■ ヴァンプ小話(14)
夜になると、リビングのカーテンを開ける。
室井と生活するようになってから、太陽より月の方が優しく感じられるようになった。
テラスに出た青島は月を見上げながら、不思議なモンだなぁと思った。
「あ…満月だ」
見上げるまで気が付かなかった。
「あの人が血気盛んになって、夜な夜な生き血を求めて徘徊でもしてくれりゃあ、分かりやすいんだけどねぇ」
あの人とは当然室井のことで、今は風呂に入っている。
室井にとっては朝風呂だ。
「あ、でも」
いつもより激しかったかも、と口の中で呟いて笑った。
先ほどまでの行為を思い出すと、その兆候が確かになくもない。
最中に吸血までされた。
おかげで、青島はヘロヘロである。
テラスの柵に寄り掛かり、月を見上げる。
室井が吸血鬼らしからぬわけではないのだろうと、青島は思う。
多分青島がそれを重要視していないから、気にならないのだ。
室井は室井である。
冷たくて寂しくて優しい人。
青島にはそれが全てだ。
居心地のいい場所を、室井の隣を提供してもらい、代償として普段意識することの無い、必要なのか不必要なのかあやふやな自分の血を少量失う。
それだけなのに、不思議と「生きている」という気がしていた。
必死で生きて来た今までよりも、ずっと。
青島の人生において、多分今が一番濃密で、幸福な時なのだろう。
「何してる」
いつの間にか風呂からあがっていた室井が、テラスに出て来ていた。
青島にすら優しく感じる月は、室井にとってはこれ以上無い味方だろう。
「室井さん、満月ですよ」
「知らなかったのか?」
何を今更というふうに鼻で笑われる。
「変身とか、しないわけ?」
今度は呆れられた。
「お前は俺を何だと思ってるんだ?狼男でもあるまいし」
「んーでもほら、映画なんかじゃ、満月の夜は美女を襲ったりしてるじゃないですか」
「それならさっき襲ったろ」
それが自分だと気が付くのに、少しだけ時間が掛かる。
「それならいつものことでしょ」
室井が目を細めた。
「…そうか?あんなことしたのに?」
先ほどの行為が鮮明に思い出されて、さすがに赤面する。
「あ、アンタが、んなこと要求するからでしょ」
「血が騒いだんだ。吸血鬼だからな」
しれっと言われて、青島は溜息をついた。
「ハイハイ」
室井は無言で青島の隣に立つと、一緒に月を見上げた。
そんな室井を盗み見る。
月明かりを浴びた室井は、酷く奇麗だ。
目も肌も髪も、艶っぽくなる。
黙って盗み見ていると、不意に視線がぶつかった。
不思議に光る室井の眼差しに、鳥肌が立つ。
恐いわけでも不快なわけでもない。
むしろ。
「青島…」
不意に手を伸ばされて、頬を撫ぜられる。
思わず目をつぶると、キスされた。
自分とは違う煙草の香りがする。
さっきまで何度もしていたのに、何故か違う感触。
「やっぱ……満月って何か違うんだ?」
「多少は、な」
抱き寄せられて、青島は身を硬くした。
押し付けられた下半身に、絶句する。
「…っ、マジですか」
「満月だからな」
白々しい台詞を繰り返しながら、室井の手が青島の背中を撫ぜる。
「俺はさすがに死ぬかも」
そう言いつつも、青島は自分の身体が自分の意志を裏切っているのを知っていた。
室井も分かっているだろう。
はだけたパジャマの中に手を入れて直接背中をなぞってくる。
あんなにしたのに。
身体は疲れてきっているのに。
室井に求められたら、止まらない。
小さく震えた青島に、室井は目を細めた。
「満月のせいか?」
首筋をくすぐる、からかうような室井の声。
満月の効果が青島にも働いたのかどうかは分からないが、青島が欲しいのは室井だけ。
誰かの血も美しい女性も永遠の命も。
何もいらないから、室井だけが欲しかった。
青島は室井の背中を抱きしめる。
「満月じゃなくて、俺を発情させるのはアンタだよ」
「……珍しく、可愛いことを言うな」
本気で驚いたらしい室井に、青島は笑った。
視界に捕らえていた月が歪む。
「どうせ死ぬなら、室井さんとの最中に死にたいなぁ」
青島を抱きしめていた室井の身体が短く硬直した。
それを青島は気付かないふりをした。
少しの間の後。
「俺にヤり殺せと?」
室井の呆れた声に、青島は弾かれたように笑った。
「お願いします」
「阿呆か。俺はごめんだ」
冷たい返事だけど、青島の胸には何故か優しく響く。
「…お前は何も考えずに、のほほんと生きていればいいんだ」
唇が重なる瞬間に、室井が小さく呟いた。
俺の傍で。
それもいいなぁと思う。
死ぬ瞬間まで、室井さんがきっちり看取ってくれるってことだろ?
妙な縁で拾ってしまった俺の命なんかを背負わせて、申し訳ないと思うけど。
だけど、室井さんにとってはほんの一瞬に過ぎないはず。
それならその間だけでも室井さんのモノになりたいな。
―――ああ。
だけど、今なら。
室井さんに抱かれながらなら。
笑って逝けるはずなんだ。
幸せだから。
それを少しだけ本気で、望んだんだ。
室井さんの傍にいられて幸せだと自覚している青島君です。
一緒に生きるという選択肢があるということには、まだ気付いてないのかも。
ただただ幸せな、この二人も早く書きたいです…(^^;
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