■ (青島視点)4.クリスマスイブ


食堂に青島を含めた8人の住人が全員集まっていた。
クリスマスイブにこの集まりの良さはどうなのかとは思うが、青島は湾岸荘のこういうノリの良さが好きだった。
仲の良さに反して、日頃は意外なほど互いに干渉しない住人同士だが、お祭り騒ぎは大好きな人たちだった。
「えーと、皆、グラス持った?」
青島は立ち上がってシャンパンの入ったグラスを掲げた。
二人かげのソファにすみれと雪乃、向かい合わせのソファに和久と魚住が座り、残りの男はダイニングテーブルから椅子を引っ張って来て適当に並べて座っていた。
一同を軽く見渡し、青島は草壁にグラスを向けた。
「草壁さんからの差し入れのシャンパンです、皆さんありがたく頂きましょう」
方々から草壁に礼が飛び、草壁は怖い顔に口元だけ歪めて見せた。
笑って応えてくれたらしい。
乾杯のシャンパンは海外出張の土産にと草壁が買って来てくれたものだった。
全員で分けたら少しずつになったが、クリスマスに合わせたお土産は草壁らしくない気の利き方だった。
「それじゃあ、ええと」
えへんと一つ咳払いして、青島が音頭を取る。
「今年もお疲れ様でした、来年もよろしくお願いします」
「青島さん、それ忘年会の挨拶」
「あ、そうね」
真下の突っ込みに苦笑いして、青島は改めてグラスを掲げた。
「メリークリスマス!」
大小様々な声音で復唱され、適当にグラスがぶつかりあい、クリスマスパーティが始まった。
とはいえ、始まってしまえば、いつもの宴会と大差ない。
違うことは、クリスマスケーキがテーブルの中央に居座っていることくらいだった。
「お孫さんにプレゼント持って行かなくていいんですか?」
傍にいた和久に聞いたら、和久はどこか嬉しげに苦笑した。
「明日はパーティやるから泊まりに来いとよ」
「招待状貰ったんですって、お孫さんに」
雪乃にふられて、和久は益々表情を崩した。
孫が可愛くて仕方がないらしい。
こういう和久を見ていたら、結婚とは良いものなんだろうなと思った。
無意識に視線が室井に流れた。
室井はすみれからワインボトルを受け取り、コルクを抜いていた。
開けてくれと頼まれたのかもしれない。
こう見たら、意外とこの二人なら似合わないこともない気がした。
どうせならすみれさんと結婚すればいいのに。
そしたら、もうしばらくは湾岸荘にいてくれるかもしれない。
そんな馬鹿なことを考えて、青島は自嘲し視線を落とした。
仮にそうなったとしたら、なったらなったで辛いに決まっている。
「青島君、食べないのかい?」
いつの間にか目の前には魚住が差し出してくれたフライドチキンがあった。
慌てて皿を受け取る。
「食べる、食べる、食べますよ」
「そんなに慌てなくても取らないよ」
魚住に呆れられながら、青島はフライドチキンに齧り付いた。
既にいくつかのフライドチキンを胃に収めているすみれが呟いた。
「来年はターキーが食べたいわね」
「そんなもん誰が作るの、すみれさん」
「室井さんは?料理上手だし」
きりたんぽ鍋をご馳走になったことのあるすみれが図々しく言うから、室井は眉を寄せた。
「ターキーなんか作り方が分からないぞ」
「あ、ネットで調べておきますよ」
真下がいらない助け船を出す。
作り方を調べられるなら誰でも作れるのではないかと思われたが、渋面な室井が面白いのか自分にふられたら困るからか、適任だと皆で室井に押し付けていた。
青島もその輪に加わったが、青島はただ単に来年も室井がこの場にいればいいなと思っていただけだった。

