■ priority


一倉の自宅に訪れて部屋に招きいれられた途端、青島は言った。
「大体さぁ、俺はアンタの愛情を疑ってんですよね」
聞きようによっては物騒な台詞だが、深刻な話ではない。
青島は腹の虫が納まらないので、ブツブツ言っているだけだった。
「そう言うなよ、大掃除手伝ってくれって頼んだだけで」
一応とりなすようなことを言いながらも、申し訳なさそうな顔一つしない一倉を睨む。
「久しぶりに電話して来た恋人の第一声が『明日大掃除するんだ』だったら、普通怒ると思いますよ?」
だから手伝いに来てくれ、と頼まれたのである。
もっとマメに連絡を寄こせだとか、電話で愛を語れだとか、自分自身でも難しいようなことを一倉に要求しているわけではない。
同じ社会人として、同業者として、一倉が忙しいのも理解できるし、お互い様でもあるのだ。
だからこそ久しぶりの電話にほんの少しだけ喜んだというのに、それが大掃除のお手伝いの依頼だったのだから、青島がガッカリするのも無理はなかった。
「仕方ないだろ、年末だし」
「だからってですねー」
「今日逃したら、次はいつ一緒の休みかわからんし」
「…だからって」
「掃除はしたかったし、お前にも会いたかったんだよ」
別にそんな言葉でほだされたわけではない。
―なんだよ、そんなの俺だって。
内心思ったが、一倉を調子に乗せるのも嫌なので、青島は口には出さなかった。
折角会えたというのに、いつまでも膨れているほど腹が立っているわけではない。
大掃除を手伝うことがそこまで嫌だったわけでもない。
ちょっとだけ面白くなかっただけである。
せめてもう少し恋人らしい言葉があっても良いんじゃないのかと思っただけだ。
つまり、「会いたかった」と言われて、結局ほだされてしまったということか。
俺って健気だなぁと、一倉に聞かれたら素直に頷いては貰えないようなことを考えながら、青島は肩を竦めた。
「ま、夜は美味いもの食わせてくださいね」
「俺か?」
即答で返って来たのだが、青島は一瞬なんの話か分からなかった。
少し考えて、呆れた顔で一倉を見上げる。
「今日は下ネタ厳禁ね」
次言ったら帰りますよと冷たく言うと、一倉は苦笑した。
「別にネタじゃないんだけどな」
なお悪い。
そう思ったが疲れるので突っ込みはいれずに、青島はさっさと片付けるべく腕まくりをした。


