■ いつか、ずっと


喫茶店の明かりが漏れているのを見て、室井はホッと息を吐いた。
閉店時間を少しだけ過ぎていた。
例によって残業だったのだ。
本当なら今日は寄らずに帰るべきなのだが、少しだけ顔を出して帰りたかった。
青島に用事があるわけでも、約束があったわけでもない。
ただ、青島の顔を見たかっただけ。
一日に一度も青島の顔を見ず、声も聞かないと、落ち着かなくなっている。
―重症だな。
自分自身に苦笑しながら、室井は『CLOSED』の案内が出ているドアを開けた。
開けて、すぐ目の前にいた青島に驚く。
それは青島も一緒で、室井を見て目を丸くしていた。
だが、すぐに嬉しそうに目を細める。
「室井さんっ」
こんばんは、といつもと変わらない笑みを浮かべてくれた。
室井もつられるように相好を崩す。
「こんばんは…何してるんだ?」
長いモールのような物を手にしている青島に、首を傾げた。
「あ、ほら、もうじきクリスマスだから」
そう言って、開いたドアに隠れていたクリスマスツリーを指差した。
「飾り付けです」
なるほど、と思う。
そういえば、街の中はどこもかしこもクリスマス一色だ。
青島の喫茶店でも、飾りつけはするらしい。
「まあ、うちは、このツリーくらいなんですけどね」
1メートルくらいの高さのクリスマスツリーで、いくつかそれらしいオーナメントがぶら下がっている。
近くのテーブルの上には、まだ飾られていないサンタやら星やらがいっぱいあった。
閉店を待ってから始めたのか、飾り付けの真っ最中だったようだ。
「すまない、邪魔を」
「あ、全然、全然」
言いながら、青島は手にしていたモールをテーブルの上に置いた。
「コーヒーいれますから、飲んでいきません?」
「しかし」
「どうせ、飾りつけ終わらないと上がれないし」
もみの木だけ出してあったら寂しいでしょ〜と笑ってくれる。
室井は少し考えて、やっぱり首を振った。
「いや、いいんだ」
「でも」
「それより、俺も手伝ってもいいか?」
星のオーナメントを手にとって聞いてみると、青島はまた目を丸くした。
一瞬間があったが、すぐに笑みを零す。
「あ、マジっすか?」
「ああ」
「でも、疲れてません?仕事の帰りだし」
また残業でしょ?と少し心配そうに眉を寄せるから、室井は小さく微笑んだ。
「これくらい大したことじゃない…というか、実はちょっとやってみたい」
「え?」
「俺の実家にはこういうものがなかったから、飾り付けとかしたことないんだ」
別に室井家が敬虔な仏教徒だったとかいうわけでなく、室井の実家にはクリスマスツリーが無かっただけだ。
クリスマスにはケーキくらい食べたし、小学生の頃は当然のように親にクリスマスプレゼントを強請った。
七面鳥が出て来たことはなかったが、代わりに焼き鳥を食べた年もあった。
だが、クリスマスツリーに飾り付けをしたことはない。
友人の家にあったのを見かけたことはあったが、こうしてオーナメントを手に取ってみることも初めてだった。
そういうわけで、今の日本人にとって慣れ親しんだクリスマスでも、クリスマスツリー自体は室井にとっては新鮮だったのだ。
そんな話を青島にすると、笑いながら頷いた。
「んじゃ、室井さんの初体験っすね」
「ん?…ああ、そうなるな」
「ははっ、じゃあ、一緒にやりましょうか」
青島は再びモールを手にして、クリスマスツリーに向かった。


