■ ヴァンプ小話(22)


目が覚めたら、隣に青島の姿はなかった。
活動時間がはっきりと夜に限定されてしまう室井と違って、
青島は自由気ままに動ける。
どこかに出かけていてもおかしくはなかった。
それを不安に思うことも特にない。
帰ってこないかもしれないと思うことはなくなった。
青島が死ぬまで傍にいるというのだから、そうなのだろうと思う。
帰ってこない時は、青島が死んだ時だ。
その時がきたら、室井はどうするのか。
どうなるのか。

室井は緩く首を振ると、ベッドから降りた。
着替えて寝室を出る。
カーテンが敷かれたままのリビングは薄暗く、電気がついていなかった。
青島は出かけたまま、まだ帰っていないのだろう。
寝起きで喉の渇きを覚えていた室井は、台所に向かいかけて足を止めた。
ソファーの影に身体が隠れているが、床に二本の足が転がっている。
それが青島のモノだとすぐに分かった。
なんだいたのかと思うより先に、室井は青島に駆け寄っていた。
ソファーを押しのけるように青島を覗き込む。
うつ伏せている青島の顔は見えない。
すぐに首筋に手で触れた。
眉間に皺を寄せると深い溜め息を吐き、それでも確かめるようにしばらくそのままでいてから、手を離す。
そして、青島の頭を叩いた。
「おい、こんなところで寝るな」
「ん〜〜〜〜〜……?」
もぞりと青島が身じろぐ。
寝返りを打つと、室井を見上げて欠伸を漏らした。
「おはよ、室井さん」
「なんだって床でなんて寝てるんだ」
「いや、あんまり暑かったもんで」
「だからなんで床なんだ」
「床が冷たかったから」
お前は猫かと思いながら、また溜め息を吐いた。
どこか動物的なところのある男だが、涼しいからといって床に転がるのはやめてもらいたかった。
心臓に悪い。
「いいから、起きろ」
室井が手を差し出すと、青島は素直にその手を掴んで起き上った。
両手を伸ばして伸びをする姿を見れば、本当に猫っぽい。
室井にじゃれついたりしがみついたりしてくる時は犬っぽくも見えた。
「本当に、外暑いっすよー」
青島が見えない窓の外に視線を向ける。
室井もそれに倣った。
締め切ったカーテン。
そろそろ日が暮れているだろうか。
「今日は寝てて正解」
言って、青島が笑う。
「日中に外にいても暑いだけだもん」
だから室井さんが正解だと笑う。
室井も少しだけ笑い返した。
「そうか」
もう一度、カーテン越しに窓を見る。
完璧に遮光されて、一筋の光もささない。
だけど、その向こうに、真っ赤な夕日が見える気がした。
存在ははるか昔から知っていたが、それを意識したことはなかった。
あるのは知っていても、感じることはなかった。
実際に見たことのないものを、意識するのは難しかったのだ。
最近は、そうでもない。
青島が時々写真に撮ってくるからだ。
夕日もそうだった。
「怖いくらいに赤かった」
そう言って青島が見せてくれたのは、野原に沈む真っ赤な夕日の写真だった。
夕日の写真くらい今までだって見たことはあるが、不思議なことに青島の目を通した写真だけが室井にとってリアルに見えた。
室井が真っ暗な姿しか見たことがなかった野原は、赤く焼けてまるで別の場所のように見えたが、間違いなく室井が知る場所だった。
そんなものを青島は室井に見せてくれる。
―俺は青島に何を見せてやれるだろうか。
室井が目を伏せると、不意に頬に何かが触れる。
青島が室井の頬に触れて、笑っていた。
「室井さん」
「なんだ」
「さっき、何で慌ててたの」
どうやら室井の動揺はバレていたらしい。
「うるさい」
悪戯っぽい青島の視線を無視して、室井は唇を塞いだ。
すぐに青島が室井の背中を抱きしめてくる。
「心配しなくても、そんな簡単に死にゃーしませんよ」
そんなことはない。
人間は想像以上に簡単に消えていなくなってしまう。
それを青島も知っているはず。
だけど、青島は室井に繰り返す。
ずっと傍にいると。
青島の言葉を、室井は信じている。
だから、そんな簡単に死んだりはしないのだろう。
青島はきっと。
室井のために。

「…もう少ししたら、月でも見に行くか」
背中を撫ぜながら呟くと、青島が嬉しそうに笑った。
ただ月を見に行くだけ。
青島一人でも見に行ける。
それでも室井が誘えば、嬉しそうだった。
「やった」
室井は青島の肩に顔を埋めた。
室井の髪を青島の指が弄ぶ。
「室井さんとの夜の散歩、なんか好きなんですよねー」


君となら、夜だって、朝だって、いつだって。
どこにだって、歩いて行きたい。
行けるなら。
どこまでも。












「If necessary」の後のお話になります。







template : A Moveable Feast