■ An encounter 〜 幸せな日々


「ただいまー」
玄関に入って声をかけると、ほどなくして室井が姿を見せた。
三日ぶりに会う室井に、自然と表情が緩む。
それは室井も一緒だったようで、小さく微笑んでくれた。
「おかえり…疲れたろ」
言いながら、青島が手にしていた旅行鞄を持ってくれる。
「ありがとうございます〜…あ、中にお土産入ってますから」
「ん、ありがとう」
営業の仕事をしている青島は、出張で三日ばかり家を留守にしていたのだ。
室井に続いてリビングに入ると家に帰って来たという気がして、そのことに青島は苦笑した。
慣れとは恐ろしいものである。
室井に寄りかかることへの抵抗感は今でもあるが、この家を自分の居場所と決めてしまったようだった。
室井がいるこの家が、青島の居場所なのだ。
そのことには、もう抵抗はなかった。
「植木、元気だぞ」
言われて、青島は破顔した。
植木とは青島が趣味で集めている小さな鉢植えたちのことだ。
留守の間、室井に面倒見てくれるようにお願いしてあった。
丁寧に頼んだら「言われなくてもそれくらい」と当然のように請け負ってくれたから、何の心配もしていなかったが、律儀な報告は嬉しい。
「ありがとうございます」
「風呂沸いてるから、先に入るか?」
「あ、嬉しいです」
風呂と聞いてへらっと表情を崩す青島に、室井は苦笑して青島の髪を少し乱暴に掻き交ぜた。
そうしておいて、酷く優しい眼差しをくれるから、青島はドキリとする。
「おかえり」
二度目のそれは、ただの挨拶には聞こえなかった。
言葉の意味は挨拶でしかないけれど、室井の気持ちがそれだけとは限らない。
「室井さん」
旅行鞄を片付けようとしていた室井は、手を止めた。
「何だ?」
「もしかして不安だった?」
少し顎をひいて窺うように室井を見ると、頬を強張らせる。
図星かな?と思って、青島は苦笑した。
室井が青島の不在を不安に思うとしたら、青島が二度と戻らないのではないだろうかという不安だろう。
信頼されていないなどと、勝手なことは思わない。
室井が不安になるのも当然だと思うからだ。
室井がどれだけ自分を想ってくれているか、青島は嫌と言うほど知っていた。
「心配しなくても、どこにも行きませんよ」
青島は笑いながら室井の頬に唇を押し付ける。
室井は真顔で頷いた。
「分かってる。君が黙って出て行くとも思ってない」
嬉しいことに、ちゃんと信頼してくれてはいるらしい。
青島は有り難いなぁと思った。
だからこそ、何があっても室井だけは裏切らないと決めている。
「ただ、ちょっと…」
口ごもる室井に、青島は首を傾げる。
「ちょっと?」
室井は視線を落として、呟いた。
「……寂しかっただけだ」
余程気まずいのか、落ちた視線が更に斜めに逸れて、あらぬ方向を向いている。
青島は少し呆けてから、大きく笑った。
「室井さんてばも〜〜〜」
思わず力いっぱい抱きしめる。
男で、年上で、社長で、恩人。
だけど、可愛くて愛しい人。
―俺なんかに惚れちゃって可哀想。
抱き返してくれる腕を背中に感じながら、何度も思ったことをまた考えた。
自分になんか惚れたせいで、室井の人生は大きく変わっただろう。
今は貯金が減ってしまったくらいで、目に見えて変わったことはないかもしれない。
だけど長い目で見たら、10年後20年後の室井の人生は大きく変わったはずだった。
室井自身は全く気にしていないらしい。
気付いていないのではなくて、気にしていないのだ。
本来ならあったはずの未来より、青島を選んだのだ。
可哀想な人だと、青島はつくづく思う。
だからこそ、青島にも決めていたことがある。
室井を最高に幸せな人にしてやるのだ。
青島自身の手で―。
―10年後20年後に、室井さんに後悔させないように。
それが今の青島の人生における目標の一つだった。
室井と額を突き合わせる距離で、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「ね、一緒に入りましょうよ、フロ」
「……しかし、夕飯の支度がまだ」
「なんか新妻っぽい発言」
クスクス笑うと、後頭部を軽く叩かれた。
だが、一緒に風呂に入ることは満更でも無かったらしく、室井はそれ以上抵抗しなかった。