「これは、どこに飾ったらいい?」
「あ、どこでも好きなとこでいいっすよ〜」
「……センスに自信がないのだが」
「ぷっ…そうだったんですか?」
「そうなんだ、美術の成績も悪かったし」
「あははは、そうっすか〜。大丈夫っすよ、そんなの全然気にしないで」
「…そうか?」
「そうそう。どんどん空いてるところに飾ってってください」
「ん……ところで、コレなんだ?」
「え?サンタクロースですよ?」
「…顔が邪悪過ぎないか?」
「あは…っ、確かにそうかも〜」
「こういうものか?サンタクロースは…」
「普通は恰幅の良い優しそうなお爺さんっすね」
「なんかひょろひょろした人参の出来損ないに見えるが」
「しかも顔が邪悪だしね」
「…子供、泣かないか?」
「あ、ほら、子供って変なもの好きだし」
「そういうもんか」
「多分……あ、室井さん」
「うん?」
「この電飾、そっちに回してくれます?」
「巻きつけていけばいいのか?」
「はい……ヨシ。ちょっと電気つけてみますね〜」
「ああ」


店内の明かりを少し落として、ツリーのライトを灯す。
明かりの灯ったツリーは、ささやかではあったが充分きれいだった。
広くない青島の喫茶店ではこのサイズが丁度良いのだろう。
「ありゃ…いくつか電球きれてますねぇ」
青島が苦笑した。
確かに、ところどころ電気がついていない。
「何年も使ってるから、切れちゃったんだなぁ」
「毎年飾ってるのか?」
「ええ、親父がやってた頃から、ずっと飾ってるんです」
青島は少し目を細めた。
この店にいれば、思い出すことはいっぱいあるだろう。
きっとそこかしこに、想い出がいっぱい。
室井はなんとなく手を伸ばして、隣に立つ青島の手の平を握った。
ちょっと驚いたように室井を振り返った青島だったが、室井と視線を合わせるとぎこちなく微笑んだ。
「…久しぶりです」
「え?」
「誰かと一緒に、飾り付けるの」
言ってから、照れ臭そうな笑みを零した。
「へへ…楽しかったです」
室井から視線を反らすと、少し俯いて笑う。
その横顔が寂しそうだったがどこか嬉しそうでもあって、それが室井のせいならいいと思った。
「来年も、一緒にやろうな」
握った手に力を込めると、青島が顔をあげた。
振り返った青島に、ちょっと笑ってみせる。
「その次も、きっと」
室井を見つめたまま、青島は瞬きを繰り返した。
少し困った顔をして、視線を逸らして、また俯いて、笑みを零すと、顔をあげた。
真っ直ぐに室井を見て、大きく笑う。
「ええっ、きっと」
嬉しそうな笑顔が嬉しくて、ホッとして。
室井は握った青島の手を軽く引き寄せた。
素直に近付いてきた青島の頬に触れると、そっと唇を重ねる。
握っていた青島の手に力が篭る。
その温もりがやっぱり嬉しくて、室井はそのまま片手で青島を抱き寄せた。
「必ず」
そう囁くと暫くして、青島の手が室井の背を抱いた。


もっと、ずっと、傍にいたい。
青島に寂しそうな顔をさせたくない。
自分がいることで少しでも青島が嬉しくなってくれるなら。
もっと、傍に―。


室井は青島を抱きしめながら、そう思った。










END

2005.12.24

あとがき


クリスマス当日のお話でも良かったのですが、
二人で飾りつけしてたら可愛いなぁと思って書きました。
某様とのメールのやり取りで浮かんだネタです(いつもお付き合い有難う御座います!)

ちょっと切なめでしょうかね。
意識して、同居編につなげようかと(笑)
ここで室井さんは「一緒に暮らしたい」もしくは「暮らそう」と決意するんです。
多分(おーい)

邪悪なサンタのオーナメントは、昔うちにあったツリーのオーナメントでした。
本当、育ちの悪い人参みたいなサンタクロースで、顔が邪悪でした。
あんなの煙突から入ってきたら、警察呼びますよ(笑)
実物がないと分かり難かったかな…;ぴんとこなかったら申し訳ないです!


そんなわけで、Happy Merry Christmas!です!!


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