大掃除とはいえ、一倉の自宅がそう散らかっているわけではない。
離婚してから一人暮らしが長いせいもあるかもしれないが、意外と几帳面ではあった。
それに、必要最低限のモノしか部屋に置かないタイプの人間なのだ。
面白いモノを見つけるとつい買ったり拾ったりしてくる青島とは正反対である。
なので、一倉の部屋を掃除するのは、それほど大変なわけではなかった。
「風呂場終わりましたよ、一倉さん」
リビングで仕事に使ったらしい資料を整理している一倉に声を掛けた。
「おー、サンキュー。次は、寝室の掃除頼む」
「はーい」
掃除機の在り処くらい、既に知っていた。
勝手にひっぱり出してくると、寝室の掃除を始める。
「あ、シーツも替えますー?」
思い出してリビングの一倉に声だけで確認すると、
「明日替えるから良いよ」
と、返事が返ってきて、青島は変な顔をした。
少しの間の後、一倉の笑い声がする。
「今度は本当にネタじゃねーぞ。ま、下だけどな」
いらない一言に、青島は仏頂面で掃除機のスイッチを入れた。
―聞かなきゃ良かった…。
恥ずかしい男だと思いながらも、一倉の言うことを否定することもできない自分が悲しい。
勝手に照れ臭くなって、少し乱暴に掃除機をかける。
大雑把なかけ方ではあるが、一倉が文句を言うことはないだろう。
言うくらいだったら、青島に掃除の手伝いを頼もうとは考えないはずだからだ。
大雑把ではあれど一応部屋の隅々までかけると、壁側に面したベッドの足元の隅に、紙袋が置いてあるのを見つけた。
なんとなく気になって袋の中を覗き込んで、軽く目を見張る。
掃除機のスイッチを切ると、紙袋を持ち上げてベッドに腰を下ろした。
中身を取り出すと、数冊の雑誌だった。
政治や経済の真面目な本でも、ゴシップな週刊誌でも、もちろんエロ本でもなく。
普通の、青年向けの漫画雑誌である。
青島も若かりし頃には良く読んだことのある雑誌だったが、最近はお目にかかることは滅多になくなった。
―なぜこんなものが一倉さんの部屋に?
疑問に思っていると、一倉が寝室に入ってくる。
「青島、夕飯だけど…ああ、それ、ここに置いてあったのか」
青島が手にしている雑誌を見て、思い出したように頷いている。
「どうしたんですか?これ」
思わず尋ねると、一倉が首を傾げた。
「どうしたって…俺が買ったんだが?」
「ええっ!?」
驚きのあまり変な声が上がる。
その声に、一倉も少し驚いたようだ。
「なんか可笑しいか?俺が、漫画買うと」
「可笑しいっていうか…一倉さんが読むってことですか?」
「ああ、たまにな」
今度こそ本当に驚く。
青島は意外そうに雑誌と一倉を見比べた。
漫画本を読んでいる一倉がどうにも想像できなかった。
読んだらいけないことはないが、一倉と漫画本は物凄く不釣合いに思えたのだ。
「いつも買ってるわけじゃないけどな。暇なときに、たまに買ってるよ」
言いながら青島が手にしていた雑誌を取り上げて、ぺラペラと捲って見る。
「買って読んだらすぐに捨てるんだけどな」
前に掃除した時に何冊か処分するのを忘れていたのを発見して、まとめておいたのがこの紙袋に入った雑誌だったらしい。
古紙回収はいつだったかな?と考え込んでいる一倉を、青島は目を瞬かせて見上げた。
「はぁ……意外っすねぇ」
「俺が漫画を読むってことがか?」
結構面白いぞと言いながら、紙袋に雑誌を戻す。
「似合いませんね」
思わず素直に言ったら、一倉は苦笑した。
「こんなものに似合うも似合わないもないだろ」
「そりゃあ、まあ、そうでしょうけど」
一倉との付き合いはもう結構長くなるが、一倉が漫画を読んでる姿を見たことはないし、読むということ自体全く知らなかった。
漫画を読むということ自体は、大したことではない。
漫画など、日本人なら一度は読んだことがあるだろうし、中には漫画が好きな大人だった山ほどいる。
たまに読む程度の一倉のような人間も山ほどいるだろう。
それでも、一倉のような男が漫画を読むことにはやっぱり驚かずにはいられない。
まだまだ自分の知らない一倉がいるのかもしれないと思うと、それは新鮮でもあった。
「知りませんでしたよ、全然」
まだいくらか驚いている青島に、一倉は少し柔らかく笑った。
「言ったろ」
「え?」
「暇なときに読んでるんだよ」
一倉の手が、青島の髪を乱暴に掻き混ぜた。
「お前と一緒の時に読んでるわけがないだろ」
言い換えれば、お前といて暇なわけがないだろ、ということだ。
じんわりと青島の頬が赤くなる。
セクハラまがいな発言にはいい加減慣れて適当に受け流せるが、一倉が不意に寄こすこういう言葉にはいつまで経っても慣れない。
愛情が透けて見える一言は、青島だって当たり前に欲しがっている。
そのくせ、本当に言われると、どうにも照れ臭かった。
一倉が喉の奥で笑った。
「可愛いヤツ」
青島はムッとした顔で、一倉の手から紙袋を奪い取った。
「面白いなら、読ませてくださいよ」
特に読みたいわけではない。
一倉が好きな世界なら触れてみたいとは思うけど。
今は単なる照れ隠しなだけだった。
それを見越したわけではないのだろうが、一倉はまた紙袋を取り上げてしまう。
「後でな」
「なんでですか、掃除ならちゃんと…」
腰を屈めた一倉が急に近くなって、口ごもる。
少しだけドキリとして身を引いた青島の肩を掴んで、唇を寄せてきた。
「暇なときに、な」
言いながら、キスをされる。
柔らかく触れると、少しだけ離れる。
だけど、唇の触れあう距離のまま。
「今は暇じゃないだろ?」
囁かれると、また唇を塞がれるから、青島は目を閉じてそれに応じた。
目を閉じた途端、部屋に少し大きな音が響く。
一倉が紙袋を床に落とした音だ。
唇の角度を変えて何度も重ねながら、一倉が覆い被さってくる。
青島は背中に柔らかい感触を感じて、夢から覚めたように目をパチリと開いた。
「一倉さん、掃除、掃除は?」
「んー」
わざとらしく考える仕草をしてから、一倉はニッコリと笑った。
「後は、シーツを替えるくらいだな」
絶対嘘だ。
リビングではきっと一倉が整理のために散らかした書類が散らばっているだろうし、掃除機も掛け終わっていないし、台所は触れてもいない。
やるべきことは他にもあるはずだ。
そうは思うが、正直に言えば、青島も離れがたい。
青島の少しの逡巡を感じ取ったのだろうが、一倉が手を止める気配は無い。
左手で青島の額をむき出しにし唇で触れ、青島の服の裾から右手を忍ばせる。
触れられれば触れられるほど、青島が離れ難くなることを知っているのだ。
小さく息を詰めた青島に、思わぬ柔らかい視線が向けられる。
こういう時、一倉はズルイ男だと思う。
掃除を手伝えなんて呼びつけるくせに、深く求めてくる時は愛情を隠さないし惜しみもしない。
愛されていると何度も自覚させられるから、多少の暴言も暴挙も許してしまうのだ。
それがなんとなく悔しくて、可愛げのない事を思う。
―ま、掃除終わらなくても、困るの俺じゃないし。
そして、どうせ一倉も大して困らないのだ。
困るくらいなら青島をここで押し倒したりはしない。
事の後では青島が大して使い物にならなくなるからだ。
それを知っていて押し倒すのだから、後は自分でやるのだろう。
やらなければ、薄汚れたまま年を越すだけで、多分一倉はそれでも困らない。
「…シーツ替えるのは、一倉さんの仕事ね」
言いながら一倉の首に腕を回すと、耳元で一倉の笑い声が響いた。