―何度見てもキレイな背中だなぁ。
室井の背中をスポンジで洗いながら、青島は思った。
普段はスーツに隠れているが、スリムなわりに筋肉質で均整のとれた身体をしている。
もう何度も見た背中だが、見るたび青島はキレイだと思う。
真っ直ぐに伸びた背中は、室井の性格をそのまま現しているように思えた。
―この背中にあれだけの社員が乗っかってるのか…。
自分も含めた室井の元で働く少なくはない人達を、この背中に背負って歩いているのだ。
「青島?どうかしたのか?」
手を止めた青島が気になったのか、室井が首だけで振り返ってくる。
青島は首を振ると、室井の背中にお湯をかけた。
白い泡の流れた背中はやはりキレイだった。
―支えてあげられるようになりたい。
思いながら、青島は室井の背中を軽く叩いた。
「はい、こーたい」
「ありがとう」
青島がくるりと身体の向きを変えると、室井も方向転換した。
背中に室井の手のぬくもりを感じて、何故かホッとする。
誰かのぬくもりがホッとするようになるなど、少し前の青島には考えもしなかったことだ。
酷く心地良いぬくもりは、背中から心に繋がっている気がした。
「仕事、楽しいか?」
青島は笑みを零した。
室井は良くそれを聞く。
気にかけてくれているのが嬉しい。
「ええ、凄く楽しいですよ」
営業職は自分に向いていると思ったし、頭を使って考える作業だって嫌いじゃない。
大変なことはもちろんあるが、それすらも今は楽しかった。
生きている気がするからだろうか。
だとしたら、それも室井のおかげだ。
「ありがとう」
言ったのは、何故か室井だった。
青島は少しだけ振り返る。
「何がですか?」
「色んなことだ」
「分かりませんけど…」
「言いたくなっただけだ」
何故か満足気な室井に、青島は苦笑する。
「大体ソレ俺の台詞だし」
肩を竦めて、前を向いた。
「……してもらったことがありすぎて、礼も言い切れないよ」
俯いて静かに吐き出す。
室井を巻き込むことに決めたのは青島で、それを今更後悔したりはしていない。
だけど伝えきれない感謝の気持ちは、いつだって青島の中にあった。
有難うだけでは、到底伝えられない。
「青島」
室井が背中にお湯をかけてくれる。
「幸せか?」
唐突な質問に、青島は前を向いたまま笑みを零した。
「当たり前でしょ」
「俺といて、幸せか?」
「それも当たり前だな」
「俺と話してて、幸せか?」
「…もちろん」
「飯食ったり、テレビ見たりするのは?」
「……」
「こうして風呂に入るのは?」
「む、室井さん?」
らしくない質問攻めに、青島は困惑気に眉を寄せた。
寄せたまま少しだけ振り返ると、室井は真顔で青島の背中にお湯をかけていた。
視線が合うと、手を止めて青島を見つめてくる。
そして、やんわりと微笑んだ。
「俺は幸せだ。青島がいてくれて」
幸せだ―。
そう繰り返す室井は本当に幸せそうで、青島はすぐに言葉が出てこない。
―そんなのやっぱり俺の台詞だ。
思っただけで、言葉にはならなかった。
優しい眼差しに射抜かれては、室井の言葉を否定することなどできやしない。
室井の手が青島の髪をくしゃりと掻き混ぜた。
「だからありがとうと、言いたかったんだ」
口下手な室井が丁寧に伝えてくれた想いは、多分青島の抱える想いとそう変わらない。


選んでくれて。
傍にいてくれて。
愛してくれて。
ありがとう。


感謝しているのは、何も青島ばかりじゃないということだ。


「…ほら、風邪を引くから、湯船に入れ」
そう言って、室井は先に湯船に浸かる。
青島は素直に後に続くと、勝手に室井に足の間に納まり背中を預けた。
黙って陣取ったことが可笑しかったのか、耳元で小さな笑い声がしたが気にしない。
すぐに後から腕を回して、青島の腹のところで手を組んでくれるから。
その手の上に自分の手を重ねて、青島は目を閉じた。
「室井さん」
「ん?」
「大好き、すっごい幸せ、ありがとう」
ぶっきらぼうに本心を告げたら、また小さな笑い声が聞こえる。
「青島…?」
「言い切れないなら、言い切れるまで何度でも言えば良いんですよね」
言い切れないからと言って黙っていては、心に溜まっていくだけだ。
心に溜めているだけでは、室井には届かない。
分かってくれてはいるはずだけど、せめてちゃんと言葉にして届けたい。
「大好き、です」
むき出しになっている肩に、小さな温もりを感じる。
「大好き」
顎に室井の手がかかって、振り向かされた。
青島は笑いながら、室井の唇を手で塞いだ。
「邪魔しないでくださいよ、満足するまで言わせてください」
眉を寄せ酷く複雑な表情をする室井に、青島は笑い声をあげた。
青島の言葉は聞きたいがキスもしたい。
そう室井の顔に書いてある。
クスクス笑いながら、青島はしみじみと呟いた。
「幸せだなぁ」
「…俺もだ」
「ありがとうございます」
「俺も感謝してる…だから」
手を離してくれないか?
くぐもった声で言うから可笑しくて、青島はやっぱり笑った。
「愛してますよっ」


室井がキスできるのは、もう少し先のこと。










END

2006.4.4

あとがき


10万HITお礼リク3作目は、はる様リクエストの「An encounter」の続きでした(^^)
はる様、大変お待たせ致しました!
幸せな二人を〜!というリクエストを頂いておりましたので、
幸せそうな二人を目指してみたのですが…露骨でしたかね;
お互いにお互いがいて幸せだー!というお話になってしまいました。
少しでも楽しんで頂けるとよいのですが〜;

青島君の出張に一倉さんも同行していたとか、
どうでもいい設定も考えてはいたのですが、
お話の流れ的になくてもいい設定だったのではずしました。
一倉さんが出てくるとギャグになるからなぁ(それはお前のせいだ)

青島君には声を大にして言ってあげたいですね。
「君と一緒にいて室井さんが幸せじゃないわけないじゃない!」と(笑)

また機会があったら、この二人も書きたいです。
お付き合いくださって、有難う御座いました(^^)



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