■ ヴァンプ小話(23)


目を開けた青島は、上から覗き込んでいる室井を見上げて、驚いた。
「な、なに、なんですか?」
室井に揺り起こされたのである。
一気に覚醒し、少し心臓がドキドキしている。
室井は険しい顔で青島を見下ろしていた。
「室井さん?」
怪訝そうに尋ねると、室井はふっと無表情になった。
「…なんでもない」
言うと身体を離し、青島に背を向けて横になった。
青島は片眉をつりあげる。
―なんじゃそりゃ。
そう思いながら、半身を起こした。
起こしてみて、ふと気付く。
背中に嫌な汗を掻いていた。
額に触れればそこもしっとりと濡れていたし、妙な喉の渇きは寝起きのせいばかりではなかった。
―うなされてたのか。
濡れた手の甲を眺めながら、今更ながらに気付く。
何も覚えていなかったが、胸に嫌な濁りが残っている。
あまり良くない夢を見ていたようだ。
夢の内容は特に気にならないし、思い出す必要もない。
少しの不快感も、どうせすぐに消えてなくなる。
青島にはどうでもいいことだった。
だが、室井にはどうでも良くなかったのだろう。
うなされている青島を不憫に思ってか、起こしてくれたのだ。
青島は室井の背中を眺めた。
起こすだけ起こして、何も言わない。
無器用な優しさが透けて見えて、思わず微笑む。
その背にそっと触れると、本当に微かだけど室井が反応を返した。
甘えたいのか労りたいのか分からない手付きで背中をなぜる。
室井が息を吐く音が聞こえた。
「寝ないのか」
「起こしておいて、言う台詞?」
からかうように言うと、室井がもう一度息を吐いた。
今度は溜め息だろう。
「…まだ早い、寝ろ」
「はーい」
適当に返事をしつつ、室井の背中に触れるのは止めない。
意味など無かった。
なんとなく、手が伸びただけ。
やっぱり少し甘えているのかもしれないと思い、青島は苦笑した。
不意に室井が身じろぐ。
くるりと身体の向きを変えると、腕が伸びてきて抱き寄せられた。
青島は抵抗することもなく、その腕に納まった。
室井の匂いが近くなり、心地好さに目を閉じる。
少しの沈黙の後、室井が呟いた。
「辛いのか?」
室井にそんなことを聞かれたのは初めてだった。
青島が目を開けると、室井は無表情に青島を見つめていた。
「別に」
意地を張るわけでも誤魔化すわけでもなく、気軽に言って室井の背中を抱いた。
「夢の内容なら、もう忘れたし」
「…そうか」
室井はそれ以上、何も聞かないし言わない。
それならいいと言わんばかりの態度を、冷たいとは思わなかった。
―お前が辛くないのなら、それでいい。
そう言われているのだと思えば、随分愛されたものだとさえ思う。
青島は小さく笑うと、室井の頬に手を伸ばした。
冷たい感触にもすっかり慣れて、当たり前の温度と感じるようになっていた。
顔を引き寄せようと手に力をいれるが、いれるまでもなく室井の顔が近付いてくるから、青島は笑みを浮かべたまま目を閉じた。
軽く唇が重なる。
何度かついばむように触れ合わせたが、次第に深くなっていく。
差し出された舌を招きいれ、自らの舌を絡めた。
室井の唇はひんやりしているが、口内はいくらか熱を感じる。
その温度差も気持ちがいい。
青島も室井の口内を愛撫しているうちに、どちらのものともつかない唾液が青島の口の端から溢れた。
いつの間にか、室井を見上げる形になっていた。
唇が離れると、室井が指先で青島の顎を拭ってくれる。
青島は少しぼんやりとその様を眺めていたが、やがて悪戯っぽく笑った。
「寝ないんですか?」
室井は一瞬眉を寄せたが、しれっとした顔で言った。
「…このままで寝られるのか?」
室井の手が布越しに、青島の下肢に触れた。
「っ」
ビクリと素直な反応を返してしまう。
室井とのキスで、少し熱くなった身体。
触れられれば、青島の体がどうなっているかなど、室井に伝わらないわけもない。
多少の照れがなくはないが、今更である。
青島は室井の首に腕を回した。
「起こしたのは、アンタですよ?」
責任取ってくださいね、と唇をかすめとると、室井は苦笑気味に笑った。

