■ 変わらないもの(7)


「卒業生退場」
アナウンスが響き、三年生が順番に体育館を出て行く。
青島たち在校生は、拍手でそれを見送った。
一年生と二年生の席の真ん中に作られた通路を通って出て行く三年生の中に、室井の姿を探す。
人の隙間からちらっとだけその姿を見つけられて、青島は満足した。
「行っちゃったね、室井さん」
隣りに座っていたすみれが声をかけてくる。
「あ、すみれさんも見えた?」
「ちっちゃいから見づらかったけど」
「室井さんはちっちゃくないよ、普通なの」
思わずムキになって否定すると、すみれが苦笑した。
「なんで青島くんが怒るのよ」
別に怒っているわけではないが、室井が自身の身長が止まってしまったと気にしていたことを思い出したのだ。
二年から三年の間で1センチしか伸びていなかったらしい。
今は青島の方が室井より少し背が高い。
しかも、青島は成長期の真っ只中でまだまだ背が伸びている。
青島は室井の背丈など気にしていないが、室井の方は目線が変わってきたと言っていたから、多少なりとも気にしているのだろう。
だからといって、室井が特別小さいわけではない。
クラスでは真ん中辺だというから、普通なのだ。
「室井さんの身長なんてどうでもいいんだけどさ」
「言い出したのすみれさんでしょ」
素っ気無いすみれの言葉に、今度は青島が苦笑した。
すみれは肩を竦めて、青島を見上げた。
「とうとう行っちゃったね」
「寂しい?」
いつかの逆で、青島がすみれに聞いてみた。
「それは青島君でしょ?」
言ってから少し考えて、「ま、ちょっと寂しいけどね」と付け足したすみれに笑って、青島は前を向いた。
三年生がいなくなった体育館。
とうとう今日、室井は卒業してしまった。
もう二度とこの学校で室井に会えない。
分かっていたことなのに、最後の日を迎えると感慨深いものがあった。
「青島君、うちらも退場だってさ」
ほら行くよーと、すみれがぼんやりとした青島を促した。


