■ ゆめのくに


入場ゲートをくぐった途端、青島は自身のテンションが上がるのを実感していた。
正確に言えば、舞浜の駅を降りたところから上がりっぱなしである。
隣を振り返れば見た目には全く変化のない恋人がいるが、今更温度差など気にする青島ではない。
「なんか凄いですね、まさに夢の国って感じ」
興奮気味な青島に、室井は苦笑した。
「来たことあるんじゃなかったのか」
「ありますけど、ガキの頃ですからね」
小学生の頃に両親にねだり連れて来てもらったことがあるが、もうあまり覚えていない。
ミッキーマウスと一緒に写った写真が家にあるが、撮ってもらった記憶は曖昧だった。
園内は異国の雰囲気のある建物が並び別世界を思わせ、あちこちに象られたキャラクターの姿がなんとも可愛らしい。
青島は室井とディズニーランドに来ていた。
室井からの誕生日プレゼントだった。
何が欲しいかと聞かれたから、ダメ元でディズニーランドに行きたいとおねだりしてみた。
遊園地なら一緒に行ったことはあるが、ディズニーランドには抵抗があるのではないかと思ったのだ。
ディズニーランドは人が多いし、何よりおそろしくメルヘンだ。
室井は人混みがあまり得意ではないし、メルヘンな世界に興味があるとも思えなかった。
だが、デートで行ったというクラスメートから凄く良かったと話を聞いた青島は、是非一度行ってみたいと思っていた。
実はクラスメートと集団で行こうかという話にもなっていたが、金が足りないという友人が多数で延期になっていた。
学生にとってディズニーランドの入場料は決して安くない。
お年玉という子どものボーナスを当て込み年明けに延期になったが、その前に誕生日のお祝いをしようと計画してくれる恋人に甘えて、ねだってみた。
一月や二月我慢出来なかったわけではないが、どうせなら自分もデートで行きたいなと思っただけである。
傍から見てもデートにはまず見えないだろうが、気持ちの問題である。
青島がデートと思えばデートであり、デートというからには浮かれもする。
しかも場所は夢の国で、更に恋人からの誕生日祝いだ。
青島のテンションが上がるのも無理はない。
もっとも生憎と青島の誕生日は平日だったため、直前の休日にデートとなった。
人波に沿って流されるように歩きながらも、青島は落ち着きがなかった。
「ミッキーの耳が売ってますよ」
「被るのか?」
「室井さんが被るなら」
「…俺はいい」
「じゃあ、俺もいいや。一人で被るのはちょっと」
「被るなら買ってやるぞ」
「えっ、買ってくれるんですか?えーと、それならアレがいいです」
「ポップコーン?来て早々、いきなり食うのか?」
「それもそうですね。あ、お土産買わなきゃ」
「待て、それこそまだ早い。というか、少し落ち着け、青島」
室井に言われて、ショップを覗き込んでいた青島は照れ笑いを浮かべた。
「俺、浮かれすぎ?」
「少しな」
室井はそう言ったが、咎める雰囲気では無かった。
「まだ来たばかりなんだ、そんなに急がなくても」
夜まで時間はいっぱいあるからと言われて、青島は少し肩の力を抜いた。
「そうですね。なんか折角だから楽しまなくちゃって、焦っちゃって」
「そんなに喜ぶならまた連れてきてやるから」
室井が何の気なしにそう言って、ほら何から乗る?と促してくれる。
男前な恋人に笑みを返したが、青島は少し複雑な思いだった。
元々青島よりもずっと大人びていた室井だが、大学生になり益々大人になったような気がした。
年齢にすると二歳しか違わないが、大学生と高校生では環境が違う。
室井は大学に入ってからも真面目に勉強に励む一方で、家庭教師のアルバイトを始めていた。
今日は誕生日祝いだからともかく、たまのデートの時にも室井が奢ってくれることが増えていた。
嬉しいし有り難いことだとは思っているが、室井との小さな差を実感するたび、一足先に室井が大人になってしまったように感じて少し寂しかった。
「青島?どうかしたか?」
少し考えこんでいた青島に、室井が気遣わしい視線を寄越した。
「怒っているわけじゃないから、はしゃぎたかったらはしゃいで構わないぞ」
真顔で言われて、青島は吹き出しそうになった。
はしゃげと言われてはしゃげるものでもないが、室井は至って真剣である。
俺はこどもか。
内心で思ったが、今度は年の差を気にして寂しいとは特に感じなかった。
大事にされているなと、思っただけだ。
「ダメって言われても、はしゃいじゃうかも」
楽し過ぎてと悪戯っぽく笑った青島に、室井からも小さな笑みが返ってきた。
「行こう、並ぶんだろ?」
室井に促されて、青島は元気よく返事をした。

