■ 昨日も明日も
部屋に入って来た室井を、青島はベッドの上から見上げた。
「貼り紙してきたぞ」
「ありがとうございました」
室井には店のドアに臨時休業のお知らせを貼ってくれるようお願いしていた。
今日は平日で定休日ではなかったが、青島が風邪を引いてしまったために休業することにしていた。
夕べまでは元気だったのだが、喉の痛みに目を覚ました時にはきっちり発熱していた。
「ちゃんと病院に行くんだぞ」
室井に子供みたいな釘を刺されて苦笑してしまうが、心配されていることは素直に嬉しかった。
「はーい」
「おにぎりとスープを作ってあるから、昼もちゃんと食べろよ」
「ありがとうございます」
「夜もなるべく早く帰って来るから」
過保護なような気がしてくすぐったいが、やっぱり嬉しい。
だが、重病人でもあるまいし、そこまで気を遣ってもらうのも気が引けた。
室井だって仕事が忙しく暇ではない身の上だから、あまり世話はかけたくない。
「大丈夫だから、あんまり心配しないでください」
急いで帰って来なくて言いと告げると、室井は顔をしかめた。
「するなと言われて止められるくらいなら、心配なんかするか」
それもそうかと思いながら、青島が嬉しそうに笑うと、室井が痛くない強さで額を叩いた。
「大したことをしてやれるわけでもない、心配くらい思う存分させてくれ」
室井の妙な主張に、青島も遠慮するのは止めにすることにして頷いた。
「いい子にしてますから、早く帰ってきてくださいね」
落ちて来る柔らかい眼差しに、最初からそう言えば良かったと思った。
室井が出勤した後、青島は約束通りに病院に行き、予想に違わず風邪だという診察を受けてきた。
室井が作って行ってくれた昼食を有難く頂いて、薬を飲み、後はひたすらベッドで過ごした。
熱のせいなのか薬のせいなのか、横になっていればいくらでも寝られた。
眠りの浅くなった夕方になって、インターホンの音でようやく目を覚ました。
鍵を持っている室井の帰宅ではなく、来客を知らせるそれだった。
しつこくインターホンを鳴らすわけでもない来客だったが、青島は無視することはせずにだるい身体を起こした。
来客に覚えがある。
パジャマのままノロノロと玄関に向かいドアを開けると、予想通りすみれがいた。
「よっ、生きてる?」
彼女らしい見舞いの言葉に、青島は苦笑した。
青島が店を臨時休業にする時は体調不良と相場が決まっていて、すみれはそれを良く知っていた。
そして、いつも見舞いに来てくれるのだ。
家族がおらず、独り身の青島を心配しての見舞いだったのだろう。
昔から青島が風邪をひくと、すみれがご飯を作りに来てくれた。
だから、今回もすみれだろうと青島は思ったのだ。
「おかえり、すみれさん」
すみれは仕事帰りのはずだった。
「ただいま」
応えながら、すみれは青島の身体を押すようにして部屋に上がった。
「ほら、風邪なんでしょ?寝てて良いわよ」
「ん、ありがと…」
「病院は行った?薬は飲んだの?」
ここにも母親がいたと思い青島が笑うと、すみれは怪訝な顔をした。
「なによ」
「いーや、なんでもないよ。ちゃんと病院に行ったし薬も飲んでるよ」
「ご飯も食べてるわよね」
その辺りは室井がちゃんと世話をしているだろうと思ったのか、すみれは青島に聞くまでもなく断定した。
促されて青島がベッドに横になると、すみれは青島の額に手で触れた。
ひんやりした手だった。
「ちょっと、大丈夫なの?凄い熱いわよ」
「違う、すみれさんの手が冷たすぎるだけ」
「あ、そ…ならいいけど」
苦笑する青島から、すみれは手をどけた。
「生きてるみたいで安心した」
縁起でもない言い草だが、すみれなりの照れ隠しだから青島はなんとも思わない。
素直に心配しているとは、照れくさくて中々言えない人だった。
