■ 恋の始まり
「室井さーん」
室井は聞きなれた声に振り返る。
ドアのところには、見慣れた少年が立っていた。
「青島」
「こんちは」
ニコッと微笑まれて、室井も小さく笑い返す。
生徒会室に気軽に遊びに入ってくる人間は、生徒会役員を除くとこの青島くらいである。
青島は手にした用紙を室井に見せた。
「これ、申請書です」
受け取って目を通す。
「…料理研究同好会?」
室井は首を傾げて、用紙と青島を見比べた。
「はい。俺が入部して人数が足りたので、部に昇格してもらおうと思って」
この学校では、規定の人数に足りない部は同好会として活動しているのだ。
そして申請書を見ると、確かに規定の人数分の部員の名前が書かれてある。
その最後尾に青島の名前がある。
室井はますます首を捻る。
「君が、料理研究同好会に入ったのか?」
「ええ。何かまずかったです?」
怪訝そうな室井につられてか、青島も首を傾げる。
「嫌、まずくは無いが…」
「?」
「君は運動部に入るものかと、勝手に思っていた」
青島との付き合いはまだ浅いが、彼の運動神経が良いことやアクティブな性格の持ち主だということは知っていた。
だから、入部するとしたら運動部なのだろうと、室井は勝手に思っていたのだ。
「俺もそうしようかと思ってたんですけど。料理研究同好会の人に頼まれちゃって」
人助けです。
そう言って笑う青島を見る限り、イヤイヤという程でもなさそうだった。
丁度後一人入部すると、部活に昇格できる部員数だったようだ。
部になると下りる部費が違ってくる。
だから、頼まれたのだろう。
頼まれると嫌と言えない青島らしい入部理由だ。
そう思って、室井は苦笑した。
「そうか…災難だったな」
「まあ、特に入りたい部活があったわけじゃないですし。運動なんてやろうと思えばやりたい時にいつでも出来ますから」
「そうか。申請書は預かった」
「はい」
青島は頷くと、踵を返した。
室井がその後姿を名残惜しげに見つめていると、青島が急に足を止めて振り返った。
「部活で何か美味いもん作ったら、差し入れしますね」
満面の笑みで言われて、室井は一瞬きょとんとした。
それから苦笑して手を振った。
青島もそれに応えて、今度こそ生徒会室を出て行った。
***
青島と知り合ったのは、弓道場だった。
進学校なのでそれほど部活動が盛んな学校ではないのだが、室井は昨年の県大会で準優勝する程の腕前だった。
そのせいか朝練を自主的に行うのは室井くらいで、その日も室井だけは朝練に来ていた。
弓道場で、袴に着替え的の前に立つ。
深呼吸をして弓を引いた。
的には中ったが、中心からは離れている。
もう一度深呼吸をして構えなおす。
的の中心を睨みつけて、手を離した瞬間。
みゃあ。
「こら、待て!」
弓道場の脇の茂みから一匹の猫と少年が現れた。
呆然とする室井の前で、弓が少年の真横をすり抜ける。
少年もそれに気付いて硬直する。
弓は先程よりずっと中心近くに中ったが、室井はそれどころじゃない。
「何してる」
室井は眉間に皺を寄せて少年に近づいた。
少年は声を掛けられて硬直が解けたのか、瞬きをして室井を見返してきた。
それから、へらっと笑った。
「猫、追って出てきたら弓道場だったみたいで…」
「…新入生か」
在学生なら弓道場の位置くらい知っているし、知っていれば垣根を掻き分けて弓道場に乗り込んでくるとは思えない。
それによく見れば真新しい制服だし、笑った少年の顔はまだ幼かった。
「はい、青島って言います。邪魔してすいません」
ぺこりと頭を下げる青島に、注意をしようと思っていた室井は気を削がれる。
「それはいいが…危ないから気をつけてくれ」
「はい!…ぁ」
「どうした?」
一瞬何かに気を取られたような青島に、室井は首を傾げた。
青島は辺りをちょっと見ましてから室井を見て、苦笑いをした。
「猫、逃げちゃいましたね」
「……」
反省しているのか微妙だな。
そう思ったのが顔に出ていたのか、青島は慌てて表情を引きしめた。
「あ、いえ、すいません。気をつけます、ちゃんと」
室井は吹き出しそうになるのを、何とか堪える。
何となく憎めない人間がいるものだと思った。
「君の猫か?」
怒られないと知ってホッとしたのか、青島は表情を緩めて首を振った。
「いえ、まさか。飼い猫連れて学校に来たりはしませんよ」
「それもそうだな」
「校門のとこでウロウロしてたから、撫ぜようかと思って手を出したらひっかかれまして」
そう言って右手の甲を見せてくる。
血は出ていないが、3本線の爪痕がしっかりとついている。
室井は苦笑した。
「それで、掴まえようとしてたのか?」
「いえ」
「?」
「意地でも一回撫ぜてやろうと思って」
「…それで、猫を追い掛け回してたのか?」
「はい」
可笑しなヤツだと思った。
室井が青島をしげしげ見つめると、青島は何を勘違いしたのかまた慌てだす。
