■ ヴァンプ小話(15)


三時過ぎに目覚めた室井は、自宅に自分以外の人間の気配が無くなっていることに気が付いた。
自分以外の人間と言ってもこの家にいるのは室井を除くともう一人しかいないわけだから、青島がいないというだけのことだ。
室井はベッドから抜け出すと、暗い寝室を出る。
遮光カーテンの引かれたリビングには、やはり青島の姿は無かった。
寝室で一緒に眠っていなければ、大抵はリビングで暇を潰している。
空いている部屋を好きに使えと言ってはあるが、今までに使われたことは殆ど無かった。
室井は無人で静かなリビングに入ると、ソファーに腰を下ろした。
テーブルの上には、青島のアメスピが置いてある。
普段吸っている銘柄とは違うが、室井は頓着せずにそれを手にした。
一本拝借すると火をつける。
深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
無性に落ち着かない。
煙草を吸ったらどういうわけか、更に落ち着かなくなった。
青島の煙草だからいけなかったのだろうか。
「…くだらない」
思わず呟く。
青島はこの家から外に出ないわけではない。
ここに来たばかりの頃は、本人が嫌がった。
閉め出されるのが恐かったらしい。
室井に言わせれば閉め出すくらいなら、わざわざ自宅に連れ込まない。
青島もそれを理解したようで、今では外出を恐がることは無くなった。
本人は相変わらず外に出なくても良いみたいだが、人間である青島には日の光りは味方である。
暗い部屋に篭りっぱなしでは身体に悪いから、たまに日光浴を兼ねて外に出ている。
そのついでで、買い出しは青島の仕事になっていた。
室井の煙草の買い置きが残り少なくなると、青島は勝手に買い足してきては「ペットもたまには役に立つでしょ」と笑っていた。
昨日も、そうして笑っていた。
室井の煙草の買い置きが無くなるのに合わせて青島は外出しているのだ。
だから二日続けて青島が外出することなど、今までに無いことだった。
落ち着かない理由がそれだけなんて、室井は自分でも信じられない。
青島は室井の子供じゃないのだ。
外出くらい、好きにするだろう。
青島の自由だ。
好きな事をして、好きな所に行く。
戻りたくなければ、もう二度と戻らない。
「……はっ」
室井は薄く笑った。
たかが二日続けて外出しただけだ。
それだけで、青島がもう二度と戻らないかも知れないと思っている自分が可笑しかった。
そして、それが落ち着かないでいる理由だということも。
青島にはいつも「行くも留まるもお前の自由だ。勝手にしろ」と言ってある。
それなのに。
「この様か…」
自分を鼻で嘲う。
室井は恐れているのだ。
青島の自由だと言いながら。
勝手にしろと言いながら。
青島がここからいなくなることを。
いつか必ず訪れるその日を、室井は恐れているのだ。
「今じゃなければいい」だなんて、吸血鬼の自分が思うなど。
今が永遠に続く吸血鬼がそんなことを思うなど、あってはならないことだった。
室井は煙草を手の平で握り潰した。
一瞬の痛みが、室井を現実に戻す。
「バカな、ことを」
手の平を開くと、肉の焦げた臭いが鼻についた。
このまま、青島が戻らなければいい。
室井は思った。
そう遠く無いうちに、限界がくる。
青島を青島のままで留めておけなくなる日が、きっとくる。
室井はそんなことは望んでいない。
長い時の中では、新鮮な感動や衝動は薄れ、愛情も友情も押し流される。
繰り返される過去を眺めながら、決して留めておけない今を惰性のように生きるのだ。
そんな生に、何の意味があるというのか。
そんな生に。
青島を巻き込むことなど―。
玄関の開く音がした。
声はしないが空気だけで、それが誰だか室井には分かる。
「戻ったか…」
口の中で呟いた。
胸に浮かぶ失望。
それを上回る大きな安堵。
室井は失笑すると、握りつぶした煙草を灰皿の上に落とした。
リビングのドアが開く。
室井は微笑を作って出迎えた。
「早かったな」











青島君への執着心が強くなっておりますね。
良い傾向です(ええ)






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