***


「一倉さん、腹減った」
「何か食いに行くか?」
「面倒臭いなぁ」
「出前取るか」
「寿司がいいです」
「大して手伝ってないくせに、お前…」
「手伝わせなかったのは、アンタでしょうが」
「ノリノリだったくせに…」
「……」
「いた、痛いって、悪かったから、蹴るなよ、痛いって」
「寿司」
「ハイハイ、分かりましたよ」
「その前に」
「ん?」
「シーツ替えないと」
「あー…」
「どきますよ?」
「いや、後でいいかな。明日でいい」
「はい?」
「どうせ明日の朝も替えないといけないんだから」
「は…」
「明日で、いいだろ?」


良くない!という青島の主張は、通ったのか通らなかったのか。










END

2006.12.5

あとがき


miuさんからのリクエスト、
「一倉さんの部屋の掃除をしていたら漫画の本が出てきて、驚く青島君。(一青)」でした。

一倉さんと漫画の本って意外な組み合わせですが、
そういう意外性は知れるとちょっと嬉しかったりもしますよね。
知りたくない一面、という場合もあるでしょうが(笑)
漫画を読む一倉さんを想像すると、ちょっと可愛い気がします。
…気のせい?(笑)

凄く久しぶりに一青を書きました。
書いてみて感じたのですが、
一青の時の一倉さんはそれでもちょっと男前に書こうと努力してませんか?私(笑)
室青に絡んでくる時の一倉さんとは少し違う気がします。
青島君の恋人だと思うと贔屓目でもあるんでしょうか(そうれもどうだ)
もっと傍若無人な一倉さんの方が良かったかなぁ;
物足りなかったらごめんなさい!


miuさん、随分お待たせしてしまいまして、申し訳ありませんでした!
一倉さんに一倉さんらしさが足りなかった気がしますが…(汗)
久しぶりに一青が書けて、個人的にはとて楽しかったのですが(^^;
少しでも楽しんで頂けていることをお祈りしつつ…
この度は素敵なリクエストを有り難う御座いました!



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