■ ここから(3)


スーパーで買い物を済ませると、室井は青島を真っ直ぐキャンプ場に送ってくれた。
「結局送ってもらっちゃってすみません」
ハンドルを握る室井を横目で見ながら声をかけた。
「気にしないでくれ。元々迷惑をかけたのは俺なんだ」
「それこそ、もう気にしないでくださいよ」
洗濯してもらった挙句に車で送ってもらっている。
そこまでしてもらっているというのに、これ以上気にされては青島の方が恐縮してしまう。
室井は頷いて、話を変えた。
「一倉が、すまない」
室井の少し変わった友人を思い出して、青島は苦笑した。
帰り際に室井に「送り狼になるなよ」とまで言っていた。
青島のことを一体何だと思っているのか。
―俺が羊…か弱い女の子にでも見えるってか。……いや、それはないか。
青島はひっそりと笑った。
きっと冗談の好きな男なのだろうと、勝手に納得した。
「面白い人ですね」
室井の友人であるから多少意識して、好意的な表現にしてみた。
意訳すると、変わり者ですね、といったところか。
室井は眉を寄せる。
「俺にとっては面白くはないんだが」
「あははは…でも仲良いんでしょ?」
「腐れ縁なんだ」
腐れ縁にも色々あるだろうが、避暑に一緒にくるくらいだから仲が悪いなんてことはないだろう。
「あ、ここでいいです。すぐそこ駐車場なんで…」
少し先に車が沢山停まっているのが見える。
そこがキャンプ場の駐車場だった。
室井はそこで停めず、駐車場の中まで入ってくれた。
「ええと、色々とありがとうございました」
青島がペコリと頭を下げると、室井も返してくれる。
「いや、こちらこそ」
顔を上げると視線がぶつかって、どちらからともなく笑みを零した。
何となく別れがたい。
だが、引き止める理由はないし、いつまでも室井の車に乗っかっているわけにもいかない。
青島はドアを開けた。
「…じゃあ」
「ああ…」

「あーっ、青島君!」

車を降りた途端、大きな声が響いた。
振り返ると、青島を指差しているすみれがいた。
真下も一緒だ。
「遅いっ!何してたのよ〜」
私のチーズはぁ?と詰め寄られて、青島は苦笑した。
「ちゃんと買ってきたよ」
チーズの入ったビニール袋を差し出す。
すみれはそれを受け取るととりあえず納得した。
分かりやすい人である。
「んで?何してたわけ?」
「心配してたんですよ〜。誘拐でもされたんじゃないかと思って」
極端な話に、青島は呆れた顔をした。
「俺なんか誘拐してどうするのさ」
「人体実験の役にくらいはたつんじゃないの?」
「ちょっと、すみれさん」
「後は、ナンパとかね。先輩、スキだらけだから」
「何…」
真下の発言に文句を言おうとした青島を遮って、室井の声がした。
「すまない、私のせいなんだ」
いつの間に車を降りたのか、室井が傍に立っていた。
すみれも真下も目を丸くしている。
「やだ…本当にナンパされてたの?」
「すみれさんっ」
青島が怒鳴ると、室井は眉間に皺を寄せた。
そして事情を説明してくれる。
「……そういうわけで、今まで青島君を引き止めてしまったんだ」
「なーんだ、そういうこと」
つまらなそうなすみれとは対称的に、真下は面白そうに言った。
「あれですね、ドラマみたい。これでどちらかが女の子だったら、恋の始まりですよ」
一瞬、場が静まりかえる。
青島と室井は何となく顔を見合わせると、青島は愛想笑いを浮かべ室井は表情を強張らせた。
そのまま何となく顔を背け合うと、青島は真下の頭を軽く叩く。
「何、馬鹿なこと言ってんだよ」
「な、なんですか〜、照れなくたっていいでしょ」
「ばっ、だっ、誰も照れてないよっ」
動揺が声に出ているようでは、認めたようなものである。
青島が照れる理由などない。
―はず、だ、よ、な?
自信を持てない自分が悲しい。
「……室井さんっていいましたっけ?」
黙っていたすみれが、室井を見てニコッと微笑む。
青島は嫌な予感がした。
「あ、ああ…」
すみれの何とも言えない迫力に、室井も引き攣っている。
「良かったら、一緒にバーベキューしていきません?」
室井は目を丸くしたが、驚いたのは青島も一緒である。
「ちょ、すみれさん?」
「送ってきてもらったお礼よ」
「お、お礼って……室井さんにも都合ってもんが」
あんな立派な別荘に宿泊しているのだから、夕食も豪華なのかもしれない。
なら、わざわざ青島たちと外でバーベキューなどする必要もないだろう。
室井に迷惑が掛かるといけないと思い一人慌てる青島をよそに、室井は落ち着いたものだった。
「……構わないのだろうか」
室井の口から出たのは肯定の言葉で、青島は更に驚いた。
「もちろんです、ね?」
すみれが真下に振ると、真下は大きく頷いた。
そもそも真下はすみれに逆らえない。
すみれの視線がそのまま青島に向いた。
室井もじっと見つめてくるから、青島はがくがくと頷いた。
「それはもちろんっ……だけど、本当にいいんですか?」
青島が遠慮がちに尋ねると、室井は小さく微笑んで頷いた。


