■ 幼馴染(9)


自宅のドアの前で、室井は一つ深呼吸をした。
翌日の昼過ぎに、室井は自宅に戻った。
まさかこのまま青島を一人にしておけないし、一倉の家に泊めてもらっているわけにもいかない。
夏休みが終わるまで、後二週間もある。
やはり、青島をこのまま泊めるわけにはいかない。
室井は今度こそ青島を説得するつもりだった。
表情を引き締めると、玄関のドアを開ける。
部屋に入ってみて、眉を顰めた。
カーテンを締め切ったままの暗い部屋の中、青島が体育座りをしてこちらを見ていた。
ジロリと見られて、室井は冷や汗をかく。
もしかして、逃げ出した室井に怒っているのかもしれない。
「あ…青島…?」
「室井さん」
青島はニコリと笑った。
「俺、やっぱり帰りますね」
一瞬呆けてしまったが、言葉の意味を理解すると、室井は驚いた。
青島は自宅に帰ると言ったのだ。
「やっぱり一月も泊めてもらうってのは、図々しかったかなぁと」
すみませんと笑う青島に、室井は呆然としたまま首を振る。
「青島、俺は…」
「それに、やっぱり俺も折角の夏休みだから、遊んだりもしたいし」
気を遣わせているのが分かる。
室井が青島を避けるように外泊したことが、青島には相当堪えたのかもしれない。
一倉の言う通り、覚悟していた通り、青島を傷付けたのだと知る。
―気にしないでいいんだ。
―君がいいなら、ずっとここにいてくれ。
―俺は君がいてくれた方が嬉しい。
言えるわけがない言葉が頭に浮かぶが、浮かぶだけだった。
「そうか」
口から出たのは、たったそれだけ。
青島は笑って頷いた。
「明日、帰りますね」
「ああ…」
笑う青島が痛ましい。
全ては自分のせいである。
仕方がないことだと青島に痛みを押し付けた、室井のせいだ。
後悔はしていない。
望んで青島を傷付けたのだから、すべきではない。
後悔などするものかと思った。
「青島」
「なんですかー?」
荷物を片付け始めた青島は、室井を見はしなかった。
それに構わず、室井は続けた。
「俺は君が大事だ」
淡々と呟くと、青島は顔をあげた。
不思議そうな眼差しとぶつかる。
いつだって自分をまっすぐ見つめる眼差しを見つめ返しながら、繰り返した。
「君が大事なんだ、昔からずっと」
好きだなんて言える日は一生来ない。
触れることも絶対に出来ない。
だけど、大事であるということなら、いくらでも伝えられる。
嘘偽りのない、室井の本音だった。
青島はじっと室井を見つめていたが、やがて表情を崩した。
「ありがと、室井さん」
柔らかく笑うその目が、少しだけ潤んでいた気がした。


