■ ヴァンプ小話(20)
リビングの床に寝転がり雑誌を読んでいた青島は、軽い電子音に顔をあげた。
くわえていたタバコを灰皿の上に置き、立ち上がる。
電子音は、乾燥機が仕事を終えた合図だった。
室井の部屋では夜中しかカーテンを開けないため、ベランダに干すこともできない。
洗濯物は乾燥機で乾かすか、クリーニングに出すかしかなかった。
室井は洗濯機で洗えるものまでクリーニングに出していたようだが、勿体無いから乾燥機を買えと助言したのは青島だった。
助言したからには、責任を取るべきだろう。
そう思って、青島は何の疑問もなく、二人分の洗濯をしていた。
乾燥機から取り出した衣類をカゴに入れて、リビングに戻る。
また床に座ると、黙々と畳み始めた。
丁寧とは言い難いがシワにはならないように気をつけながら手を動かしていると、背中に視線を感じる。
手を止めると首だけで振り返って、青島は笑った。
「なーに突っ立ってんすかー?」
寝室から出て来た室井が、戸口でぼうっと突っ立っていたのだ。
視線は青島にあるから、寝ぼけているわけではなさそうだった。
「おはようございます」
「…おはよう」
「寝ぼけてる?」
「いや…」
室井は壁に背中を預けて、無表情に青島を見ていた。
「甲斐甲斐しいな、と思っただけだ」
特に感情のこもらない声に、青島は眉を吊り上げる。
が、表情を動かさない室井を見ていたら、その言葉に深い意味などない気がしてくる。
からかっているわけでも、喜んでいるわけでもなさそうだ。
洗濯物を畳んでいる青島を見ながら室井が何を考えているかなど、青島には知りようもなかった。
考えても仕方が無いことを考えることは得意ではない。
青島は肩を竦めると室井から視線を外し、また手を動かす。
「嫁にでも貰ってくれますかー」
「…もう少し料理が上手くなったらな」
予想外の返事に青島は思わず破顔したが、振り返らず手も止めない。
「料理は室井さんの方が上手いじゃない」
「俺だって美味い飯を作ってもらえるならその方がいい」
「んなこと言って、料理するの結構好きな癖に」
「趣味だ。毎日したいわけじゃない」
「じゃあ、当番制で」
「なら、やっぱり上手くなれ」
「愛妻の手料理でしょ。文句言わずに食うのが、男の甲斐性ってもんですよ」
「愛する夫のためなら料理くらい覚えるもんじゃないのか」
「そうきたか…」
笑いながら手を止める。
反論を考えていると、近付いてきた室井が床に腰を下ろした。
青島の向かいに座り、洗濯物を畳み始める。
そのキレイな指先を見ながら、青島は笑みを噛み殺した。
室井のことなど多分半分もわかってはいない。
今だって分からない。
だけど、きっとそれでいいのだ。
几帳面な指先を愛しく思う、その気持ちだけ知っていれば青島には十分だった。
「料理」
青島が声をかけると、室井は顔を上げる。
「教えてくださいよ」
少し驚いた顔をした室井に、青島はニコリと笑った。
「どうせなら、俺も美味いモン食いたいし」
室井のために料理を覚える。
―甲斐甲斐しくて、良いんじゃない?
ひとごとのように思いながら、少しだけ高揚した気持ちに内心で苦笑した。
この日を境に、二人揃って台所に立っている姿が見受けられるようになる。
ラブラブです。新婚さんか(笑)
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