ディズニーランドは、とにかく並ぶ。
週末だしクリスマス期間ともあって、余計に混み合っていた。
室井は君のお祝いだからと青島の乗りたいアトラクションを優先してくれたため、とりあえずビッグサンダーマウンテンのファストパスを取った。
青島はこどもの頃に、室井は初めての来園だったから、二人ともディズニーランドには全く詳しくないが、青島は友人からファストパスを活用した方がいいという情報を仕入れていた。
そのためまずビッグサンダーマウンテンのファストパスをとった後、スプラッシュマウンテンの列に並んだ。
「スペースマウンテンも乗りたいなあ」
長い列に並びながら青島が言うと、室井が苦笑した。
「山ばかりだな」
「本当だ」
青島は笑いながら、園内のマップを眺めた。
「後、マイケルジャクソンとかスターウォーズのヤツも乗りたいです。室井さん、3D大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。酔ったりはしないから」
「良かった。ホーンテッドマンションも乗りたいなー…あ、いや、やっぱりいいや」
室井がお化け屋敷を苦手としていることを思い出して、慌てて取り消した。
ホーンテッドマンションがお化け屋敷ほど恐怖を煽るようなアトラクションかどうか分からないが、嫌いな人は嫌いかもしれない。
怖がる室井を実は可愛いなどと思わなくはないが、だからといってわざわざ嫌な思いをさせたいとも思わない。
だからいらぬ気を回した青島に、室井は眉を寄せた。
「ディズニーのアトラクションくらいなら大丈夫だ、多分」
強がりつつも、「多分」に室井の素直な感情が見えなくはない。
「本当に大丈夫ですか?」
「子どもが乗れるんだ、大丈夫だろう」
「うーん、じゃあ乗れたら乗りましょうか」
「ああ」
室井が平気なら乗ってみたかったが、ディズニーランドのアトラクションは一日で制覇するのは難しいと聞いていた。
人気のアトラクションだと二時間三時間待つのが当たり前だからだ。
それを考えれば、青島が希望するアトラクションの全てを乗るのは無理だろう。
「乗れなかったら、次回の楽しみに取っておけばいいもんね」
青島が一人納得したように呟くと、室井は青島をちらりと見て小さく笑った。
「気が早いな」
そういえば、今のところ並んでいるだけで、まだアトラクションには一つも乗っていなかった。
確かに気が早かったなと、青島も笑った。
「楽しくて、つい張り切り過ぎました」
素直な青島を、室井は目を細めるように見つめていた。

「面白かったですね!」
スプラッシュマウンテンとビッグサンダーマウンテンを乗り終え次のアトラクションに向かう途中、青島はジェットコースターで高揚した気分のままだった。
見た目は特に変わらない室井も、頷き青島に付き合ってくれた。
「そうだな」
「スプラッシュマウンテンはちょっと寒かったけど」
「濡れたもんな」
「どっちが楽しかったですか?」
「どちらといえば、ビッグサンダーマウンテンかな」
「俺も!」
そんなことが一緒で嬉しいなんてあまりにも子供じみているが、隠すつもりも更々なく嬉しげに笑う青島に室井も呆れたりしなかった。
「スペースマウンテンも混んでるかなあ」
「混んでいたら、ファストパスを取ろう」
「そうですね、次はその辺りのアトラクションを…あ、肉だ、美味そう」
通りに出ていたスモークターキーレッグのワゴンに、青島は目をつけた。
少し列が出来ていたが、長くはない。
これならそれほど待たずに買えるだろうと、青島はワゴンを指差し室井を振り返った。
青島の「肉だ」発言から、室井は既に苦笑していた。
「ポップコーンは良かったのか?」
「それも後から食います。並んできていい?室井さんも食います?」
「君のを一口もらうからいい」
「はーい。じゃあ、あの辺座って待っててください」
青島は近くのベンチを指差すと、意気揚々とターキーの列に並んだ。

妙に若者の心をくすぐるターキーの足に満足し、スペースマウンテンのファストパスを取ると、あまり混んでいなかったキャプテンEOに40分ほど並んで乗った。
短編映画を見るようなアトラクションだったが、迫力もあり中々楽しめた。
その後レストランで昼食を取ることになった。
こういったアミューズメントパークは飲食店の相場はお高いものと決まっているが、夢の国でもご多分に漏れない。
青島は遠慮したが、室井は誕生日だからとクリスマス仕様のコースをご馳走してくれた。
二人とも若いだけあってデザートまでペロリと平らげ、青島は柔らかいステーキに大袈裟に感動し室井に苦笑された。
レストランを出ると、近くにあったアトラクションに並んだ。
カリブの海賊に乗った青島は単純にもパイレーツオブカリビアンが観たくなり、まだ観たことがないという室井と近いうちにDVDをレンタルして観ようと約束し、楽しみを増やした。