すみれの優しさは、この長い付き合いで嫌と言うほど分かっている。
「おかげさまで、無事でした」
青島が笑うと、すみれも笑みを見せた。
「ま、室井さんがいるから大丈夫だとは思ったんだけどね」
習慣で来ちゃったと笑う。
「嬉しいよ、来てくれて。一人で寝てるの寂しくてさ」
「子どもみたいなこと言わない」
わざと呆れた顔で笑い、すみれはビニール袋を掲げた。
「これお見舞い。冷蔵庫入れとくから、後で室井さんと食べて」
「ありがとう、助かる」
「私の時はメロンね」
かわいこぶって笑うすみれは実際可愛かったが、言ってる言葉はあまり可愛くなかった。
青島は苦笑して、善処しますと応えた。
玄関のドアをあけて、室井は目を剥いた。
何故かすみれがいたからだ。
丁度帰るところだったのか、靴を履いているところだった。
すみれも室井を見上げてきょとんとしていた。
「あら、おかえりなさい。お邪魔してました」
ペコリと頭を下げるすみれに倣い、室井も小さく頭を下げる。
「見舞いに来てくれたのか?」
「必要なかったみたいですけどね」
特にすることもなかったわと苦笑したすみれに、室井は首を傾げた。
「青島は喜んだんじゃないか?」
青島のことだから、すみれが心配して様子を見に来てくれたら喜ぶはずだった。
案の定、すみれは頷いた。
「それは、まあ」
「なら、必要だったんだろう」
真顔で言う室井を見上げ、すみれは小さく笑った。
なんだと眉をひそめた室井に首を横に振って見せたが、笑みを浮かべたままだった。
「青島君、さっき眠ったとこです」
「ああ、そうか」
「室井さん」
「なんだ?」
「青島君のこと、よろしくね」
すみれは笑っていたが、言葉は真摯だった。
彼女は青島が一番辛かった時に、一番近くにいて支えになってくれた人の一人だった。
その頃の青島を室井は知らないが、今の青島を見ていれば、すみれが彼にとって大事な人だとよく分かる。
すみれにとっても同じなのだろう。
室井が深く頷くことで応えると、すみれは照れ笑いを浮かべて帰って行った。
すみれの厚意をありがたく思いながら、室井は部屋に上がった。
部屋を覗くと、すみれの言う通り青島は眠っていた。
寝られるならいっぱい寝た方がいい、その方が回復も早い。
額に冷却シートが貼ってある。
男所帯のこの家にはそんなものの買い置きはなかったから、すみれが買ってきてくれたのだろう。
気遣いにまた感謝した。
そっと頬に触れ、首筋に手を滑らせて、掌で体温を計ってみる。
火照ってはいるようだが、朝より悪くなっているということもなさそうだった。
ホッとして手をひくと、青島がうっすら目を開けた。
「あ…おかえりなさい」
「ただいま。すまない、起こしたか」
「いや、寝てばっかりいるから、眠り浅いみたいで…」
確かに普段の青島なら少し触ったくらいで目覚めることはなかった。
青島は半身を起こして目を擦っていた。
子供みたいな仕草に勝手に笑みが浮かんでくる。
その顔を見た青島が不思議そうに首を傾げたが、なんでもないと首をふり、室井はもう一度頬に触れた。
体温を測るためではなく、ただ触れたかったからだ。
柔らかく撫ぜると、青島が気持ち良さそうに目を細めた。
そのまま何となく撫で続けていたら、青島は今度は口元を綻ばせた。
「なに、どうしたの?」
「いや、何となく」
「はは、くすぐったいです」
「そうか…」
それでも撫ぜていたら、青島が声を漏らして笑った。
楽しそうな笑い声を聞き、室井はようやく手をひいた。
その手を青島に掴まれる。
わずかに目を見開いて見下ろせば、青島は照れくさそうな顔をした。
「あ、と…すいません、なんでか手が出ちゃった」
ぱっと手を離すから、今度はその手を室井が掴む。
