■ ステラ
自宅マンションの近くまで帰ってくると、室井には必ずやってしまう癖があった。
隣室に灯りがともっているかどうかをつい確認してしまうのだ。
在宅を確認したからといって必ずしも青島と顔を合わせるわけではないが、それでも確認だけはついついしてしまう。
今日もそうだった。
顔を上げ、青島の部屋の灯りを見つけてホッとした。
青島がいると思うだけで、なんとなく心が落ち着く。
一人勝手に満足し、青島の部屋から視線を逸らしかけて、室井はハッとした。
テラスに青島の姿があった。
部屋の灯りに気を取られていて本人に気付かないとは、本末転倒である。
苦笑を噛み殺して青島を見上げるが、青島も室井に気付いていなかった。
煙草を吹かしながらぼんやりと空を眺めている。
珍しい姿に、室井は首を傾げた。
青島は時々室井を誘ったり遊びに来たすみれたちを連れてテラスで酒を飲んだりしているようだったが、一人ぼんやり過ごしている姿を見るのは初めてだった。
室井が知らないだけで、もしかしたら時々はテラスで一人過ごしているのかもしれない。
二人でいる時に青島が一人になる理由がないから、それを室井が知らなくても当然だが、自分の知らない青島の姿を見た気がして不思議な感じがした。
青島の視線はずっと変わらずに空にあり、つられる形で室井も空を見上げた。
暗い夜空にぽっかりと浮かぶ満月。
青島は一人で月見に興じていたらしい。
納得した室井が青島に視線を戻すと、青島も室井を見ていて少し驚いた顔をしていた。
「室井さん」
名前を呼んで顔を綻ばせる。
そんなふうに青島の表情が変わる瞬間を見るのが、室井は好きだった。
煙草を持った手をひらひら振って見せる。
「おかえりなさい」
「ただいま…月見か?」
「さっきニュースで中秋の名月だって言ってたから」
それを知って外に出てみたら本当に満月で、きれいだったからぼんやりと眺めていたらしい。
青島は室井を見下ろして、手招きするような仕草を見せた。
「室井さんも上がって来てくださいよ」
青島の誘いに短い返事を返して、すぐにマンションに入った。
自宅に入ると着替えもせずに上着だけ脱いで青島の部屋に続くドアを開いた。
青島はテラスから一旦部屋に戻ったらしく、咥え煙草のまま台所にいた。
手にしていた缶ビールを一つ室井に手渡すと、再びテラスに戻っていく。
室井もその後に続いた。
「誘っておいて、団子の一つもなくてすみません」
青島は苦笑したが、室井は首を横に振った。
月見と言えば確かに団子だが、元よりそんなものは期待していなかった。
「気にしないでくれ、団子じゃビールに合わない」
暗に団子よりビールの方が嬉しいと伝えると、青島は屈託なく笑った。
「なるほど」
室井は一つ頷いて空を見上げた。
折角青島が一人きりの月見に室井も招いてくれたのだ。
堪能しないのは勿体ない。
見上げれば、先ほどと変わりなく大きな丸い月が浮かんでいる。
素直にきれいなものだと思った。
ふと、初めて青島とここで過ごした時のことを思い出した。
あの時の月は確か三日月だった。
「天気良くって良かったっすね」
「そうだな」
多少雲がかかるくらいならそれはそれで風情があって良いかもしれないが、雨でも降ったら折角の満月も見られなかったはずだ。
天気が良く、青島がたまたまニュースを見たおかげで、思いがけない月見ができたのだから、運が良かったのかもしれない。
「うさぎ見えませんかねえ」
のんびりした声に振りかえると、青島は相変わらず煙草を吹かしながら空を見上げていた。
室井ももう一度月に目をやる。
「望遠鏡でもあれば、見えるかもな」
らしくない言葉を言った気がしたが、返って来た青島の笑い声は嬉しそうだった。
「昔の人って、ロマンチストですよねー。月でウサギが餅つきしてる、なんて」
真剣にそう思われていたわけではないのだろうが、月の模様をウサギの餅つきに見立てたところは、確かにロマンチストと言えなくはない。
それを言えば、わざわざ月見をする現代人も大差ないのかもしれない。
室井がそう言うと、青島も頷いた。
「そうかも。あ、てことは」
悪戯を思いついたと言わんばかりの視線で室井を見つめてくる。
「室井さんもロマンチストってことだ」
目を剥いた室井を見て、青島は声を立てて笑った。
冗談っすよと楽しげに言って、また月を見上げる。
その横顔を見ながら思う。
別にロマンチストと言われたことが不愉快だったわけではないが、室井には自分がロマンチストとは思えなかった。
だって。
「君がいなきゃ、月見もしてない」
青島がいるから、青島が見つけた月を見ているに過ぎない。
満月をきれいだと思うくらいの感情は持ち合わせているが、それに価値を見いだせる能力は不足しているように思う。
青島といるから、そこに価値を見いだせているのだ。
青島と見る満月なら、特別だと思えるから―。
「…だから、俺はロマンチストではない、と思う」
じっと室井を見ていた青島が、呆れたような困ったような照れ笑いを浮かべた。
「やっぱりロマンチストですよ、室井さん」
煙草を持つ手を持ち替えて、空いた手で室井の手をそっと握ってくる。
すぐに握り返すと、青島の指が絡んできてドキリとした。
「外じゃなかったら、キスの一つもしたいところですね」
「今すぐ部屋に入るか」
半分本気半分冗談で言うと、青島が破顔した。
「もうちょっとロマンチストでいてくださいよ」
青島のその願いを聴きいれたわけではないが、その後しばらく二人きりの月見を続けた。
END
2009.9.7
あとがき
いつもお世話になっている須藤さんにぷれぜんとふぉゆーでございます。
ラスクリの二人でお月見話でした。
なんだか、室井さんが青島馬鹿なだけのお話になってしまった気がします(苦笑)
ごめんなさい、須藤さん;
室井さんも青島君もある意味ではロマンチストな気がします。
現実ももちろん見てますけどね。
警察にいれば、嫌と言うほど現実を見せつけられているでしょうし。
それでも大きな夢を真剣に語れちゃう二人が好きです。
ステラというタイトルは好きな曲から拝借したのですが、
内容は全く関係ありません。
ステラ=恒星で、恒星=自ら輝く天体だそうで、つまり青島君じゃないかと…
すみません、青島馬鹿は私ですね(失笑)
ちなみに、月は恒星ではないですね、太陽は恒星なので益々青島君が(自粛)
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