***


―青島が泣いている。
室井は慌てて辺りを見回した。
家の近くの公園に、室井は立っていた。
夕暮れ時を過ぎていて、人影はない。
室井もそろそろ家に帰らねばならない時刻だが、青島を探しに来ていたのだ。
小学校から帰宅したら、青島の母親が青島を探していた。
仕事から戻ったら、青島が家にいないのだという。
室井は探すのを手伝うと約束し、帰宅したばかりだったがすぐに家を出た。
青島の足ではそう遠くにはいけないはずだが、事件に巻き込まれていないとも限らない。
不安になりながら、室井も心当たりのある場所を探し歩いた。
室井が向かった公園は、良く一緒に遊びに来ている場所だった。
ここなら青島一人でも遊びに来れる。
そう思ってきたのだが、遊具のどこにも青島の姿はない。
だが、声は聞こえてきた。
「ひく…ううっ…」
青島の泣き声がする。
「しゅん…?」
声を頼りに草むらに入ると、小さな後頭部が見えた。
間違いなく青島である。
無意識に入れていた力を抜くと、室井は青島の側に寄った。
蹲っている青島の前にしゃがみ込むと、青島の体が小さく跳ねた。
驚かせたらしく、室井は落ち着かせるように青島の頭を撫ぜた。
「どうしたんだ?」
「しんちゃん……ぐすっ」
鼻をすする青島に苦笑する。
涙で可愛い顔がぐちゃぐちゃだった。
「どうした?どこか痛い?」
怪我でもしたのではないかと視線を巡らすが、剥き出しの肘も膝こぞうも無事なようである。
青島は首を横にブンブンと振った。
「…へいき」
「なら良かった」
怪我がないなら良かったが、それなら泣いている理由が分からない。
「しゅん、どうしたんだ?」
どうして泣いているのかともう一度尋ねると、青島はまたポロリと涙を溢した。
室井はポケットにハンカチが入っていたことを思いだし、その頬を拭ってやる。
拭った後から、大きな目がうるんでくる。
室井はさすがに焦った。
そのうち目玉まで取れて落ちてくるのではないかと心配になる。
「泣くな、ほら、どうしたんだ」
困った顔で青島の涙をやみくもに拭き続ける。
ただ泣き続ける青島を、どうやって慰めたらいいのか分からない。
泣いている理由が分からなければ、室井には何もしてやれないのだ。
「しゅん、何があった?どうしたんだ?」
根気強く尋ねると、青島はようやくしゃくりあげながら言った。
「ひっく……ママが大事にしてたもの……壊しちゃった……ううっ」
「大事にしてたもの?」
「う、うん…ひっく……触っちゃだめって言われてたのに……触ったらおっこっちゃって……ひぐっ……バラバラになっちゃった…」
何がバラバラになったのか分からなかったが、どうやら何かを壊してしまい、そのことを母親に知られたら怒られると思って逃げ出してきたようだ。
室井は内心そんなことかとホッとした。
何を壊したかは分からないが、きっと青島が号泣しているほど大問題ではない。
そこまで大事なものだとしたら、青島の手に届くところには置かないだろうし、置いてあったとしたら親も不注意なのだ。
室井にとってはその程度のことだが、幼い青島にとっては一大事なのだろう。
室井はしゃくりあげている青島の頭をヨシヨシと撫でてやる。
「じゃあ、お母さんに謝らなくちゃ」
室井の言葉に、青島は不安そうな顔をする。
「うう…でも…」
「悪いことをしたら、ちゃんと謝らなくちゃ」
違うか?と顔を覗き込むと、青島はぐっと歯を噛み締めて、鼻をすすった。
「…ぅん…うん……」
コクりと頷いた青島に、室井は小さく笑った。
「よし、えらいぞ」
青島の小さな手を握り立ち上がる。
「俺も一緒に謝ってあげるから、ちゃんとごめんなさいしよう」
青島は大きな目を何度もしばたたかせて、室井を見上げた。
「…しんちゃんも?」
「うん」
「一緒に怒られてくれる?」
室井は目を細めて頷いた。
「うん」
青島はギュツと室井の手を握り締めると、泣きべそのまま笑った。
「ありがとうっ」
青島はありがとうもごめんなさいも言える子だ。
ただちょっとだけ怖くて逃げ出しただけである。
室井と一緒に帰れば、怖くはないだろう。
「帰ろう。お母さんが心配してる」
「うんっ」
室井はそのまま青島の手を引いて帰った。