***


「ちょっと、青島君!それ私のお肉っ」
「ええ?他にもいっぱいあるでしょ」
「私が目をつけてたのっ」
「なら名前でも書いといてよ」
「雪乃さん、取ってあげるよ」
「ありがとうございます。でも自分で取れますから」
「…雪乃さ〜ん」
「室井さん、食べてます?」
「あ、ああ」
「これも焼けてますよ」
「青島君、だからそれ私の」
「…恩田君、君が食べていいぞ」
「あら、悪いわね〜室井さん」
「ちょっと、すみれさんっ、室井さんお客さんだよ」
「室井さんも遠慮してたら皆すみれさんに食べられちゃいますよ〜」
「雪乃さんまで失礼ねぇ」
「いや、俺は充分頂いて…」
「室井さんの分は俺が確保しますから〜」
「い、いや、だから」
「雪乃さんの分は僕に任せてっ」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
「……雪乃さ〜ん」


真下が打ち上げ花火に火を付ける。
もちろん花火大会のような迫力は全くないが、それでも暗闇の中では良く映える。
少し離れた場所からすみれや雪乃の高い声が聞こえた。
「すいません、花火まで付き合わせちゃって」
隣に立っていた室井に向かって言う。
ヤケに騒がしいバーベキューを漸く終えた頃には真っ暗で、早速花火をしようということになったのだ。
当然のように室井も道連れである。
室井は青島を振り返って、首を振った。
「いや、俺こそ、花火まで参加させてもらって、すまない」
「いえいえ、こっちが無理言って……って、もうどっちでもいいか」
青島が投げ出すと、室井は目を丸くした。
その目を覗き込むように、青島は室井を見つめる。
「室井さん」
「な、何だ?」
「楽しかったです?」
「ああ…楽しませてもらった」
室井が頷いたから、青島は破顔した。
「俺も楽しかったです」
だからどっちが迷惑をかけたんでもかけられたんでも、そんなことはもうどうでもいい気がしたのだ。
室井にもそれが伝わったのか、小さく笑みを浮かべた。
「そうだな」
「ええ」
「ほら、二人とも何しんみりしてんのよっ」
大分酔っ払ったすみれが、二人の間に割り込んできた。
「しんみりするのはこれからでしょ〜、ハイ」
すみれが二人に手渡したのは線香花火だった。
「え〜?いいよ、すみれさんと雪乃さんでやりなよ」
線香花火という柄でもないと思って断ったが、それを言ってしまえばすみれもそんな柄ではない。
怒られるのはイヤなので、口には出さなかったが。
「いいから、やんなさいよ。これ、ノルマ。当然室井さんもね」
室井が困った顔で青島を見てくるから、青島は苦笑しながら花火を受け取った。
「りょーかい」
「ん、素直で宜しい。室井さんは?」
「あ、ああ…では有り難く」
宜しい、と偉そうに繰り返して、すみれは雪乃たちの所へ戻っていった。
その後姿を見送って、青島は小さく呟いた。
「まとめて一度にやったら怒られますか?」
「……多分、な」
青島は諦めてポケットからライターを取り出すと、しゃがみこんだ。
室井もそれに倣う。
「どうぞ」
ライターを差し出すと短く礼を言って室井は花火を近付けた。
室井の花火に火が点くと、自分のそれにも火を点ける。
「何年ぶりだろう」
「あ、俺も久しぶりです。線香花火なんてするの、ガキの頃以来じゃないかな」
「俺は花火自体久しぶりだな」
パチパチと燃える花火を見ながら、他愛もない会話を交わす。
青島は室井に聞きたいことがあった。
―線香花火をしながら聞くなんて、ちょっとムードありすぎて気が引けるんだけど。
そう思いながらも、多分今聞かなければ二度と聞けないから。
もう二度と会えないから。
だから、どうしても聞きたかった。
短い沈黙の後、青島が口を開こうとした瞬間に、室井に先を越された。
