■ wedding march‐2(9)


慣れたアラーム音で目を覚ました青島は、煩わしそうに眉をひそめつつ、寝返りを打って枕にしがみついた。
煩わしいならアラームを止めればいいのだが、青島が止めなくたってどうせすぐに止む。
案の定、何もしなくてもアラームは止み、後頭部に軽い衝撃を感じた。
むくりと顔をあげれば、室井が見下ろしていた。
「おはよう」
「…っす」
挨拶なのかどうか判断がつかないような返事をし、青島は再び枕に顔を埋めた。
「こら、起きろ」
「折角の休みですよ、もうちょっと寝てましょうよ…」
「もう10時だぞ」
「…え?そうなの?」
間の抜けた顔を上げた青島に、室井は苦笑していた。
「夕べ遅かったからな、アラームも遅くしてあったんだ」
室井の手が青島の前髪を梳いた。
むき出しになった額に唇が触れる。
「おめでとう」
ようやく目が覚めた青島は、笑いながら寝返りを打ち室井の首に腕を回した。
夕べ日付が変わってすぐにも言ってくれたが、何度言われても嬉しいものは嬉しい。
「ありがとうございます」
「こっちこそ、ありがとう」
「なにがですか?」
「なんでもだ」
誤魔化すようにキスをする室井は照れているようだった。
少し考えて、生まれてきてということだろうかと思い、だとしたら気障だったかと室井が照れて言葉を濁したのも頷ける。
青島はそれ以上追求することなく、感謝の意味を込めてキスを返した。
「折角だから、どこかに出かけるか?」
今日は青島の誕生日であり、二人とも揃って非番だった。
同じ日に、それも青島の誕生日に休暇が取れたのは幸運だった。
夕べは仕事帰りに待ち合わせて、珍しくもフレンチレストランで食事をし、普段よりも良い酒を飲ませてもらって、夜中にほろ酔いで帰宅し、それからはずっとベッドで過ごしていた。
嬉しくて楽しくて気持ち良くて幸せな夜だった。
朝起きても隣にいるのが室井で、嬉しいことに今日は一日中室井と一緒にいられる。
一緒に暮らしているのにそんなことが嬉しいのは、日頃すれ違うことが多いからだ。
そのことに不満はない。
事件が多すぎるとか人使いが荒いとか、自分の仕事に対して文句がないわけではないが、やる気もやり甲斐も感じている。
何があっても諦めず、信念をもって自分のやり方で出世を目指す室井のことも誇らしく思っている。
おかげで、互いに忙しくてどんなにすれ違ったとしても、多少の寂しさは飲み込めたし、納得できた。
だからこそ、心置きなく二人きりでいられる時間が愛しかった。
「今日は引きこもりませんか」
「俺は構わないが、いいのか?折角の休暇なのに」
非番が合えば、いつもどこかに行きたがるのは青島の方だった。
誕生日という特別な日に出かけたがらない青島に、室井は不思議そうだった。
「昨日デートしてもらったし、今日はゆっくりでもいいかな」
青島は悪戯っぽく笑った。
「誰かさんが頑張ってくれちゃうもんだから、疲れも残ってますしね」
室井は嫌そうな顔をした。
「それはお互い様だろ」
「あ、俺のせい?」
「半分はな」
室井がいつになく情熱的だったことは間違いないが、そんな室井に煽られて青島も随分と求めた気がする。
どっちもどっちかと思えば、笑うしかない。
「ははっ、ちょっと張り切り過ぎましたかね」
室井の手がするりと青島の腰を撫ぜた。
「痛むか?」
お互い様だと言うわりに気遣わしい眼差しをくれるのは、青島の古傷を気にするからだ。
「若干ね、でも平気ですよ」
「そうか」
頷きつつも撫で続けてくれる手が嬉しい。
青島は笑いながら、室井に身を寄せ囁いた。
「その何倍も良かったから、気にしないでください」
「…そうか」
室井が顔を寄せてくるから、青島は目を閉じた。
触れるだけのキスだが、何度も繰り返される。
腰を撫でているはずの手が、愛しげに身体に這わされ、青島は唇を重ねたままくすぐったくて笑った。
「ちょっと室井さん」
「なんだ」
「もう無理、やりませんよ」
「分かってる」
「なら、何その手は」
「触るくらいいいだろ」
「俺は高いですよ」
「ツケといてくれ」
馬鹿な戯言に珍しく戯言が返ってきて、青島は笑いながら室井の背中を抱いた。
室井の唇は相変わらず触れるだけのキスを止めない。
くっついたままゴロゴロして、うっかり二度寝をすることになった。