ファストパスを使ってスペースマウンテンに乗ると、青島が希望したマウンテン系を制覇した。
「いやあ、楽しかったなあ」
もう一回乗りたいくらいだと青島は笑った。
「三時間待ちって書いてあったぞ」
「マジですか、じゃあ他のヤツに乗った方がいいっすね」
「ホーンテッドマンションに並ぶか」
ちらりと室井を見ると、室井は嫌そうに眉を寄せた。
「なんだ」
「いや…無理してません?」
「してない、今更君に見栄なんか張るか」
むっつりと言い捨てられたわりにそれは嬉しい言葉で、青島は破顔した。
「じゃあ、ホーンテッドマンションに行きますか」
「ああ」
地図を確認して、ホーンテッドマンションに向かう。
園内は広過ぎて現在地が分からなくなることが多々あったし、移動にも時間がかかった。
並んで歩きながら、青島は鼻をひくひくさせた。
近くに行列が出来ていて、その先にあるのはポップコーンの屋台だった。
青島は目を輝かせて室井を振り返った。
言わなくても分かるという顔で、室井は軽く手を振った。
「行って来い」
青島は列に並んで、ポップコーンを購入した。

ホーンテッドマンションも二時間待ちだった。
それが当たり前だと聞いていたから驚かないが、足に疲労は感じていた。
それでも青島が元気なのは、若いからか、室井と一緒だからか。
浮かれているから身体の疲労を精神があまり感知していないというのが正しいかもしれない。
青島と同じ状態なのかどうかは分からないが、室井も平気そうにしていた。
「色んな味があるんですってね」
並びながら、ポップコーンをつまみつつ、室井に言った。
「そうなのか」
「チョコレートとかカレーとかあるんですって」
カレーも食いたかったなと言いながら青島が買ったのはしょうゆバターだった。
ワゴンによって売っている味が違った。
「これも美味いが」
「そうっすね」
「確かにカレーも惹かれるな」
「でしょ?どこかで見つけたら、また買っちゃうかも」
「ポップコーンばかりそんなに食うのか」
「だって食わないと後悔しそうだし」
「そんなにか?」
大袈裟な青島に驚いたように呆れた室井だったが、見つけたら買ってやると言ってくれた。
いつにも増して室井が青島に甘い。
その理由が自身の誕生日にあることを承知している青島は、照れくさいが甘えておくことにした。

「怖くなかったですね」
「全然な」
ホーンテッドマンションは不気味な雰囲気ではあれどそこはやっぱり子どものためのアトラクションであり、幽霊や骸骨にもどことなく愛嬌があり、特に怖い場面は無かった。
「ちょっと短かったな」
「ですね、もうちょっと見てたかったなあ」
「そうだな、一瞬だった気がするな」
「あんなに並んだのにね」
どれに乗っても並んだわりにすぐ終わってしまうアトラクションに似たような感想が漏れるが、苦笑する室井も無理しているふうではなく、楽しめたようで青島も密かに安心した。


「日が暮れて来ましたね」
それほど遊んでいたつもりはなかったが、もうすぐ16時になる頃だった。
時計を確認した室井も少し驚いていた。
「早いな」
「本当ですね」
「並んでばかりいるからか」
「それもあるけど、楽しいからじゃない?」
青島が屈託なく笑えば、室井も否定しなかった。
「そうだな」
「室井さんも楽しい?」
「当たり前だろ」
眉間に皺を寄せながら言うから、青島は笑ってしまった。
表情には出なくても、室井が青島に嘘をつくわけがない。
眉間の皺も照れているせいだとも分かっている。
青島が零した笑みと、意味合い的には変わりなかった。
幸せだなあと微笑んでいた青島の視界に、ふと人混みが目に入る。
そもそも人だらけの園内だが、小さな人垣の中央には、青と白と黄色の着ぐるみが見えた。
「室井さん!ドナルドだ、ドナルド!」
思わず隣の室井の肩をバシバシ叩いた。
「分かった、俺にも見えてる、見えてるから」
それなりに痛いらしい室井が顔をしかめるが、ドナルドダックにテンションの上がった青島は気付いていなかった。
室井とドナルドを交互に見る。
「俺も写真撮りたいです」
「そうか、それなら並ぼう、並ぶから叩くの止めないか」
青島はハッとして慌てて手をどけた。
「すみません」
室井は怒ってはおらず、ただ苦笑し「列に並ぼう」と言ってくれた。
ドナルドダッグを挟んで満面の笑みを浮かべる青島と、どんな顔をしたら良いのか分からない室井が写った写真は、翌日から青島の部屋に飾られることになる。

