■ ヴァンプ小話(21)


「俺、もう、行きますね」
青島が立ち上がる。
それを呆然と眺めながら、室井は乾いた唇を開いた。
開いたが言葉は出てこない。
吸った息を吐き出すだけ。
言いたいことがないわけではない。
聞きたいことがないわけではない。
だけど、声が出てこない。
黙ったままの室井に、青島は仕方が無いなぁというふうに、苦笑した。
「いつまでもここにいても仕方ないし」
―どういう意味だ。
そう思ったが、やはり声がでない。
だけど、青島は勝手に喋り出す。
「何も言わないアンタと、何も変わらない部屋にずっといても、仕方ないでしょ?」
―変わらないことなど、初めから分かっていたことだろう。
室井は変わらない。
変われるわけがない。
どんなに変わりたくたって…。
「俺だけね、止まれないんだ」
止まったままの室井とは、違う時間に青島は生きているのだ。
止まらないし、また止まる必要がない。
そんなことは初めから分かっていた。
―俺と過ごす不毛な時間に、今更気付いたということか。
青島を見ていられなくて、室井は目を伏せた。
耳に届くのは、どこまでも明るい青島の声。

「俺は不毛だなんて思ってませんでしたよ」
嘘だ。
「嘘じゃない。アンタの隣にずっといたかった」
なら、何故。
「それを望まなかったのは、アンタの方です」
違う。
「なら、何で何も言わないの」
それは。
「室井さんは変われないんじゃなくて、変えようとしなかっただけですよ」


永遠の生に囚われて、一人で生きることを選んだだけ。
俺が永遠に傍にいることを、望まなかっただけ。
「ただ、それだけのことですよ」
顔を上げた室井に、青島は寂しそうに笑った。
「…じゃあ」
お世話になりましたと、一つ頭を下げて、青島は出て行く。
扉を開けると、その背が逆光に包まれた。
そこで漸く、室井は声を絞り出した。