予想外に全員が参加してくれたせいか用意していたつまみが途中で足りなくなり、青島は中座して台所に立った。
冷蔵庫からつまみになりそうなものを探して、簡単に支度をする。
「手伝いましょうか?」
雪乃が声をかけてくれた。
ちらりと真下を見れば、真下は何やら草壁に絡んでいた。
真下はあまり酒に強くない。
酒豪の草壁につられて飲み過ぎて、かなり酔っ払っているようだった。
和久と室井は何故かクリスマスパーティだというのに将棋を指し、すみれは年明けに仙台に出張するらしい魚住に希望のお土産について延々と語って聞かせていた。
青島は雪乃に視線を戻し、苦笑した。
「ありがと、じゃあチーズ切ってくれる?」
「はい」
雪乃と並んで台所に立ち手を動かしながら、青島は聞いてみたかったことを聞いてみた。
「真下と二人で過ごさなくて良かったの?雪乃さん」
雪乃は肩を竦めた。
「真下さんがパークハイアットに部屋取ったって誘うんですもん」
青島は目を丸くして雪乃を見たら、雪乃は少し恥ずかしそうに目を伏せ、拗ねたように呟く。
「まだちゃんと付き合ってもないのに…」
確かにホテルに誘うなら、先に想いを告げて、相手の好意が自分にあるのかを確かめるのが先決だろう。
真下は賢いはずだし法律家だけあって弁も立つはずだが、時々突拍子もない行動に出る。
雪乃との関係に焦って先走ったのだろうと予想がつき、青島は苦笑した。
「そりゃあ、やり過ぎだね」
「ですよね、お一人でどうぞって言ったら泣きそうな顔してました」
「あははは」
青島は笑ってから、一応フォローしておいた。
「いきなりホテルは頂けないけど、あれで雪乃さんのことは真剣だと思うよ」
雪乃はチーズを切る手を止めて、曖昧に笑った。
「明日は、一緒に映画に行く約束をしました」
どうやら青島が口を出すまでもなく、雪乃は真下とのことをちゃんと考えているらしい。
青島は破顔した。
「そっか」
「二日酔いじゃないといいんだけど」
「危ないね、そろそろ止めさせようか」
青島は雪乃を促して、つまみの皿を手に席に戻った。
酔っ払って座った眼差しを青島に向け、「僕の雪乃さん返してください!」と絡んでくる真下を適当にあしらいながらウーロン茶のグラスを渡した。
誰がお前のものだと皆に突っ込まれる真下を笑いながら、青島は少しだけ真下が羨ましかった。
ここから連れて行かないでくださいとは、青島には絶対に言えなかった。

