■ ファーストキス
室井が校舎を出ると、もう日が落ちて薄暗くなっていた。
もうじき最後の高体連がある。
どこまで進めるかは分からないが、最後だから悔いが残らないようにと練習にも力が入っている。
そのせいで、いつもより部活が終わるのが少し遅くなっていた。
「室井さんっ」
校門に向かって歩いていると背後から声を掛けられた。
振り返ると、自転車に跨った青島が手を振っている。
驚いて目を丸くしている室井に、青島は白い歯を零して笑った。
「すいません、勝手に待ってました」
遅くなるのが分かっていたから待たせるのも悪いと思い、約束はしていなかった。
それなのに、青島は待っていてくれたらしい。
思わぬ出来事に室井の表情が少しだけ緩む。
「…ありがとう」
室井が素直に礼を言うと、青島は嬉しそうに笑った。
「俺が勝手に待ってただけですから…後ろ、乗りません?」
生徒会長である室井に堂々と校則違反を持ちかける青島に、室井は苦笑する。
「自転車の二人乗りは、一応校則では禁止なんだが」
「あれ?そうでしたっけ?じゃあ、歩いて行きますか?」
どうやら校則のことなどすっかり忘れていたらしい。
慌てて自転車を降りようとする青島を押し留めて、室井は自転車のかごに鞄を放り込むと、青島の後に立った。
本当はいけないのだが、たまにはいいだろうと思ったのだ。
それに青島と二人乗りするのは、ちょっと嬉しかったりする。
黙って乗っかった室井に、青島は一瞬呆気に取られたようだったが、すぐに声を立てて笑った。
「んじゃ、行きますよ」
「車に気をつけろよ」
「分かってますって。室井さん、乗っけてるんだから、気をつけますよ〜」
張り切ってそう言うから、室井は青島の肩の上に手を置いて溜息を吐いた。
「頼むから一人の時も気をつけてくれ」
「練習、順調ですか?」
「ああ、調子も悪くない」
「そっか、良かった!試合、見に行きたいけど、高体連の時って普通に学校あるんですよね」
「気持ちだけで嬉しい」
「サボって見に行ったら」
「怒るぞ」
「あ、やっぱり」
「…嬉しいけど、来るなよ」
会話をしながら、青島がペダルを漕ぐ。
気をつけると言ったせいか、青島の運転は本当に安全運転だった。
スピードを出さずに、ゆっくりと漕いでくれる。
「重くないか?」
「平気っすよー」
「疲れたら言ってくれ、交代するから」
室井が気を使って声を掛けると、青島は嬉しそうに「ありがとうございます」と返してきた。
たまには二人乗りもいいなと室井は思ったが、少しだけ寂しさを感じる。
青島の背中は目の前にあるのに。
「ああ…君の顔が見えないから」
思わず呟いた室井の言葉を拾った青島が聞き返す。
「え?何がですか?」
「いや、君の顔が見えないと、会話をしてても寂しいなと思っただけだ」
室井がさらっと言うと、青島は激しく動揺したようだった。
「な、何言って…っわ!」
反射的にだったのだろう。
青島が思わず振り返えったせいで、運転が乱れる。
一度ハンドルを取られると、二人分の重さを上手く制御できない。
「おい、大丈夫か」とは室井も、最後まで言えなかった。
派手な音を立てて、自転車が転倒したからだ。
当然乗っていた青島も室井も投げ出される。
幸いなことに二人とも運動神経は悪くないので、転倒する自転車を避けて飛び退いた。
「あっぶね…あ、む、室井さん、怪我ないです!?」
慌てて室井に向き直った青島に、室井は苦笑した。
「大丈夫だ。どこもなんとも無い」
「良かった…」
青島はホッとしたように深く息を吐くと、肩の力を抜いた。
「もう、二人乗りは止めましょう…室井さんに何かあったら困る」
自転車を起こしながら青島が言うから、室井は目を細めた。
大会前の室井に怪我をさせては困ると思ってくれたのだろう。
室井は落ちた二人分の鞄を拾い上げて、かごに入れる。
「大会が終わったら、また乗せてくれ」
そう言うと、青島はきょとんとした。
それから、本当に嬉しそうに笑う。
あまりにも鮮やかに笑うから、室井は思わず青島に手を伸ばした。
自転車のハンドルを握った青島の手に、自分の手を重ねる。
「…?室井さん?」
室井は黙って眼を細めて、顔を近づけた。
一瞬遅れて、青島は室井の意図を察したらしく、慌てて目を閉じた。
青島の頬が薄っすら染まっていたのだが、それを微笑ましく思うほどの余裕は室井にも無かった。
目を閉じて、軽く唇を合わせる。
ほんの一瞬だけ触れ合わせて、すぐに離れた。
そっと目を開けると、当然目の前にお互いの顔があって。
「……意外」
至近距離で青島が呟いた。
「……何が?」
「室井さんが、外でこういうことするとは思わなかった」
言われて室井も思い出したが、そういえば外だったのだ。
らしくもなく大胆な行動だったことに、青島に指摘されて気が付いた。
思わず眉間に皺が寄る。
「すまない」
謝ると、青島が慌てて首を横に振った。
「謝んないでくださいよ!…その」
「?」
「嬉しかったし…」
ごにょごにょと呟いた青島に、室井は目を丸くする。
「俺たち、本当に付き合ってるんだなーって、ちょっと実感しました」
照れくさそうに微笑む青島を、室井は愛しそうに眺めた。
が、すぐに「ん?」と首を捻る。
「それじゃあ、今までは実感して無かったということか?」
眉を顰めた室井に、青島は慌てて首を振る。
「いやっ、そうじゃないんですけどっ、改めてってことでっ」
慌てて弁解する青島に、室井は苦笑する。
青島が言うことも分からなくは無かった。
付き合いだしてから校内で一緒にいる時間は多少増えたけど、室井が生徒会と部活とで忙しいため、デートらしいことをする暇が無い。
キスも、今のが初めてだった。
「なら、いいが…青島」
「はい?」
「好きだぞ」
青島が音を立てる勢いで赤面した。
「な、何ですか、突然」
「いや、何となくだ」
恋人らしいことが中々出来ないのだから、せめて言葉でくらい気持ちを伝えておこうと思ったのだが、唐突すぎたらしい。
赤面している青島に微笑して、室井は歩き出す。
「ほら、帰るぞ」
「あ、はい」
自転車を押した青島が、後からついてくる。
「室井さん」
「ん?」
「俺も、好きですよ」
END
2004,10,23
あとがき
どこの少女漫画でしょう(笑)
しかし、このシリーズ。
室井さんが生徒会長であるという設定が、一つも役に立ってません。
弓道部だってことも、あまり意味が無く;
きっと高体連(で、あってますよね?間違ってたら、ゴメンナサイ)が
終わった頃には生徒会の任期も終わりでしょうから…。
もう、完全に意味なし?(笑)
どうもすみません(^^;
ようやく、初キスでした。
嬉しいことに続きを!と声をかけて頂くことが多いので、
またネタが浮かんだら続きを書きたいと思っております。
気長に期待せずにお待ち頂けると、幸いです(^^)
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