***


―青島の泣き声が聞こえる。
母親は黙って家を飛び出したことは注意したが、青島がした失敗を怒ってはいなかった。
だから、もう泣かなくていいんだ。
室井はそう青島に声をかけようとして、目を覚ました。
瞼を持ち上げると暗い部屋の中が見えて、室井は懐かしい夢を見ていたことに気が付いた。
また青島の夢を見ていたのだ。
暗闇の中天井を見上げたまま、思わず自嘲した。
「…っ…」
不意に小さな嗚咽が聞こえた気がして、室井はまだ夢の中にいるのかと思った。
「…ひっ…」
押し殺したそれに、室井は身を起こして、隣で寝ていたはずの青島を振り返る。
青島は寝袋の中にはいなかった。
壁に寄りかかり、膝を抱えて蹲っていた。
夢と現実が混ざりあっているようで困惑したが、室井は恐る恐る声をかけた。
「あ…青島…?」
青島の肩がビクリと震える。
だが、顔はあげない。
益々膝をキツク抱き、蹲ってしまう。
室井は布団から出ると、そっと青島の側に寄った。
「青島?どうしたんだ?」
「…なんでも、ないです…」
くぐもった声は、何かを必至に堪えている声だった。
―青島が泣いてる。
それをようやくちゃんと理解すると、室井は慌てた。
「青島?何かあったか?どこか痛いのか?」
「なんでも、ない…っ」
震えた声で言われても、なんの説得力もない。
室井は思わず青島の肩を掴んだ。
「おい、あお…」
「触んなっ」
その手をふりほどかれて、呆然とする。
そんなふうに拒まれたのは初めてで少なからずショックを受けたが、青島を突きはなそうとしたのは室井自身で、自身が突きはなされてショックを受けるのはお門違いだったかもしれない。
青島は立ち上がると室井から離れた。
その頬が涙で濡れている。
「あ、青島?どうしたんだ、一体…」
「室井さんこそ、どうしたんだよ」
涙目のまま睨まれる。
「昔から室井さんは優しかった」
堰を切ったように、青島は話しだした。
「今だって優しい、優しいけど、昔みたいに近くない、遠くなった…っ」
青島が吐き出した言葉に、室井は息を飲んだ。
ずっと溜め込んでいた言葉だろう。
室井が青島を好きだと気付き、意識して遠ざけようとしてからずっと、青島は悲しみや疑問を抱えていたはずだ。
それをまっすぐにぶつけてくる。
なぜ今だったのかは室井には分からないが、一度口から出してしまえばしまい込むことはできない。
青島は泣きながら怒っていた。
「俺は…俺は、ずっと寂しかった…っ」
室井の胸も痛む。
寂しいのは室井も一緒だった。
自業自得だから、それを言葉にすることもできない。
ただただ、胸が酷く痛かった。
「…いつまでも子供のままではいられないんだ、青島」
「大人になったら一緒にはいられない?そういうことなんですか?」
「成長するということは、そういうことなんだと思う」
「…分かんないよ…俺には、分かんないよっ」
叫ぶと、青島は大股で玄関に向かう。
その腕を慌てて掴んだ。
「どこに行く気だ、青島っ」
「帰るんですよっ、帰って欲しかったんでしょっ」
「ばかそんなことっ……大体こんな時間にどうやって帰るんだっ」
「歩いて帰りますよっ」
「無理に決まってるだろっ」
「なら、野宿するからいいってばっ」
「青島っ」
掴んだ腕をふりほどかれる。
キツク睨んでくる瞳は、やはり涙で濡れていた。
「室井さんはもう、実家帰って来ないで」
「な…」
「俺が高校卒業して家出るまで……帰って来ないで」
室井は目を剥いた。
二度と会いたくない。
青島にそう言われたのと同じだった。
言葉を失いただ立ち尽くした室井に、青島は口元に笑みを作った。
「こんな別れが大人になることだとは思わないけど、俺は室井さんを忘れなくちゃいけないみたいだ」
忘れて欲しかったわけではない。
ただ時間が欲しかっただけ。
青島を穏やかに想えるだけの時間と距離が欲しかっただけだった。
だが、それは室井の都合であり、青島の都合ではない。
青島にしてみれば、室井が青島と離れたがっているようにしか見えなかっただろう。
室井が望んだのは永遠に続けていける関係だったが、青島が見つけたのは室井との別れだった。
「でも俺は…」
青島は室井から視線を反らすと、唇を震わせた。
「誰よりも室井さんが好きだったよ」
小さく言って、青島はドアを開けようとした。
室井はその手首をキツク掴む。
そのまま青島の体を乱暴にドアに押し付けた。
「好きだなんて、軽々しく言うなっ」
怒りのまま怒鳴りつける。
考えての行動ではなかった。
青島の気持ちも、この後のことも、何も頭にはない。
ただ、誰よりも好きだなんて言葉を口にした青島に、酷く腹が立った。
怒鳴られたことで、青島もまた怒りを露にする。
「俺の勝手でしょ、そんなのっ」
室井の手をふりほどこうとする青島の腕を更にキツク掴み、今度は離してやらない。
青島の好意は室井も知っている。
だが、そんな言葉で表されたら、勘違いだってしたくなる。
誰よりもだなんて言葉は、室井に向って言っていい言葉ではない。
「そういうことは、誰にでも言っていいことじゃないだろっ」
室井の言葉に、青島は顔を顰めた。
「誰にでもなんて言ってないよっ」
「特別な相手に言えと言ってるんだっ」
「だから、特別な相手に言ってんでしょ…っ」
怒鳴られて、室井は絶句した。
青島は眉をよせ、口角を下げると、室井から顔を背ける。
「…迷惑なら、そう言えばいいじゃない…」
横顔だったが、青島の頬を新たな涙が伝うのが見えた。
「そんな…遠回しに言わないで……ちゃんと…っ」
嗚咽を噛み殺すためか唇を噛み、室井に掴まれていない手で、頬を乱暴に拭った。
それでも溢れてくる涙ですぐに頬が濡れる。