夜が更けて宴会が終わり、後片付けも済んで住人たちが自室に戻った後も、青島は食堂に残った。
飲み足りなかったのだ。
部屋で飲めばいいのだが、一人で部屋で飲むと寂しさが増す気がした。
あれだけ飲んで騒いだ宴会なのに、終わってみれば青島は無性に寂しい気持ちになっていた。
宴会の最中もずっと寂しかったのかもしれない。
皆がいたから気持ちの沈んだ自分を隠し、必死に騒いで誤魔化していただけだ。
空元気でも、元気は元気。
宴会の最中は楽しくやっていたつもりだが、一人になってみればやっぱり心は沈んだままだった。
ボトルに残っていたワインを飲み干し、それでも飲み足りなくて、新たなワインのコルクを抜いた。
この感じだと明日は二日酔いになるだろうなと思った。
飲んでいるわりに頭は冷めていて、冷静だった。
だが、酒を止める気にはならなかった。
二日酔いになっても構わないと思っているから、ワインが進んだ。
「まだ飲んでいるのか」
不意に室井の声がした。
驚いて顔を向けると、室井が食堂の入り口に立っていた。
「室井さん…」
どうしてと青島の顔に書いてあったのか、室井は食堂に入ってくると視線を巡らせ、ソファの上に置いてあった携帯電話を拾いあげた。
「忘れ物だ」
「ああ…すいません、全然気がつかなかった」
「なんで君が謝る?君のせいじゃないだろ」
ふっと笑った室井につられて青島も小さく笑った。
「それもそうっすね」
目的は済んだのだろうが室井は出て行かず、少し躊躇ってから「俺も貰っていいか」と呟いた。
青島が飲んでいるワインのことだ。
室井と二人で飲むのかと思えば嬉しいような不安なような、落ち着かない気持ちだった。
だが、深く考えたくはなくて、笑みを作って頷いた。
「どうぞどうぞ」
室井は台所からグラスを一つ持って来ると、青島と向かい合わせになるようにソファに腰を下ろした。
室井のグラスにワインを注いでやると、室井は青島の手からボトルを取り上げ、ちらりと青島の顔を窺い見た。
「大丈夫か?」
まだ飲んで大丈夫なのかと問われていた。
「まだ大丈夫です、もう少し飲みたくて」
青島が陽気に笑うと、室井は頷いてワインを注ぎ足してくれた。
「室井さんも飲み足りなかったんですか?」
「…そうだな」
グラスを傾けながら、室井は曖昧に頷いた。
自分のことに精一杯な青島には、一人深酒をする青島を心配して室井がこの場に残ったことを、想像してみるだけの精神的余裕はまるで無かった。
「そういう時ってありますよね」
「そうだな」
「盛り上がって楽しかった分、まだ引き上げたくないっていうかね。あ、なんか食います?」
「いや、もう腹いっぱいだ」
「室井さん、ちゃんと食ってました?すみれさんにみんな食われたんじゃないの?」
「大丈夫だ、ぼんやりしていたら柏木君が取り分けてくれた」
「さすが、雪乃さん」
自分の口に忙しかったであろうすみれを思い浮かべて、青島は笑った。
室井は酒を飲む時にはあまり食べない人だったが、雪乃に取り分けて貰った分はちゃんと食べたようだ。
「明日デートだと、真下君が浮かれていたが」
室井に酔っ払った真下が、雪乃との明日のデートを自慢げに語ったらしい。
青島は苦笑した。
「雪乃さん、ホテルに誘われたから断ったって言ってましたよ」
「それは…そうだろうな」
未だ交際に至っていない二人を知るだけに、室井も呆れた顔をした。
「でもデートはちゃんとしてくれるみたいだから、あれで上手くいってるんでしょうね」
「随分焦れったいことをしているようにも見えるがな」
「真下ははっきりさせるのが怖いんじゃないですかね」
告白して、関係をはっきりさせることを躊躇っているように見えた。
イエスかノーかをはっきりさせることが怖いのは当然だろうが、あそこまで気持ちがタダ漏れなのに煮え切らない真下に、雪乃が躊躇う気持ちが分からなくは無かった。
真下のアプローチに対してそれなりに応じてくれている雪乃を見る限りでは満更ではなさそうだが、彼女からも踏み込んだ関係になろうとはしていない。
真下が頼りないせいか、もう少し今の曖昧な関係でいたいのかもしれない。
「中々似合っているように、見えるのだがな」
室井は小さく呟き、グラスを傾けていた。
「結婚でもしたら、二人いっぺんに出て行っちゃいそうで寂しいですけどね」
「それもそうだな」
それは単に青島の都合による感想だったが、室井は頷いてどこかしんみり呟いた。
「誰かが欠けるのは、寂しいものだな」
それは室井が湾岸荘に慣れ親しんでくれている証であり嬉しい言葉だったはずだが、それと同時にアンタがそれを言うのかとも思った。
欠けるのは、出て行くのは、室井さんじゃないか。
そう思う。
だから、人が欠けた湾岸荘が寂しくなるのではないかと、気にしてくれているのだろうか。そんなことは全く嬉しくなかった。
室井は生涯ずっと湾岸荘にいてくれるわけではない。