「青島…っ」
叫んで、ガバリと起き上がった。
起き上がって、呆然と視線をさ迷わせる。
真っ暗な部屋は、見慣れた寝室だった。
少し乱れた呼吸を整えることもせずに、室井はベッドから降りた。
朝方に青島をベッドに引きずりこんだため全裸だったが、それすら気にせず寝室を出る。
リビングは真昼間だというのに、きっちりと遮光カーテンがひかれてある。
薄暗いリビングは、無人だった。
無人のリビングで、室井は思わず立ち尽くす。
「あれ?室井さん?」
背後から掛けられた声に、ハッとして振り返る。
そこには、バスタオルを腰に巻いた青島がいた。
「まだ12時前ですよ?どうしたんです?」
眠れないの?と言いながら、室井の姿態を眺めて苦笑した。
「ちょっと、いくら俺しかいないっつったって、そんな格好でウロウロしないでくださいよ」
バスタオル一枚の青島が言う台詞でもない気がするが、室井はそんなことに頓着するだけの余裕がなかった。
「眠れないなら、一杯やります〜?」
風呂上りで喉が渇いているのか、台所に向かおうとした青島の腕を、室井は強く掴んだ。
加減のないそれに、青島は少し驚いた顔で振り返る。
「室井さん?どうし・・・」
言葉を最後まで言わせず、キツク掴んだ腕を引っ張って歩き出す。
向かう先は、再び寝室だ。
「ちょ、痛いって、どうしたのさっ」
当然のように動揺する青島を、ベッドの上に放り出した。
スプリングで跳ねた身体に圧し掛かり、驚きで抵抗すらしていない青島の両手を、意味など無いのに押さえつける。
そのまま唇を奪った。
唇を重ね、強引に舌を差し入れ、青島の舌を絡めとリ、吸い上げる。
反応は特に返ってこない。
驚きが強いらしく、抵抗もない変わりに、応じてもこない。
室井はそれでも構わなかった。
唇を解放すると、そのまま首筋に吸い付く。
強い力で吸いながら、つい先ほど付けた痕を辿る。
「ちょ、ちょっと、何、まだすんですかっ?」
不意に上がった色気の欠片もない声に、室井はピタリと動きを止めた。
「あ、もしかして、お腹空いた?」
その一言が、室井を現実に引き戻す。
少し顔を上げると、のん気な顔をした青島が室井を見上げていた。
「そういや、しばらく飲んでなくないです?」
「…そう、だったか?」
「そうですよー。だから、がっついてんだ、きっと」
一人納得したふうな青島が、室井の下で身じろいだ。
思わず手に力を込めて、押さえつけてしまう。
痛かったのか、青島は少し眉を寄せた。
「ちょっと…あげないなんていいませんから、手、離してくださいよ」
言われても、すぐに手が離せない。
馬鹿げたことだとは分かっている。
手を離したところで、青島は消えてしまったりはしない。
夢のように。
それは分かっているのに、手が離せない。
「室井さん?」
訝しげな青島の視線を受けても、室井は動けなかった。
―力で押さえつけなくたって、消えてなくならない。
―だけど、力で押さえつけたって、引き止められるものではない。
青島はこの手を振り解いて、ここから出て行くだろう。
それが今じゃないというだけのこと。
それが分かっているから、手が離せないのだ。
「おーい。起きてる?室井さん」
穴が開くほど青島を見つめている室井に、青島は呆れたように声をかけてくる。
「…寝てるように見えるか?」
「目ぇ開けたまんま、寝てるように見えますよ」
「そうか…」
「とりあえず、手を、離してください」
力強く言われる。
その目が真剣みを帯び、睨みつけるような強さで室井を見上げていた。
これ以上押さえつけていると、不興を買うかもしれない。
無理強いも強要も、大人しく受ける青島ではない。
それでもやっぱり動けずにいる室井を見上げ、青島はやがて苦笑した。
目元を和らげると、自由にならない手の代わりか、両足を室井の腰に巻きつけた。
「このまんまじゃ、抱きしめることもできないんですけどー」
室井は目を丸くした。
意識することなく、手から力が抜ける。
青島は肘を突いて身を起こし、室井の腰に巻きつけていた足を解いた。
ベッドに片膝を立てて座ると、両手を広げる。
宣言どおりに、ぎゅっと抱きしめられた。
「お腹空いてるなら、どうぞ〜」
目の前にある首筋をぼんやり眺める。
室井が残した痕がある首筋は、酷く扇情的だった。
ソコに唇を寄せて、軽くキスをする。
「…いいのか?した後だと、キツイだろ」
唇を何度も押し付けながら尋ねると、耳元で青島が笑った。
「へーきへーき。最近、室井さんが飲まないから、俺も血が余ってんのかも」
本音で言っているとも思えなかった。
それでも余計なことは考えずに、室井は少し唇を開いた。
八重歯がむき出しになる。
青島の首筋にそっと歯を立てた。
「―っ」
息を飲む音が聞こえる。
もう何度も繰り返した行為だが、慣れるものでもないのだろう。
微かな痛みと、酷い倦怠感、それから少しの快感。
それらを、青島は感じているはずだ。
室井は青島の頭を撫ぜ、背中を摩った。
室井の背中に回っている青島の両手から、少し力が抜ける。
それでも離さずに、しっかりと抱き付いている。
室井はコクリと喉を鳴らすと、唇を離した。
「大丈夫か?」
八重歯の痕に舌を這わせる。
「ン……お腹、いっぱいになりました?」
青島は室井の肩にこてっと頭を預け、横目で室井を見た。
その背中を支えてやりながら、頷く。
「ああ、美味かった」
先ほどまでの絶望に似たような不安が、嘘のように落ち着いていた。
飢えや渇きも満ちたのだろうが、そんなものよりずっと満たされたものがあった気がする。
―こんなに慣らされて、どうするんだかな、俺は。
室井は自嘲した。

「さて、どうします?」
耳に響く明るい声。
意味が分からず、室井は首を傾げた。
「どう、とは?」
「ヤリますか〜」
気だるそうに室井に身体を預けたままのくせに、そんなことを言う。
言うというより、室井が言わせているのだろう。
青島は目に見える彼の性格よりもずっと、本質的な部分で繊細なところがある。
室井が言葉にしないことの多くを、肌で感じ取っているようだ。
その上で、青島は室井に何かを問おうとはしない。
自分と微妙な関係を続けながら、室井を追い詰めようとはしなかった。
それなのに、勝手に追い詰められているのは、室井自身だ。
青島の身体を受け止めたまま動こうとしない室井に焦れたのか、青島の唇が室井の肩に押し付けられる。
「俺は、いいっすよ」
「いいって……しんどいだろ、もう」
「あんな熱烈ちゅーかましといて、良く言いますよ」
笑いながら、軽く噛み付かれた。
痛みのないそれは、室井の腰の奥を熱くする。
薄く付いた歯形をなぞるように、青島の舌が動く。
室井はそれに素直に誘われて、青島をもう一度押し倒した。
今度は押さえつけたりはしない。
青島の手が、室井の背中を撫ぜるような動きを繰り返す。
それが酷く心地よかった。
「気絶したら、面倒見てやってくださいね」
茶化すように笑う青島に、つられて室井も小さな笑みを零す。
返事の代わりにキスをした。


その日、青島はずっと室井のベッドの中にいた。
室井は何も言わなかったのに、傍から離れようとしなかった。
「動けない」
そう言って笑う青島に、室井はただ泣きたくなった。











青島君がいなくなることが不安でたまらない室井さん。


このシリーズは青島君が良く室井さんを甘やかしておりますね。






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