時折唇を合わせながら、室井の手が青島に触れる。
シャツを胸までたくしあげられ、視線がぶつかった。
青島が躊躇いもなく万歳をすると、室井は苦笑しながら腕を引き抜いてくれた。
自分で脱いだ方が早いが、今日は室井にしてもらいたかった。
深い意味はない。
室井にいっぱい構われたかっただけである。
下の履物も青島が少し腰を浮かせただけで、後は室井が脱がせてくれた。
青島が全裸になると、室井がじっと見下ろしてくる。
どこと言わずに見られている気になったが、実際は室井の視線は青島の顔の上からほとんど動かなかった。
ベッドサイドの小さなランプの明かりが反射して、普段は感情に乏しい眼差しが揺れて見える。
その眼差しに仄かな熱を感じたのは、ランプのせいばかりではない。
「室井さん」
名を呼ぶと、思ったより声がかすれていた。
興奮しているのか期待しているのか。
なんにせよ、室井を欲していることだけは間違いなかった。
それはきっと室井にも伝わった。
名を呼んだだけで、室井の眼差しに明確な熱がこもる。
青島は室井を見上げて小さく笑った。
「見てるだけ?」
「まさか」
言葉と同時に唇を塞がれた。
すぐに舌がさしこまれ、口内を愛撫してくる。
「ん…ふっ…」
青島は小さな吐息を漏らしながら、腕を回した室井の背中に小さな不満を覚える。
「ん…室井さん、ちょっと…」
首筋に吸い付いていた室井が、顔を上げた。
目で何かと尋ねてくる。
青島は室井の服の袖を引き、強請った。
「脱いでよ、室井さんも」
自分だけ裸で恥ずかしかったわけではなく、室井の素肌に触れられないのが嫌だっただけだ。
抱き合うなら、ちゃんと肌を合わせたい。
青島の気持ちが通じたのか、室井は一度身を起こすと、シャツのボタンを外し始めた。
意識してはいないのだろうが、素直に脱ぐわりに、眉間に少し皺が寄っている。
室井は全裸で抱き合う時、自身の冷たい身体を嫌う。
それに青島が気付いたのは想いを通わせてからだが、今になって思えばそれ以前からそういう傾向はあった。
いつからか、室井はあまり自ら服を脱がなくなった。
特に、最近はそれが顕著だった。
青島はひんやりとした室井の身体も愛しているが、室井はダイレクトに伝わる青島の熱を恐れているようだった。
青島の熱を奪ってしまうからだ。
はっきりと室井の口から聞いたわけではないが、恐らく間違いない。
想いを通わせた今なら良く分かる。
青島は室井に大事にされていた。
―俺だって、室井さんが大事なのに。
青島も上半身を起こすと、ボタンをはずしていた室井の手に触れた。
怪訝そうな顔で見てくる室井に、軽くキスをする。
「やっぱ、俺が脱がします」
そう言ってニコッと笑う。
「俺がアンタに触りたいんだから」
少しの間、室井は無表情に青島を見ていたが、やがて小さな笑みを溢した。
何も言わずに後頭部に手を回し、引き寄せられる。
そのまま唇を合わせながら、手を動かし室井の服を剥ぐ。
片方の腕を引き抜くと、剥き出しの肩に触れた。
ひんやりとした感触。
逆に室井は青島の熱を感じているだろう。
唐突に室井が動いた。
自分でもう片方の腕を抜き、乱暴に服を脱ぎ捨てると、青島の腰を抱き、ベッドに押し倒した。
軽い衝撃はあったが、青島はすぐに室井の背中を抱いた。
今度はしっかりとしがみつく。
「…ああ、気持ちいい…」
思わず溢すと、首筋に顔を埋めた室井が、耳元で低く笑った。
「まだだぞ」
「ん…?」
「これからだろ、気持ち良くなるのは」
耳に室井の舌が入ってきた。
鼻にかかった声を漏らしながら、青島は室井の背中をなぜた。


青島から奪った熱は、少なからず室井の熱になる。
それが例えほんのひと時でも、その瞬間は、きっと二人は交わっている。
そのことに室井が気付けないのなら、青島が教えてやるまでである。
室井が気付くまで。
室井が認めるその日まで。

心と身体の両方で伝える想いは、きっと室井にも伝わるはずだから。











エロまで書こうとして途中で断念したお話でした(笑)


室井さんが大分素直に、そして優しくなっております。






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