そんなことは分かっているが、こんなに早くいなくなってしまうなんて考えていなかった。
湾岸荘が好きだと言ったくせに、恋人が出来たら出て行ってしまうのか。
酷い人だと胸中で室井を責めて、責めている自分に嫌気が差した。
青島に室井を責める権利など一つもない。
自分の望む場所で望んだ人と生きる。
全て、室井の自由だった。
「青島?どうかしたのか?」
グラスを見つめたままぼんやりしていた青島に、室井は眉をひそめた。
「やはり何かあったのか?」
心配してくれている室井の言葉が、急激に酔いの回った青島にはちゃんと届かない。
さっきまでは冷静でいたつもりだったのに、室井と話しているうちに気持ちがどんどん高ぶり荒んでくる。
アルコールのせいで理性が緩んでいるのも確かだが、青島を高ぶらせているのは室井の存在に他ならなかった。
何かあったのは室井の方ではないか。
転居先まで探しているのだから、恋人と暮らすから引っ越すつもりだと、もうそろそろ打ち明けてくれてもいいではないか。
八つ当たり気味にそう思った。
青島はいつ打ち明けられるのかと、びくびくしながら待つのが嫌だった。
「青島、大丈夫か?顔色悪いぞ」
飲み過ぎたかと眉をひそめる室井に、青島は笑みを作った。
室井が益々眉を寄せたから、あまり上手くは笑えていないようだった。
「室井さん、いつ引っ越すんですか」
我慢できずに自ら尋ねると、室井は怪訝そうな顔をした。
「引っ越し…?」
「見ましたよ、駅前の不動産屋に入るとこ」
青島は上手く作れない笑みを貼り付けたままだった。
室井は少しの間怪訝そうな顔をしていたが、思い出したように「あれか」と呟いた。
当たり前だが、やっぱり見間違いでは無かったんだなと思って、青島はまた少し悲しくなった。
何かを言おうと口を開いた室井を遮るように、青島はべらべらと喋った。
「引っ越し考えてたんなら、早く言ってくれれば良かったのに。水臭いですよ。あ、言い辛かったですか?気にしなくていいんですよ、彼女と暮らすんでしょ?それなら仕方ないですよ」
室井が目を剥いた。
室井の口から事実を知りたくて切り出したのに、何も語って欲しくなくて、青島は喋り続けた。
「可愛い子でしたね、いつの間に恋人作ったんですか?すっかり騙されましたよ。一度くらい湾岸荘に連れてくれば良かったのに。ああ、やっぱりデートには向きませんかね?ムードはないけど風情ならちょっとはあると思うんですけど」
「青島っ」
ラジオかと言うくらい延々と一人で喋っていた青島だが、室井の大きな声でようやく止まった。
そして、表情から笑みが消えた。
「室井さん、いつ出て行っちゃうんですか?」
酷く寂しげな声になってしまったが、青島はもう隠さなかった。
室井がいなくなることが、寂しくて寂しくて堪らなかった。
酔いも手伝い、それを我慢して隠しておけなくなっていた。
室井はまた目を剥いて青島を見つめたが、青島がじっと見つめ返していると我に返ったように口を開いた。
「誤解だ、青島。俺はここを出る気はないぞ」
今度は青島が目を剥いた。
そうであればどんなに嬉しいか分からないが、室井が引っ越さないのであれば青島が見かけた光景の意味はなんだったのか。
「あの日は、教え子に頼まれて不動産屋に付き合っただけだ」
室井が青島の疑問に答えてくれた。
「…あの子、教え子なんですか」
「ああ、地方から出て来ていて、大学から遠いアパートに住んでいるらしいんだが、もう少し近くに引っ越したかったそうなんだ」
「それで室井さんが家探し手伝ってたんですか?」
「土地鑑もないし、若い女の子だ、一人で不安だったんだろう」
どのアパートがいいのか分からず、身近な大人である室井に助けを求めたということだった。
「彼女と暮らすんじゃないんですか?」
惚けた青島の問いに、室井は眉間に皺を寄せた。
「教え子だぞ、そんなわけないだろう」
「室井さん、ここを出て行かない…?」
「追い出されない限りは」
思いの他力強い返事に、青島はそれが事実なのだと理解した。
理解したら、一気に力が抜けた。
何のことはない、全て青島の勘違いだったのだ。
あの子は恋人ではなかった。
あの子と暮らすための部屋を探していたわけではなかった。
室井は湾岸荘を出て行くわけではなかった。
「なんだ、そっか…」
心からの安堵と喜びで、顔が綻んだ。
その青島を室井が見つめていた。
ふっと視線がぶつかり、青島は今更ながら焦った。
変なことは口走らなかっただろうか、引き止めるように縋ったりはしなかっただろうかと考えて、思い返してみるが自信がない。
酒の力と勘違いで半ば自棄になっていた青島は、今になって気持ちが室井にバレては困ると内心で酷く慌てた。
室井がここを出て行くのなら、例え嫌われて二度と会えなくなっても構わないという投げやりな気持ちが若干なりともあったが、どこにも行かないのであれば室井に嫌われるのは困る。
すこぶる困る。
今度こそ本当に転居を考えるかもしれない。
