■ ヴァンプ小話(19)
「だいたいねーあんたはねー」
青島の呂律が怪しい。
珍しくもかなり酔っ払っているようだった。
酒は好きなようで良く飲んでいるが、理性を無くす姿は一度も見たことがない。
室井は少しばかり驚いていたのだが、顔には出さなかった。
代わりに青島の手の中から、グラスを取り上げる。
「もう、寝ろ」
「ヤですよぉ」
青島がすぐにグラスを取り返す。
ついでに室井の傍にあったボトルを引き寄せて、グラスに注ぐ。
「青島」
眉を寄せた室井に、青島は舌を出した。
「なんすか。いつも自由にしろって言うのあんたでしょ〜」
それは確かにその通りだ。
常日頃、青島の好きにしていればいいと言ってある。
青島は室井のモノじゃないし、逆もまた然りだ。
一緒に暮らして随分経つが、恋人じゃない。
セックスしていたって、恋人ではないのだ。
「…いいから、今日はもう寝ろ」
「ヤです」
「それは、俺の酒だぞ」
「身体で払ってるでしょ」
「足りない」
「なら、後で追加料金払います」
今すぐ押し倒すぞと思いながら、室井はもう一度青島の手からグラスとボトルも取り上げた。
「アル中にでもなったら、叩き出すぞ」
じろりと睨んだら、逆に恨めしそうに睨み返される。
「冷たい」
「血が通ってないからな」
吸血鬼だからなと続けると、青島の顔が歪んだ。
怒ったような、悲しそうな。
ちょっと泣きそうに見えたのは、酔っ払っていたせいかもしれない。
「…そんなこと言ってんじゃない」
「別になんでもいいから、とにかく今日はもう寝るんだ」
酔っ払っている青島と何を話しても仕方が無い。
室井はそう思ったのだが、青島は不服そうだった。
「そういうとこが、冷たいつってんですよ」
またなじられて、深い溜息を吐いた。
「イヤなら…」
「出てけって?」
被せるように言われて青島を見ると、挑戦するように室井を見つめていた。
酔っているのかいないのか、一瞬分からなくなるような強い眼差し。
室井が言葉を詰まらせると、青島は真顔で言った。
「じゃあ、出て行きます」
平然と言って、立ち上がる。
室井は無意識にその腕を掴んだ。
「……それは、どういうアピール?」
腕を掴まれた青島は、室井を見下ろして目を細めた。
それはそれは楽しそうに。
―しまった。
とか、
―嵌められた。
とか、思いながら、室井はグラスを放り出した。
割れたグラスを気にも留めず、掴んだ腕を引っ張る。
素直に傾いできた身体を、そのままソファーに押し倒した。
「いつか絶対叩き出してやる」
悔し紛れに呟いたら、青島が爆笑した。
それが余計に腹立たしくて、その首筋に噛み付く。
吸血のためではない。
噛み付きながら、吸い付いて、歯形を残しては、その肌を舐める。
青島は笑い声を徐々に小さくし、少し熱い息を吐きながら、両腕を室井の首に回した。
「できるもんならね」
「絶対にやるぞ」
「はいはい」
「…明日叩き出してやる」
鎖骨に強く吸い付いたら、青島の笑い声が止んだ。
頬を撫ぜられて首から唇を離すと、柔らかい眼差しとぶつかる。
「アンタが叩き出しても、俺は出て行かないよ」
ぎゅっと抱きしめられて、首筋に顔を埋めてくる。
「どこにも、行かない」
くぐもった声。
室井の背中が震えたのは、青島の息が首筋をくすぐったからだ。
そうに決まっている。
「ここに、いるよ」
柔らかい声を塞ぐように、室井は青島の唇を塞いだ。
そんなことをせずとも、青島はそれ以上何も言おうとはしなかった。
時々甘い声を漏らしながら、室井に微笑むだけ。
酷く幸せそうな青島を、室井はただ夢中で抱いた。
行くなと言えないくせに、出て行けとも言えない。
手に入れられないくせに、失うこともできない。
進むべき道もないのに、引き返すことができない―。
考えるのもイヤになるほど長い間生きてきたのに、こんなことは初めてだった。
ココロのどこかに叫び出しそうな痛みを感じる。
それなのに、やはりココロのどこかが信じられないほど暖かい。
動かない心臓の変わりに、青島の存在がソコにある。
この日、初めて室井は後悔した。
遠い日に、青島を拾ったことを。
後悔しても遅いのです(笑)
青島君を手放せない室井さん。
認めてしまえば楽になれる気がしますが、
長く生きた歳月がそうさせないんじゃないかと…思います。
頑張れ、室井さん。
青島君は貴方の傍にいるぞー。
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