エレクトリカルパレードまできっちり堪能し、混雑したショップで土産を買うと、二人は帰路に着いた。
来た時と同じく人波に沿うように駅に向って歩きながら、青島はひっそりと溜め息をついた。
「もう帰っちゃうんですね」
どこか不満げに響く声に、隣りを歩く室井がちらりと視線を寄越す。
「物足りなかったか?」
「そんなわけないでしょ。満足過ぎて、帰らなくちゃいけないことに不満なだけです」
真顔で答えた青島に、室井は安心したように「そうか」と呟き頷いた。
「また来ればいいだろう」
「室井さんも一緒?」
この日何度も口にした言葉だが顔をのぞき込むようにしてもう一度確認すれば、室井は笑みを浮かべて頷いてくれた。
「君さえ良ければな」
「約束ですよ」
「ああ、約束だ」
「じゃあ、仕方ないから帰りましょう」
当然のことを宣言した青島の疲れて重かったはずの足取りが、少し軽くなった。
先の楽しみができたからだ。
ディズニーランドに限らず、室井と色んな場所に行ってみたい。
二人が学生ではなくなり社会人になれば、もっと違う世界が見られるだろうか。
その時が来ても、今と変わらず、二人で同じ景色を見られるだろうか。
そうであればいいなと、青島は思った。
「青島」
呼ばれて室井を振り返れば、室井も青島を見つめていた。
思ったより真剣な眼差しとぶつかり、青島も表情を引き締める。
「どうしたんです?」
室井が低く囁いた言葉に、青島は少し驚き照れたが、笑みを返して頷いた。




バスルームから出ると、室井はベッドに腰を掛けてテレビを見ていた。
青島に気付き、手招きする。
青島が素直に近付くと、そっと手を引かれ抱き寄せられた。
室井は座ったままだから、腹の辺りに室井の頭がある。
室井の髪に触れながら、青島は小さく笑った。
「俺、ビジネスホテルに泊まるの、初めてです」
高校生の青島をいかにもなホテルに連れて行くことを躊躇った室井が選んだのは、極普通のビジネスホテルだった。
今夜はここに泊まる。
まだ離れたくない。
帰路に室井がそう言ってくれたから、日帰りデートのはずが急に泊まりになった。
「嘘を吐かせてすまない」
青島の腹に顔を埋めたまま室井が呟いた。
友人の家に泊まると、青島は母親に連絡していた。
特に疑われてもいないだろうし、実際一緒にいる人は友人として紹介している室井だから、嘘ばかりでもない。
もちろん正しいことではないだろうし、母親に本当のことを言えない後ろめたさはあったが、青島や室井の若さでは、それよりも恋人を優先したくなっても無理はない。
青島は室井の頭から耳の裏に指を滑らせて、小さく笑った。
「嘘なら、室井さんも吐いてるじゃない」
実家住まいの室井も、外泊の理由は捏造するしかない。
いくら室井でも、馬鹿正直に男の恋人とホテルに泊まると伝えるはずもなかった。
「俺は自業自得だ」
「俺だってそうですよ、一緒にいたいから帰らないんだ」
ただ一緒にいたいからだけではなく、そこにはセックスがしたいという欲求だって含まれている。
だが、それだけなら、宿泊する必要はない。
まだ離れたくない、二人きりでいたいから、今夜は一緒に過ごすのだ。
室井が少し顔をあげた。
「お互いさまか」
「そうそう、それですよ。持ちつ持たれつです」
「それは少し違う気がするが」
「はは、何でもいいですよ」
律儀な室井に笑う青島に、室井も眉尻を下げて柔らかく笑った。
「青島、おめでとう」
「ありがとうございます」
短く唇を合わせて「すげえ、嬉しいです」と囁けば、何かが外れたらしい室井が少し強引に青島をベッドに引っ張り上げた。
青島は笑いながら室井に抱きついた。


ディズニーランドを堪能した青島だったが、休み明けにクラスメートにそのことを自慢することはしなかった。
あの日の事を知るのは、青島と室井だけである。










END

2014.1.26

あとがき


40万HITリクの、TDLに行く室青でした。
お待たせしてすみませんでしたっ。
そして、なんだかまた恥ずかしいモノを書いてすみませんでした…(笑)

高校生の金銭感覚なら、TDLの入場料とか高いですよね。
いえ、今の自分の感覚でも高いですもん(貧乏)
バイト代で青島君を喜ばせたい室井さん。
室井さんは何時代(時代?)でも青島君のために一生懸命だといいですね。

時期的には、青島君高校二年生の12月かな。
今更青島君誕生日話でこれまた申し訳ない…


ドナルドダック好きなNさんに捧げます。


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