無言で見つめ合って、どちらからともなく苦笑した。
何をやっているんだか、という笑いだった。
それでも離れがたく、手を握ったまま室井はベッドに腰をかけた。
「別に、心細いとかっていうんじゃないですよ?」
握った手を軽く揺さぶって、病気のせいで心が弱っているわけではないと、青島が言う。
それならそれに越したことはない。
青島が辛くないのであれば、その方がいいに決まっている。
「そうか」
「ただ、なんか、ちょっと…」
「なんだ?」
「幸せだなーと」
室井が首を傾げると、青島が笑った。
「すみれさんがさ、お見舞いに来てくれてて」
「ああ…さっき、玄関で会ったぞ」
「あれ、そうだったんですか」
そう言ってから軽く咳き込み、辛いのか少し前かがみになって身体を折る。
室井が背中を摩ってやると、じきに呼吸が落ち着いてきた。
咳き込んだせいで若干高揚した顔をあげると、青島は呟いた。
「俺に何かあると、すみれさんとか真下とか、良くここに来てくれて」
「…そうか」
懐かしそうに話す青島の声を聞きながら、室井は背中を撫ぜ続けた。
「一人暮らしだから助かったっていうのもあるけど、単純に心配してもらえることも嬉しくて」
子どもみたいですよねえと青島は笑うが、自分のことに心を砕いてくれる人の存在は、どんな時でも有り難いものだ。
自分が辛い時であればなおのことである。
青島にとってどれだけすみれたちの存在が心強かったかは、想像に難くない。
「良い友達を持ったな」
心の底からの室井の言葉に、青島は笑って頷き、室井の胸に身体を寄せた。
当然のように抱きしめると、青島が体重をかけてくる。
常より熱い身体が心配になるが、甘えるように寄せられた身体が嬉しくて、抱き締める腕に力がこもる。
「見舞い来てくれるのは凄い嬉しいんですけど、その分帰っちゃう時が寂しくてね」
一人になることを寂しく感じるのは、当然の感情だった。
そう室井が慰めるより先に、青島が言った。
「でも、今日は平気でした」
「うん?」
「室井さんが帰って来てくれるの分かってたからね」
照れくさそうに笑う青島に、室井の胸が熱くなる。
自分まで発熱しそうだと思いながら、顔を寄せ、軽く唇を合わせた。
青島が嫌がらずに瞼を落としたから、何度も重ねる。
欲求のまま延々とキスを繰り返していると、青島の手が室井の胸を押し返すような動きを見せた。
これはもしかしなくても「やめろ」と言われているんだろうなと判断して、仕方なく顔をあげると、青島は笑いを堪えた顔をしていた。
「風邪、うつりますよ」
「構うもんか」
うっかり本音をこぼしたら、青島が目を丸くした。
その顔を見て、正気に戻る。
「やっぱり構うな」
二人とも風邪をひいたら、世話をする人がいなくなってしまう。
渋面でそう呟くと、青島が堪え切れないとばかりに笑いだした。
「そしたら一緒に寝てましょうよ」
それもいいなと思ったが、口から出たのは違う言葉だった。
「恩田君に怒られるぞ」
青島は大袈裟に慄いて、内緒話をするように室井の耳元に顔を寄せて囁いた。
「怒られる時は、一緒に怒られてくださいね」
頷いてもう一度唇を寄せてみる。
青島は笑ったまま目を閉じてくれたから、遠慮なく唇を重ねた。
本当に怒られることになるかもしれないなと思いながら。
END
2012.11.27
あとがき
ちょいちょい書いてる風邪ひき話ですね。
室青が書きたかったのか、仲のよい青島君とすみれさんが書きたかったのか、
良く分からない仕上がりになっております(笑)
タイトルは、朝も夜も昨日も明日も一緒ですよー!という感じで。
いやもう、タイトルがさっぱり浮かびませんで…(^^;
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