三月に入り暖かくなったので、最後の待ち合わせは駐輪場にした。
とはいえ、青島も今日は自転車で来ていない。
良く待ち合わせをした場所だからそこにしただけである。
室井が生徒会室に用事があるというので少し遅い時間に待ち合わせをしたため、青島が駐輪場に向った時にはひと気は少なくなっていた。
室井は既に来ていた。
だが、青島はすぐには近寄らず、足を止めた。
室井一人ではなく、女の子が二人一緒だった。
用事があるのは一人の女の子らしく、もう一人は少し離れて立っていた。
何をどうしている場面なのかは、声が聞こえなくても青島にも分かった。
女の子が手紙を室井に渡そうとしている。
断っているのか、室井は首を振って手紙を受け取らない。
赤い顔をした女の子が俯きながら手紙を突き出すと、少し躊躇ってから室井は受け取った。
一言二言交わして、女の子が離れていく。
室井はそれを見送って鞄に手紙をしまい、振り返って、青島を見つけて目を剥いた。
青島がそこにいるとは思いもしていなかったのだろう。
驚いて立ち尽くしていた青島も、思い出したように足を動かして室井に近寄った。
「あ、青島、今のは別に」
誤解されては困るとばかりに言い募ろうとした室井を片手で制して、青島は笑った。
「分かってますよ、断ったんでしょ?」
青島が疑っていないと分かったのか、ホッとしたように室井は頷いた。
「ああ、貰えないと言ったんだが、受け取るだけでいいからと」
そんなところだろうとは、目撃した青島も思っていた。
卒業式だし、室井がもてないわけがないし、そんなことがあったっておかしくない。
室井のことだから告白されたとしてもちゃんと断ってくれるだろうし、今も断ってくれていたし、心配はしていなかった。
「今日はいっぱい告白されたんじゃないですか?」
並んで歩き出しながらからかうと、室井は眉間に皺を寄せた。
「そんなことはない」
「でも、今のコだけじゃないでしょ」
「……そんなにいない」
嘘のつけない室井らしい返事が帰ってきて、青島はやっぱりと思って苦笑した。
最後だからと思って告白をする人が多いのではないかと思ったのだ。
明日から下手をすれば一生顔を合わせないのだから、振られても気まずい思いをすることはない。
上手くいけばラッキーで、ダメ元で告白してみる価値は充分ある。
ましてや、室井は表立っては恋人がいないことになっている。
まさか青島と付き合っているなどとは言えないからである。
―自分が恋人だって言えたらな。
そうしたら、告白する人もいなかったのではないかと考えて、若干暗い気持ちになった。
青島はどうしようもないことを考えていると気が付き内心失笑すると、気分を切り替えるように話題を変えようとしたら、室井が小さく呟いた。
「付き合ってる人がいると、断った」
青島は目を丸くした。
「え…」
「違う学校の人だと言った。嘘は、ついてない」
卒業したから、ということだろう。
青島が室井の横顔を凝視したら、室井は気まずいのか渋い顔で青島を見た。
「迷惑だったか」
「まさか!なんで!」
青島は力いっぱい首を振り、笑った。
「嬉しいです、凄い。へへへ…」
しまりのない顔で笑うと、室井も少し表情を崩した。
優しい眼差しとぶつかって、青島は笑みを引っ込めた。
いつでも「好きだ」と言うわけではないけれど、室井の想いはしょっちゅう感じている。
口下手で言葉数も決して多くはないし、スキンシップだって多いわけではない。
それなのに何故かと言えば、彼の誠実な性格そのままに愛されているからかもしれない。
青島は頭を掻きながら、眉を下げて情けなく笑った。
「ちょっと、嫌でした」
「ん?」
「さっきの女の子」
疑ってなどいないし、室井が断ってくれたのも知っている。
だけど実は、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ面白くなかった。
「室井さん、俺のなのになーって、ちょっと思っちゃった」
目を剥いた室井に、青島は舌を出した。
照れ臭いが本音だった。
「青島…」
「はは、しょうもないっすよね」
「そんなことはない」
力強く否定して、室井はコートのポケットに手を入れた。
ポケットから握ったままの手を出すと、青島に向かって拳を突きだした。
「ん」
「え?」
きょとんとした青島に更に拳を押し付けてくる。
わけが分からないまま、青島は手を出した。
室井の握った手の中から、青島の手の平に小さなものが転がり落ちる。
鈍く金色に光るそれに青島は目を丸くし、驚いて、何故か慌ててぐっと掌を握り締めてしまう。
青島の気のせいでなければ、手の中にあるそれは、第二ボタンというヤツではないだろうか。
室井を見ると、室井は怖い顔をしていた。
「一倉が」
「一倉さん?」
何故ここで一倉が話題に上がったのか分からず、青島は首を傾げる。
「一倉が、欲しいと言う奇特な人間もいるかもしれないから……本命がいるなら外しておけって」
話しながら、こちらを見ない。
コートを着ているから見えないが、室井の学ランのボタンはもしかしたらいくつかないのかもしれない。
少なくても一つは青島の手の中にある。
「いらないかもしれないけど、貰っておいてくれ」
「いらないなんて、そんな」
「誰かに持っていてもらうより、君が良かったんだ」
青島はどんな顔で室井がそんな台詞を吐いているのか気になったが、自分の顔を見られるのも嫌で、結局握り締めた手に視線を落とした。
第二ボタンが欲しいだなんて乙女チックなことは考えていなかったが、手の中のボタンは素直に嬉しいと思った。
何よりも、他の誰でもなく青島にという室井の思いが嬉しかった。
「ありがとう」
小さく呟くと、どういうわけか視界が滲んでくる。
やばいと思って慌てて瞬きをしたが、込みあげてくるものが収まらない。
「…青島?」
様子がおかしいことに気付いたのか、室井が声をかけてくる。
青島はうつむいて、目頭に手を当てた。
「いや、何でもないです」
「何でもないって…」
室井が青島の腕を掴み足を止めるから、自然と青島の足も止まった。
「ちょっと、ちょっと待って、あれ?おかしいな、ちょっと…」
青島は室井の視線から逃れるようにそっぽを向き、自分の感情に困惑した。

悲しいわけではない。
だって、いつでも会えるのだ。
これで別れてしまうわけではない。
室井が遠くに行ってしまうわけでもない。
だけど、やっぱり悲しい。
室井が卒業してしまうという事実が、ただただ寂しかった。

「青島…」
困ったように呼ぶ声に、青島は顔をあげた。
室井を見れば困っているわりに優しい目とぶつかって、青島の気持ちがすっかり伝わっていることを知る。
だったら誤魔化しても仕方ない。
青島は鼻を啜るとわがままを言った。
「室井さん、卒業しないでよ」
傍若無人としか言えない青島の言葉に目を剥いたが、室井は真面目に応じる。
「そうしたいのは山々だが、今卒業してきたばかりだ」
間に合えばそうしたとでも言いそうな言い回しに、青島はちょっと笑ってまた鼻を啜った。
「じゃあ、仕方ないっすね」
本当に室井に留年してほしいだなんて、もちろん全く思っていない。
ただちょっと、言っておきたくなっただけだ。
室井が学校からいなくなる、それが寂しいと伝えておきたくなっただけである。
青島の腕を掴んでいた室井の手が、青島の手をぐっと握った。
「でも、ずっと一緒だ」
そう言うと、すぐに手が離れる。
一瞬だけ力強く握られた手を見つめ、室井を見た。
「ずっと?」
「ずっとだ……嫌か?」
なんでそこで不安になるかなと思いつつ、青島は笑った。
「約束っすよ」
「ん?」
「ずっと、一緒にいましょうね」
室井も小さく笑みを浮かべると深く頷いた。