青島は喉を震わせながら、深呼吸をした。
「ふってくれて構わないから……そんな怒んないで」
室井は絶句したままだった。
抵抗もしていない青島の手首をずっと同じ強さで握り締め、その体をドアに押し付けたまま、ばかみたいに青島の横顔を見つめていた。
青島は涙が止まらないのか、手の甲で頬を拭い続けている。
そのせいで、青島の目の下が赤くなっていた。
―腫れてしまう。
そう思い、室井は青島の涙に濡れた手を握って止めさせた。
青島の体がビクリと震える。
強張った青島の横顔に、室井はなにかを言わなければと思った。
思ったが、言うべき言葉が浮かばない。
頭の中が真っ白だった。
長い長い沈黙に耐えかねたのか、青島が困った顔で室井を振り返った。
「…俺、帰るから、もう…」
解放して欲しいと身を捩るが、室井は青島の腕を掴んだまま硬直していたので、青島は逃げられない。
「室井さんてば…っ」
「誰が誰をふるっていうんだ、一体」
ようやく口を開いたら出てきた言葉はそんな言葉で、青島は気まずそうに俯いてしまった。
「もう…いいってば…」
震えた青島の声を聞きながら、室井は夢を見ているのかもしれないと思った。
夢なら、こんなに幸せな夢はない。
夢でも構わないと思った。
青島の手首を掴んでいた手を離すと、その手で青島の頬に触れた。
涙で濡れている頬に、優しく触れる。
「泣くな」
室井と視線を合わせると、青島の表情がまた崩れた。
「うう…っ」
目を閉じ顔をくしゃくしゃにして、言った。
「…き、好きだよ、室井さ…っ」
青島が自分を好きだと言って泣いている。
―これは…本当に夢かもしれない。
そっと頬を撫ぜながら、室井は真剣に思った。
夢なのか現実なのか、既に分からなくなっていた。
自分に都合のいい夢を見ているようにしか思えなくなってきた。
触れている青島の温もりと涙だけが現実だと教えてくれる気がして、室井は何度も青島の頬に触れた。
「…う…うう…っ」
「青島…」
青島の手が室井の手に重なる。
拒むわけではなく、ただ上から重ねられた。
「青島」
もう一度名前を呼ぶと、青島はゆっくりと目を開けた。
真っ赤な目と視線がぶつかって、
「これは夢か?」
思わずバカ正直に聞いてしまった。
青島は目を丸くして室井を見たが、苦笑気味にちょっとだけ笑った。
「それは、夢だといいな、ってこと?」
「いや、夢なら死んでも起きるもんかって思っただけだ」
真剣に言ったら、青島の目が益々見開かれた。
余程驚いたのか涙がピタリと止まり、大きな目で室井を凝視している。
落っこちてきそうだと思いながら、室井は青島の頬を両手でしっかりと包んだ。
ちゃんと温もりを感じているのに、やっぱり信じられない。
「やっぱり夢だ」
「な、なんで、夢…」
「都合が良すぎるから、俺に都合が良すぎる」
至って真面目に言う室井に、青島は困った顔で呟いた。
「夢じゃないよ…」
青島の手がおずおずと室井の頬に触れ、むにっとつままれる。
痛みはないが、青島の指先が触れている感覚はある。
室井の頬をつまんだまま、青島がもう一度言った。
「…俺、室井さんが好きなんだ」
目の前で青島の唇がそう動くと、室井は堪らず顔を寄せた。
近付いてくる室井に意図を悟ると青島は目を泳がせて慌てたが、室井がそのまま止まらずに近付くと、触れる直前に目を閉じた。
今度は慌てて離れたりしない。
ただ触れるだけのキスだったが、ゆっくりと重ねてゆっくりと離れる。
至近距離で見つめ合うと、青島が不安そうに笑った。
「現実、だよね?」
室井は青島をキツク抱きしめた。
今度はぶつけるように唇を奪うと、何度も角度を変えて重ねる。
躊躇うことなく、青島の腕が室井の背中を抱いた。
―求められている。
室井は堪らず、舌で青島の唇を割った。
「んっ……ん、ふ…っ」
手の平で首筋を撫ぜながら、小さく吐息を漏らす唇を貪る。
青島が必死に応じてくれているから、それもまた堪らない。
「青島…」
唇を離すと、今度は首筋に吸い付く。
強く吸って痕を残しながら、手の平で青島の身体に触れた。
「あっ…」
青島の唇から少し高い声が上がる。
その途端、青島は身を捩った。
「あ、あ、待って、室井さん、ちょっと、待って…っ」
恥ずかしかったのか、真っ赤になりながら室井を止める。
その言葉はちゃんと聞こえていたが、もう止められなかった。
「青島」
ぎゅっと抱きしめると、首筋に顔を埋めた。
「好きだ」
切羽詰った告白に、青島は息を飲み動きを止める。
「ずっと好きだった、ずっと…っ」
やっと口にできた言葉はずっと言いたかった言葉なのに、口に出してみれば気持ちの全てを伝えるには簡素すぎた。
青島に伝えたい想いがありすぎる。
好きだと伝えるだけでは、全然足りない。
もどかしくて堪らない。
こうすることで青島に伝われば良いというふうに、力いっぱい青島の身体を抱きしめた。
「…室井さん…っ」
それに応じるように青島がしがみついてくるから、何かしら伝わったのかもしれない。
互いの肩に顔を埋めたまましばらくの間じっとしていたが、やがて青島がくぐもった声で言った。
「室井さんの気持ち、分かるかも」
「ん…?」
「…やっぱり夢かもしんないね」
ちょっと笑ったようで身体が揺れる。
信じられないようなことが、お互いの身に起こっているということだ。
室井は肩からゆっくりと顔をあげ、青島の顔を覗きこんだ。
「確かめてもいいか…?」
もっと触れることで確かめたい。
伝えたい。
そんな気持ちが伝わったのか、赤面しながらも青島は頷いてくれた。
「俺も確かめたい」
堪らずもう一度唇を奪ってから、室井は青島を布団に誘った。




