

青島の頬が薄っすらと染まる。

「他の暇つぶし、探しませんか?」

「他はセックスくらいしか、浮かばないな」

「・・・アンタの頭ン中は、それしかないわけ」

身体をずらした一倉に、正面から抱きしめられる。

驚いて、青島は身体を強張らせた。

さすがにここで、これ以上その気になられては困る。

青島の抵抗に一倉は喉の奥で笑った。

「心配すんな。さすがにここではしないから」

「・・・なら、何してんですか」

「抱きしめるくらい、いいだろう」

青島の顔を覗きこむようにして、一倉が言った。

そして、青島の頭を引き寄せると、自分の肩に押し付ける。

そのまま抱きしめられて、髪を撫ぜられた。

何故だか知らないが、甘やかされているような気がするのは、気のせいだろうか。

ふっと訪れた沈黙に、青島は「もしかして」と思った。

「・・・一倉さん」

「んー?」

「もしかして、昨日のこと反省してる?」

聞くと、青島の髪を撫ぜていた一倉の手が止まる。

どうやら図星らしい。

もしかすると、一倉は一倉なりに、青島の機嫌を取ろうとしてくれていたのかもしれない。

すると青島に優しく触れてくるのは、一倉のせめてもの罪滅ぼしということか。

「あー・・・ま、多少は、な」

苦笑しながら気まずそうに言葉を発する一倉に、青島は表情を緩めた。

堪えきれずに笑みを零すと、一倉の首に腕を回す。

「・・・っ、青島?」

驚いている一倉の頬に、音を立ててキスをした。

「一倉さん」

「な、んだ?」

「抱きしめるだけ、ですからね」

そう言って、更に身体を密着させると、一倉の首筋を撫で上げた。

一倉が小さく反応を示したのを見て、思わずほくそえむ。

青島のささやかな嫌がらせである。

―どうせ、後で自分に跳ね返ってくる嫌がらせ、なんだけどさ。

それくらいは、青島自身にも予想が付く。

だけど、今は楽しいから止められそうもない。

一倉のようなふてぶてしい男でも、動揺した様は可愛く見えるから不思議である。

一瞬渋面になった一倉を見ながら、青島はそんなことを思っていた。

「・・・青島」

「なんすか?」

「キスはダメなのか?」

「触れるだけなら、いいっすよ」

答えて、青島は自分から一倉の唇を奪った。

「なんてね。本当は俺がしたいだけだけど」

はにかむように笑ったら、それを凝視していた一倉が深い溜息を吐いた。

そして苦笑する。

「降参。俺の負けだ」

そういうと青島を抱きしめなおす。

青島の頬に唇を押し付けて。

「エレベーター、降りたら覚悟しろよ」

そう言って笑った。



















END
(2005.4.9)


久しぶりに書いた一青です。
相変わらず一倉さんがバカですね(笑)
さすがの一倉さんもエレベーターの中ではいたしません。
匂いが篭るからバレバレですからね(そういう問題じゃない)

そういえば、一青で馴れ初め話を書いたことが無いですね。
馴れ初め話大好きなので、そのうち書きたいなぁと思います。