「帰ろう」
室井に促されて、再び歩き出す。
青島はもらったボタンをコートのポケットにしまい、布の上から大事そうにそっと押さえた。
「ありがと、室井さん」
「いや……制服のボタンを落として失くすようなことがあれば、付け替えてでも使ってくれ」
照れ臭いのかそんなふうに言うから、青島は苦笑した。
「やですよ、勿体ない」
言いながら、それも悪くないかもと内心で思ったが、室井のボタンをして歩くのは、例え傍から見て分からなくても照れ臭い気がした。
何より、付け替えた室井のボタンまで落としてしまったら困る。
大事にしまっておくことになりそうだ。
「そういえば、まだ言ってなかったな」
青島は思い出したように呟いて、室井の顔を覗きこんだ。
「卒業おめでとうございます」
改まって青島が言うと、室井は照れ臭そうに頷いた。
「ありがとう」
「四月から、大学生かぁ」
青島には大学がどんなところかとんと見当がつかない。
大学生の室井にもちょっとピンとこない。
こっそり大学に潜入して、室井を覗き見してみたい気もする。
そんな想像をしてみて、青島はふと思い立った。
「俺も室井さんと同じ大学、受けてみようなかなぁ」
室井が驚いたように見てくるから、青島は苦笑した。
「俺じゃあ、やっぱ無理っすかね」
「そんなことはない」
すぐに否定してくれる。
「君だって、成績悪くないだろ」
「室井さんほど良くないっすよ」
「後二年あるんだ、頑張ればいい」
俺も勉強みてやるからと思いの外室井が乗り気で、唐突に思い付いた青島の方が気後れしてしまう。
自慢ではないが、確かに自分の成績は悪くないと思う。
常に学年で30番以内にはいる。
だが、10番以内に入ったことは一度もなく、トップ5の中をうろうろしている室井と同じ大学を希望するのは無理があるような気がして、今まで考えたことがなかったのだ。
「負担になると嫌だから言ったことはないが、青島も同じ大学に来てくれたらとはずっと思ってた」
どこか気まずそうに言う室井に、青島は驚いた。
今まで一度も室井の口から聞いたことのない話しだった。
無理強いはもちろんしないが、と断って続ける。
「もし君に受けてみる気があるなら、頑張ってみてくれないか」
室井と同じ大学に通うために、頑張ってみてくれないかと言われているのだ。
それはつまり、一緒の学校にもう一度通いたいと、室井も思っていてくれているということだ。
そのことが、青島には嬉しかった。
―今から頑張れば、なんとかなるかな?
自分の思い付きと思わぬ室井のお願いに、青島はすっかりその気になりはじめていた。
元々私大の理系を一応の志望校にしていたが、もし万が一国立の大学に受かれば、親も喜ぶことだろ。
―上を目指すことは悪いことじゃないよね。
多少動機が不純だが、持ち前のポジティブさで、たった今青島の進路が決まった。
決めたとはいえ、必ず合格できるという自信は全くない。
「言っておきますけど、必ず受かるとは約束できませんよ?」
室井に釘を差すと、青島が受けてみる気になったと悟ったのか、室井は深く頷いた。
「分かってる。でも、努力だけはしてくれ」
「そりゃあ、受けるからには、受かるように頑張りますよ」
「ああ」
「俺も室井さんと同じ学校、行きたいし……あ」
青島は思いついたように呟き、声を弾ませた。
「大学は四年制だから、二年は同じ学校に通えますね」
頑張ろうっと、と嬉しさを隠しもしないで笑う青島に、室井もつられたように笑った。


幸せだから、大好きだから、ずっと今のままでいられたら。
それをどんなに望んでも、必ず時は流れていく。
青島も室井も、いずれ大人になるのだ。
それを悲しく思うことも、恐れることもない。
時が過ぎても、大人になっても、きっと変わらずにいられる。
同じ思いでいられたら。
きっと。










END

2008.4.27

あとがき


終わりました!

初エッチ&卒業と盛り上がってしかるべきなネタだったのに、
あまり盛り上がらなくて申しわけありませんでした;
いつものことと言えばいつものことですが…。
書きたかった初々しさはそれなりに書けたかな?
初々しすぎましたか?(笑)
えっちしても、あまり関係が変わらない二人がいいなーなんて思います。

青島君はやればできるコなので(親か)、
きっと室井さんと同じ大学に通うことになるでしょう。
室井さんの家庭教師付きですしね。安心安心。


Oksana様、素敵リクエストを有り難う御座いました。
少しでも楽しんで頂けていますように…。

最後までお付き合いくださった皆様。
有り難う御座いました!


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