シャワーを浴びて遅い昼食を取ると、青島はリビングの窓際に腰を下ろした。
寒いので薄くだけ窓を開き、煙草の煙を逃す。
室井と一緒に暮らしても、ヘビースモーカーな青島だから煙草の本数は中々減らせないが、出世のために煙草を止めたという室井に遠慮し、なるべく空気清浄器や換気扇の近くで吸うように心掛けていた。
あまり気を遣うなと言う室井に甘えてしまう時もあるが、室井の生活リズムも守らなければならない。
青島一人で暮らしているわけではないのだから。
「青島」
窓の外を見ていた青島は、呼ばれて顔を室井に向けた。
室井がマグカップを差し出してくれていたから、有り難く受け取った。
室井はソファに腰を下ろし、テレビを見て苦笑した。
「休みにまで、事件か」
青島は録り溜めてあった刑事ドラマを見ていた。
「面白いんだってば、このドラマ」
「毎日、体験してるだろ」
「現実とドラマじゃ全然違います」
「ドラマの方が面白いのか?」
青島は少し考えて首を振った。
「そうじゃなくて、フィクションの面白さですよ」
「分からなくはないが…捜査に四苦八苦している姿を見ると、苦いものが込み上げてくるな」
テレビを見ながら室井が僅かに顔をしかめるから、青島は笑ってしまった。
青島がたまたまハマった刑事ドラマを見るのは、現実逃避に近い。
日本の警察では有り得ない方法で、有り得ない事件が解決されたりするのだ。
現実を知るものとしてそんな馬鹿なと思いつつも、分かりやすく正義が勝つドラマは見ていて爽快だった。
ただ、生真面目な室井には、現実に抱えている事件やままならない捜査が思い出されて、居た堪れないようだった。
「嫌なら消しましょうか?後で一人で見ますよ」
今日は、ドラマより室井を優先したかった。
室井が嫌ならドラマを後回しにするだけだ。
室井は構わないと首を横に振った。
「君が好きなら、見てみよう」
室井を見やれば、室井は真剣な眼差しをテレビに向けていた。
室井は室井で、今日は自分の好みよりも青島を優先してくれるつもりらしい。
この歳になればあまりこだわりもない誕生日。
だが、やっぱりこの日は少し特別なようだ。
青島は室井の気持ちを有り難く受け止めた。
「正義を信じる人の話です、見るとなんか元気になりますよ」
室井はちらりと青島を見て、そうかと頷きまたテレビを見た。
多少なりとも楽しんでくれたらいいなと思う。
青島は灰皿に煙草を捨て、窓を閉めようとして手を止めた。
電線に二羽のカラスが停まっているのが見える。
見るとはなしに眺めていると、片方のカラスが嘴を擦りつければ、もう片方のカラスが身をよせ寄り添ったりと、非常に仲睦まじい。
番だろうかと微笑ましく眺めたが、カラスの恋の季節ではないかもしれない。
なんにせよ、寄り添う相手がいることは幸せなことだ。
自分を鑑みながらそんなことを考えていると、室井が青島を呼んだ。
青島は揃って飛び立つカラスを眺めていた。
「なんですか?」
少し間が空き、静かな室井の声がする。
「そろそろどうだろうか」
カラスが見えなくなってから、室井を振り返る。
「何がですか?」
「一緒にならないか」
青島は目を見開いた。
今更驚くべきことではなかった。
この日が来ることは、室井に告白された日から決まっていたこと。
心や環境が変わらずその時が来ればいいなと願っていたその瞬間が、日常の思わぬ瞬間に訪れただけだった。
それでも目を丸くして驚いている青島を、室井は真剣な顔で見つめていた。
「結婚しよう」
青島の返事などとうに決まっている。
「よろこんで」
素直に喜びを露にし破顔した青島に、室井の表情も少し緩んだ。
青島の答えなど分かりきっていたはずなのに、多少なりとも緊張していたのかもしれない。
青島は腰を上げると、室井の隣に座り直して手を伸ばした。
その手を室井が握ってくれた。
「驚かせたか?」
目を丸くしていた青島を思ってか、室井が苦笑した。
「そりゃあ、まあ…いつかはとは思ってましたけどね、急にだったから」
「夕べからいつ言おうか考えてた」
「あ、そうだったんですか」
テレビを見ながらという極日常の中でのプロポーズだったが、良く考えたら青島の誕生日だ。
室井にしてはロマンチックだったかもしれない。
「でも、それなら何で今?」
夕べはわざわざ高級なレストランを予約してくれていたから、プロポーズにはお誂え向きだったように思う。
タイミングを図っていたのだろうが、夕べからずっと一緒にいたのにどうして今のタイミングだったのか気になった。
青島の疑問に、室井は真顔で答えた。
「今がずっと続けば良いと思ったら、自然と口から出てたんだ」
室井自身、意図したタイミングではなかったのかもしれない。
生涯一緒にいたいと心から思った瞬間が、今だっただけのことだ。
青島は握った室井の手を弄び、照れ笑いを浮かべた。
「室井さん、今幸せ?」
「当たり前だろ、願いが一つ叶った」
「俺もです」
室井が強く手を握り返してくる。
これからは室井のどんな願いが成就する時も、一緒に重ねて行けたらいいなと思う。
そして、自分の喜びの瞬間には、隣に室井にいてもらいたい。
青島は大きく笑った。
「幸せになろうね、室井さん」
返事の代わりに返ってきた笑みに、不覚にも目の奥が熱くなる。
青島は誤魔化すように顔を寄せ、室井の唇を奪った。


もうじき二人は家族になる。
ここからが、スタート。










END

2013.3.31

あとがき


そう、ここからがスタート!
の、はずですが、ここまでで燃え尽きた感があります(笑)
一旦、ここで終了でございます。
もちろん、まだ続きを書くつもりでおりますが!
当初の目的で言えば、ここまでが半分なのです。
残りの半分は、結婚後の二人。
少し間が空くかと思いますが、またお付き合い頂けたら幸いです!

山も谷もなく延々といちゃいちゃしている二人を書いてしまいました。
最後までお付き合いくださって、ありがとうございました!


カラスのくだりは、私が実際に見たカラスでした。
可愛かったのです。


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