「あ、それも動物虐待になりますかね!?」
室井はたまらず口元に手を当てた。
笑いが堪えきれなかったのだ。
肩を揺らす室井に、青島が困惑顔になる。
何が可笑しいのか分からなかったのだろう。
室井にだって良く分からない。
「あのぉ?」
「っすまない。大丈夫じゃないか?遊んで貰っていると思ってるかもしれない」
「はぁ…そうだったら、いいんですけどね…」
逃げて行った猫を気にしてか、青島は辺りを見回しながら呟いた。
猫に申し訳ないことをしたとでも思っているのだろうか。
やっぱり可笑しなヤツだと室井は思った。
猫を気にする青島に、室井はなんとなく話を変えた。
「ちょっと早くないか?登校してくるの」
尋ねると、青島は苦笑した。
「あ、ははは。入学式に遅刻しちゃいまして、担任に一週間は8時までに来いと言われてるんです」
どうやらそれが罰らしい。
室井も苦笑してから、弓道場の時計を見上げた。
「大丈夫なのか?もう8時済んでるぞ?」
「あははは。大丈夫じゃないですね」
思わず目を丸くして、笑っている青島を見る。
青島は笑みを引っ込めると溜息を吐いた。
「猫に夢中になり過ぎて、すっかり忘れてました。何のために早くに学校来てるのか…」
大らかというか大雑把というか。
大物というか粗忽物というか。
後頭部を掻きながら苦笑する青島に、室井も苦笑した。
青島も時計を見上げて「あ」と呟く。
「俺、邪魔しっぱなしですね」
そう言われて、室井は引き止めていたのは自分の方だったと初めて気付いた。
そして、もう少し話したいと思っている自分に動揺する。
「本当、すいませんでした」
再びペコリと頭を下げられて、室井は反応に困った。
室井に背を向けた青島が、ふと立ち止まって振り返る。
「どうした?」
「名前、聞いてもいいですか?」
「ああ…」
そう言えば、青島は名乗ってくれたのに室井は名乗っていなかった。
「3年の室井だ」
「室井、さんね」
そう声に出して確認してから、青島は微笑んで弓道場を出て行った。
その笑顔が頭から離れなくてどうやら一目惚れしたらしいと室井が気付いたのは、それから数日経ってからのことだった。
***
「室井さーん」
生徒会室のドアが開いて、入ってきたのは青島だ。
手にはビニール袋が握られている。
無造作に入れられたクッキーが見えて、室井はつい吹き出した。
青島が憮然とした表情になる。
「いきなり笑わないでくださいよ」
そう言いながら、青島は室井にビニール袋を差し出す。
室井は受け取りながら、苦笑した。
「すまない。本当に持ってきてくれたんだな、差し入れ」
「そうですよ。約束したから」
「そうか…君が作ったのか?」
「……芸術性の高い形をしたクッキーは俺が作ったやつです」
言われて、室井は袋を覗き込んだ。
綺麗な形をしたクッキーの中に、何型とも形容しがたいクッキーが目に留まる。
「……なるほど。独創性が強いな」
「はい、個性ってヤツを出してみました」
しれっと言い放つ青島。
二人は一瞬無言で見詰め合ってから、どちらからともなく吹き出した。
「酷いな、これは」
「失礼な。味は大丈夫ですよ。俺、一切手伝ってませんから」
「料理部のくせに?」
「つーか、大事なところはやらせて貰えないんです」
青島の部活でのポジションは「お手伝いするお子様」らしい。
室井は苦笑した。
「ありがとう」
「いーえ」
「お茶くらい奢ってやるから、休憩していかないか?」
一緒に食べようと言う室井の申し出に青島は嬉しそうに笑った。
その顔を見て、室井も微笑んだ。
想いに気付いたからといって、どうすることも出来ない。
青島は室井が生徒会長だと知ると酷く驚いていたが、幸い室井のことを気に入ったらしくたまにこうして生徒会室に顔を出してくれる。
人付き合いの得意じゃない室井にとって、青島から歩み寄ってくれたのは幸いで。
今の室井にはそれで十分だった。
生徒会役員でもない青島が生徒会室にまめに通う理由を、室井が知るのはもう少し先の話だ。
END
2004.5.14
あとがき
web拍手にて5000HITお礼リクエストをして頂きました。
「パラレル学園物」だったのですが…。
リクしてくださった方!大変申し訳ありません!!
なんじゃこりゃあ、って感じです(汗)
妄想しているときはすごく楽しかったのですが、私の文才がないばっかりに…
パラレル、難しいですね(滝汗)
なんでも書きますなんて大口を叩いておいてこのザマです。
もうちょっとましな文章が書けるようになったら、リベンジしたいです。
リクしてくださった方、本当に申し訳ありませんでした…。
本当は恋人同士になるまで書こうと思ったのですが、
とんでもない長さになりそうだったのでやめました。
室井さんが弓道部員なのは私の趣味です(笑)
template : A Moveable Feast