「青島……大丈夫か……?」
呼吸が少し落ち着くのを待って問うと、青島はキツク閉じていた目を開いた。
最中にも泣いたせいで、目が赤くうるんでいる。
濡れた額に張り付いた前髪をかきあげ、愛しむように頬や首を撫ぜてやると、照れ臭そうにはにかんだ。
「大丈夫です…」
「その…痛まないか?」
決して無理矢理ではなかった。
青島が望んでくれたからできたことだった。
時間をかけ、愛情を持って、青島を愛したつもりだった。
だが、なにぶん初めてのことで、加減も分からないし、不安もある。
気を付けたつもりだが、途中からはどこまで気遣ってやれたかもわからなかった。
「え、ええと、少しはその、まぁ、なんとなく、違和感が、でも、あの、平気です、多分」
しどろもどろに、だけど平気だと伝えてくれる青島に、室井はそっとキスをした。
全く平気なわけではなかっただろう。
どれだけ丁寧にしようと、無理のない、当たり前の行為ではなかった。
ましてや初めてだったのだから、平気なわけはない。
それでも室井を受け入れ、平気だと伝えてくれる青島が嬉しかった。
「ありがとう」
もう一度キスをすると、青島は嬉しそうに笑った。
―可愛いな。
抱きながら何度も思ったが、今もまた強く思う。
こんな場面で欠伸を噛み殺す青島さえ、可愛く見える。
唇を噛むようにして耐えていたが、堪えきれなかったらしく小さな欠伸を漏らした。
「…すいません、色気なくて」
眠そうな目で苦笑した青島に、室井も笑みを溢す。
「少し、眠ったらいい」
もうすぐ朝になる時間だが、あまり寝ていないし、体力を消耗したばかりだ。
眠くもなるだろう。
「でも…室井さんと話しがしたい」
「起きたらゆっくりすればいい。俺も君に話したいことが沢山ある」
「室井さん…」
「時間なら、あるだろ?」
暗に帰す気はないと告げると、青島は室井の首を引き寄せた。
柔らかくキスをして、微笑んだ。
「ん……起きたら、聞かせてください」
室井が頷くと、青島は満足したように目を閉じた。
「室井さん」
「ん?」
「さっき、夢見ました…」
半分寝惚けたような声で言う。
青島が何を話したいのか分からなかったが、室井は青島の声を聞き逃さないように耳を寄せた。
「ガキの頃の夢……俺が困って泣いてたら……なんの時だったかな、ほら、俺が母さんに怒られると思って公園に逃げ出して……」
眠気と戦いながら、ぽつりぽつりと話す夢の内容は断片的で分かり辛かったが、室井にはすぐに思い至った。
そして驚く。
「室井さんが現れて、手握って、一緒に……一緒に謝ってくれた……」
青島は、室井と同じ夢を、同じ夜に見ていたのだ。
子供の頃の夢を見て、目が覚めて、自分から離れていこうとする今の室井にどうしようもなく悲しくなって泣いていたのだ。
「青島…」
目を閉じたまま、青島は笑った。
「昔から、室井さんは特別だったんだ……」
腕がシーツに落ち、身体から力が抜け、眠ってしまったようだった。
室井はぼんやりと青島を見下ろしていたが、やがて小さく笑った。
奇跡のような偶然だったが、室井にも青島にも必要だったからこそ起こった偶然。
―何に感謝するべきかな。
考えながら、室井は青島の体から退き寄り添う形で横になると、青島の肩まで布団を引き上げた。
「おやすみ…」
青島の髪を梳きながら、その寝顔を見つめる。
不思議と眠気はさしてこない。
体は疲労しているのだが、頭が冴えて寝れそうもない。
きっと脳内に色んな物質が溢れでていて、つい先程までとはまた違った興奮状態にあるのだ。
青島が室井を好きだと言った。
青島に触れた。
青島を抱いた―。
心の中で何度も、やっぱり夢かもしれないと思ったが、夢であるわけがない。
青島のぬくもりも、涙も、声も、表情も、何もかもリアルに残っている。
今、目の前で寝息を立てている青島が全てだ。
その輪郭をなぞるように、そっと触れる。
起こさないように、そっと。