男同士だ、口で伝えない好意が伝わるはずがない、そう思いながらも、青島は笑って誤魔化す手段を取った。
他に出来ることがなかったとも言える。
「あははは、すいません、俺、変な勘違いしちゃって。折角仲良くなれたのに室井さんがもう引っ越しちゃうのかと思ったらなんか寂しくて」
恥ずかしいなと笑って誤魔化した。
仲良くなった住人がいなくなることが寂しい、これは不自然な言い訳ではないはずだった。
「ああ、そうか…」
案の定、室井は納得したように頷き、そして小さく笑った。
「居心地良くて気に入っていると言ったろ」
柔らかな笑みや声に、胸が疼く。
久しぶりに感じる甘い痛み。
ああ俺本当にこの人が好きなんだ、と実感した。
実感した途端、顔が熱くなった。
好きで好きで堪らないと心が訴えてくるが、まさかそうと告げるわけにもいかない。
幸いなことに、これからも室井の傍にいられる。
ということは、気持ちがバレないように、気をつけなければならないということだ。
知られたら、本当に出て行ってしまうかもしれない。
「青島」
名を呼ばれて、青島はついビクリと震えた。
大袈裟な青島の反応に、室井が戸惑った顔をした。
「青島?」
「あ、あー、すいません、飲み過ぎかな、急に眠気が」
言いながら、誤魔化すようにグラスに手を伸ばしたが、目測を誤って掴み損ねた。
グラスが倒れ、赤ワインがテーブルや床に滴った。
「あああ…」
慌ててテーブルの上のティッシュの箱に手を伸ばしたが、今度は脛をテーブルの足に殴打して悶絶する。
「青島、動くな、落ち着け」
二次災害三次災害を恐れて慌てた室井がそう言い置き、青島が届かなかったティッシュを取り上げて、テーブルや床を片付けてくれた。
「あたたた…す、すいません…」
「気にしないでいい」
テーブルを拭きながら、室井は涙目の青島をちらりと見た。
「大丈夫か?」
「なんとか…」
「もう今日は止めた方がいいな」
青島の動揺を酔いのせいと判断してくれたらしい室井が、グラスを片付けて後始末をしてくれた。
「すいません、ありがとうございました」
電気を落とし、一緒に食堂を出た室井に礼を言うと、室井は首を振った。
「いや…青島」
「はい」
青島の部屋の前で、二人揃って足を止めた。
室井が少し躊躇ってから、口を開いた。
「ここのところ元気が無かったのは、俺のせいだったのか?」
静かに問われて、顔に血が上った。
俺のことが好きなのかと問われた気になった。
室井にそんなつもりはないのだろうが、室井に惚れているせいか青島にはそう感じられた。
真っ赤な顔でそうではないと答えても、意味はない気がした。
告白をするわけではない。
ここで素直になっても、気持ちが伝わることはないだろう。
男同士なのだから、まさか青島に惚れられているとは考えまい。
青島は曖昧に笑った。
「そう、なりますかね」
「そ、そうか…」
照れたのか室井の頬が強張った。
「室井さんいなくなるの、嫌だなと思って」
素直に言ってみたら、益々頭に血が上った。
気まずさに視線を落とし、失敗したかと思ったが、室井からは何も言葉がなかった。
ちらりと表情を盗み見ると、何故だか室井も怖い顔で赤面していた。
なんだろうこの空気は。
青島は戸惑ったが、戸惑っているのは青島だけではないようだった。
珍しいことに室井の視線が泳ぎ、目が合わない。
彼が動揺していることが伝わったが、もちろんその意味を考える余裕は今の青島にあるわけがなかった。
「す、すまなかった、その、心配をかけた、ようだ」
室井がつっかえながら言った。
「い、いえいえ、こっちこそ、勝手に勘違いしまして」
「…心配事は、無くなったか」
「おかげさまで…」
気恥ずかしさに負けて、青島は再び視線を落とした。
何かがおかしかったが、何がおかしいのかはっきりしなかった。
困惑しながら自分の足下を眺めていると、頭に何かが触れた。
「ここにいるから」
ぽんぽんと頭の上で弾んだ手が、そっと離れて行った。
「おやすみ」
床板の軋む音に顔をあげると、室井が階段に向かうところだった。
ずっといてください。
口から出そうになった言葉を一度飲み込んでから、もう一度口を開いた。
「おやすみなさい、室井さん」
振り返る室井にぎこちなく微笑んで見せると、室井からも微かな笑みが返ってきた。
室井が階上に消えると、青島は自室に引っ込んだ。

変に胸が騒がしく落ち着かないが、それを深呼吸でとりあえず押さえ込むと、布団を敷こうと押し入れを開き枕を引っ張り出した。
その枕を抱えて、顔を埋める。
ギュッと枕に押し付けた顔がどうしようもなく笑っていた。
室井はどこにもいかない。
それが嬉しくて堪らなかった。










END

2013.7.3


ドギマギする二人(笑)
後もう少しな感じ!多分!

当て馬にしてごめんよ、久美子ちゃん…!


template : A Moveable Feast