「青島」
「は、はい?」
「……東京に帰ってからも、会えないだろうか」
室井が花火を見つめたまま、ポツリと呟いた。
青島は思わず目を剥いた。
青島が聞きたかったことも、まさにそれだったから。
バーベキューをしながら、簡単に互いのプロフィールに触れた。
現住所が互いに東京なことも確認しあっている。
その時に、青島は思ったのだ。
―東京に帰っても、室井さんに会いたいなぁ。
どうやら、室井も同じ気持ちだったようだ。
黙ってしまった青島に、室井は不安そうな視線を寄越した。
「…迷惑、だろうか」
青島は首を振って、ポケットに手を突っ込んだ。
中から一枚の紙切れを取りだし、室井に差し出す。
「これは…」
渡したのは、青島の名刺だった。
「俺も、室井さんと同じこと考えてました」
名刺渡して、迷惑じゃなければ連絡をもらえれば、と思っていたのだ。
そうすれば、これからもっと親しくなれるかもしれない。
そんなことを考えていたから、ポケットに名刺を忍ばせていたのだ。
室井は暫くじっと名刺を見つめ、それから青島を見た。
「連絡する……必ず」
青島は思わず微笑んだ。
「ちょっとー二人ともいつまでやってんのよ。もう終わっちゃったわよ」
ふと気付くと、他の三人は線香花火を終えていた。
青島と室井はというと、いつの間にか手にしていた線香花火は火だねが落ちて、未使用の線香花火が何本も残っていた。
「あ、ごめん、まだいっぱい残ってるや。すみれさんたちもやる?」
差し出してみたが、案の定断られた。
「やぁよ。ノルマって言ったでしょ?青島君も室井さんも、それ終わるまで戻ってきちゃだめ〜」
すみれはそう言うと、雪乃と真下を連れてテントの方に戻っていった。
「また勝手なことを…」
呆れつつも、青島は逆らわない。
花火を室井に翳して見せた。
「とにかく、やりますか」
室井も苦笑して頷いた。


最後の一本に火を点ける。
「キレイですけど…どうしてこんな儚いモン作ったんでしょうね」
青島は線香花火の火を見ながら呟いた。
精一杯と言わんばかりに燃えて、燃え尽きたら落ちて終わる。
花火はどれもそうだが、線香花火の消えかたは特に物悲しく感じる。
二人きりで何本もの線香花火をしていたら、さすがにちょっと考えたくもなった。
「だからこそキレイなんだろうな……きっと」
室井が呟いた。
視線を花火から室井に移して、青島は身を堅くした。
煙りの向こうから室井が青島を見つめていた。
気まずさに視線を反らそうと思うのだが、眼差しの強さに中々かなわない。
線香花火が落ちて火が消えた。
その瞬間。
唇に柔らかい感触。
それは本当に一瞬で、青島はただただ呆然としていただけだった。
すぐに離れた室井は、立ち上がって、青島に背を向けた。
「行こう」
「は、はぁ…」
促されて、青島も立ち上がる。
背中を向けたまま、室井が小さく呟いた。
「連絡をしても、本当にいいか?」
『キスをしたのに』
室井は言わなかったが、青島にはそう聞こえた。
徐々に青島の頬に熱が昇る。
真っ暗で良かったと思いながら、青島は室井の横に並んだ。
「約束、ですよ?」
室井は目を剥いて青島を見つめてくる。
それに青島は照れ笑いを浮かべた。
「待ってますから」


室井はもう一度繰り返した。
「必ず」










END

2005.11.26

あとがき


室井さんの手が早い(笑)
拙宅じゃ一番じゃないでしょうか(^^;
パラレルだからって好き勝手しておりますが…。

東京に帰ったら本格的にお付き合いがスタートするんじゃないかと!



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