起きたら、何から話そうか。
話さなければならないこと、謝りたいことが沢山ある。
好きだと気付いて避けたこと。
兄でいたいと望んだことも嘘ではなかったことも知っていて欲しい。
結果的に泣かせてしまったことはちゃんと謝らなければ。
同じ夢を見たことも、話しておきたい。
自分がどれだけ青島を想っているか、そのことについても、青島が嫌がらなければ語らせてほしい。
そんなことを考えながら、室井は青島の寝顔を見つめ続けた。




結局、室井は青島が起きるまで、ずっとそうしていた。
目が覚めた青島は、室井が寝ていなかったことを知り、寝顔を見られていたことを悟り、盛大に照れる。
「悪趣味だよ、室井さんっ」
「でも、可愛かったから」
「…!」
真っ赤になり言葉を失う青島すら可愛かったわけだが、さすがに怒られると思ったから言葉にはしなかった。










END

2007.6.9

あとがき


最後、ちょっと長くなってしまいましたが、
これにて終了です!

室井さんが一人でジタバタしているお話になってしまったなぁ;
室井さんの心の動きが、もう少しキレイに、スッキリ書けたら良かったです。

最終話の、昔の二人を書くのが凄く楽しかったです。
室井さんが青島君を大事に思うわけ、みたいなものを書きたかったのですが…。
どうでしょうかね?(笑)
ちょっとでも伝わっていれば、幸いです!

悩んだのですが、最後は最後までいって頂きました(笑)
いや…この室井さん、物凄く青島君を大事にしているつもりで書いていたので
いっそ「青島が成人するまでは…」とか言ってくれてもいいかなーと思ったのですが(^^;
でも、片想いで煮詰まっていたとはいえ、
限界を感じていたのにそれも難しいだろうなぁと思うし、
室井さんも青島君もお若いことだし、そのまま…というのもいいかなーと。
思いまして、こんな形になりました。

添い寝した室井さんが、青島君の寝顔を眺めている場面は、
Nさんとのメールのやり取りで生まれたネタでした(^^)
このお話のネタではなかったのですが、
このお話の室井さんの初めての朝なんつったら、
感動やら感激で寝られないだろうなーと思いまして(笑)
青島君は寝ます。お疲れだし。
感動や感激は青島君もしてるけど、でも寝ちゃう(笑)
Nさん、こんなところで書いてしまいました!
有り難う御座いました〜v

この後、青島君の夏休みが終わるまで、
室井さんのお部屋でいちゃいちゃして過ごすんです。
いやぁ、きっと幸せですね〜v(妄想)

お話の長さのわりに時間がかかった連載となりましたが、
最後までお付き合いくださって有り難う御座いました!


AQUA様へ
時間がかかってしまいまして、申し訳ありませんでした!
ようやく完結致しました。
少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。
リクエストくださって、本当に有り難う御座いました!



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