そう携帯電話の向こうから言ってきた時、彼はどういう顔をしてたのだろう。
青島は、今日も今日とて深々と室井の眉間に走る皺を眺め、漠然と思った。
時刻はずいぶん優等生の、二十一時過ぎ。
両手いっぱいに提げられた紙袋は、いつそんなに買い物をするヒマがあったんだ、と聞きたくな
るほど。
玄関のドアを開いて恋人を迎え入れようとして、そのまま固まってしまった青島だったが、ふたり
の間を走りぬけた北風の冷たさに、はたと現実に戻る。
「おかえりなさい、お疲れさまです、室井さん。」
会心の笑顔は本心そのものだったけれど、室井の眉間の皺を伸ばすには至らなかった。
青島の誕生日前々日の昨日は東京に初雪が降った。
そして前日の今日。
日中から晴れてはいたが、やはりかなりの冷え込みようで、青島が受け取った室井のコートは冷
えきっていた。
「うわ…。室井さん、今日は車じゃなかったんすか。」
スーツを脱ぎながら、室井がああと返す。
「車で帰るつもりだったんだが、…思うところがあって、ちょっと歩いた。」
背中から聞こえる彼の声は、やや苦悩が滲んだもののようだ。
仕事でまた何かあったのかな、と思い描くが、それなら今日こんな時間に帰宅出来たはずがない、
聞くべきか聞かざるべきか。
「――――――。」
迷った時、青島は本能を信じる。
ことばで量れない距離を、触れ合うことでワープ出来る時がある。
スーツの上着を脱いだ室井の背中に、ぴたりと胸を重ねた。
うしろから、抱きしめる。
愛情を込めて、室井の耳の後ろのせまい肌に頬擦りした。
ここも、冷たい。
「…難しい顔しちゃって、この寒い中歩いちゃって、こんなからだ中冷やしてさ、」
室井の胸の前で交差させた青島の手の上に室井のそれが重ねられて、触れ合った皮膚から、青島に
安堵が訪れる。
(よかった。間違わなかった。)
「一体、どこで何買ってきたんすか?室井さん。」
そのまま腕をとって、引き寄せながら、室井のからだが反転する。
抱き締め合ったところから体温が移っていくのが、お互いに判った。
ぎゅう、と腕に力を込めあう。
「…冷たいか?」
小さな声で室井が聞くので、青島も意味もなく、小声で返す。
ないしょばなしみたいに。
「ちょっとだけ。はやく暖まってください、室井さん。」
いつもみたいに、と耳元で笑ってやる。
ふと、件の紙袋の束…というか、山が、青島の目に留まる。
「ね、むろいさん、あれ。あれって、ひょっとしてぜーんぶオレのお誕生プレゼントだったりし
て?」
ふざけて、室井の額に自分の額を合わせながら青島が言うと―――。
(…あら?)
予想外。
いや…というちいさな声と共に、少しずつ和らいでいた室井の眉間に、また力がこもってしまっ
た。
ちょっとだけ焦って、青島が、冗談すよ、と続けると、室井はまた同じように、いや、と呟いた。
何かに逡巡しているようだ。
「…?」
怪訝に思いつつも、少し待つと、思い切ったように室井が視線をガッチリと合わせてくる。
「―――いや、全部君のだ。」
ギョッとする間もなく、室井はとんでもないことを続けた。
「今日は定時に退庁して、買い物に行こうと思ったんだ。君に、贈りものがしたくて…。」
「贈りもの!?む、室井さんまさかあれほんとに全部!?って、定時から歩き回ってたんすか!?」
そりゃからだも冷えるはずだ。
しかもあの紙袋全てが青島へのプレゼンとなのだとしたら。
(この二・三時間で、このひとは一体いくら散財したんだ!?)
考えて、空恐ろしくなる。
(―――室井は、こと青島に関しては、青島自身が呆れてしまうほど底なしのことをしでかすこと
が、付き合い始めてから往々にしてあった。
付き合い始めて、つまりお互いの行動を比較的把握しやすくなってからそれであったので、それ
までのいっそ疎遠と言えたような頃、
彼がどんなふうであったか――、それについては青島は考えないことにしている。今更どうしよ
うもないし、単純に知るのが怖かったからだ。
自分の杞憂であったら、というのが、心底正直な気持ちであった。)
無駄遣いしちゃダメじゃない、と思わず呟いた青島のことばに、室井はむっとして返す。
「何で無駄遣いなんだ。」
「や、だって室井さん、あれ全部って、」
「君が気に入らなきゃ無駄遣いだ。だからいろいろ考えた。あのなかでひとつでも君が気に入る
ものがあったら、無駄遣いじゃない。」
真剣な瞳と真っ直ぐな声。
青島はあっけにとられるやら、感動するやら、胸がきゅんとするやら。
眉が下がってしまう。
「むろいさん…、」
うなぎのぼりに高まっていく気持ちに、素直に流されてくちづけようとした。
が、室井の表情が微妙に変化した。
また先程の苦悩が見え隠れする。
「だが、…俺からのものだけじゃ、ないんだ。」
じんわり、室井の腕に力がこもる。
抱きしめられて、しがみつかれてるみたいだ、と青島は思った。
今は耳の後ろにいる室井のくちびるから、声がする。
「青島。」
正直に答えてくれ、と言われて、青島は何だか背筋が寒くなった。
やましさは何もない。その切迫したような室井の声にだ。
「君は、その、…―――、」
三秒の沈黙が重い。
「―――…新城と、何か約束をしているのか?」
…二秒置いて、
青島の口からマヌケな声が出た。
ごとり。
テーブルの上に並べられた三本のガラス瓶。
琥珀を薄くしたような色。
「デュベルビール…。」
ベルギーのビールだった。見覚えのある青島が、その名前を呟く。
「退庁する時、階段で新城に会った。あいつが本庁に顔を出すことはこのところなかったから驚
いたんだが、」
向こうは待ち伏せていたような感じだった、と室井は続けた。
ふたりの間では、室井の帰宅道中、充分外気で冷やされたであろうガラス瓶が、室温に少しずつ
結露を浮かべていた。
「…お早いお帰りで。この時期に、ずいぶんとお暇なようだ。所轄の刑事の方がまだ仕事がある
んじゃないですか。」
相変わらず、蛇みたいな目をするやつだ、と室井は思う。
けれど、新城のことばには、昔ほど険がない。
内容は
室井はそこかしこで付き合いを重ねるうちに、漠然とそれを理解していたので、特に気にするで
もなく、「君は、忙しいなかわざわざ嫌味を言いにここまで来たのか。」と返した。
新城はくちびるの端だけで笑った。
それを一瞥して、その場を通り過ぎようとした室井の胸元に、黒いビニールバッグが差し出され
る。
「…?」
なんだ、と目で問うと、視線をはずしたまま新城が口をひらく。
「今日中に、渡して下さい。」
「…誰にだ。」
心底苦く思いながら聞くまでもなかったが、まさか、という気がしたので、問うた。
そのバッグはとてもじゃないが、仕事にまつわるもののように見えなかったからだ。
新城も、答えるまでもない、と言わんばかりに、ねめつけるように視線を移しながら、笑う。
「あなたが、喜び勇んでこれから誕生日を祝ってやるやつにです。」
もう一度ずい、とそれが差し出される。
睨みあうようにして、それでも室井がそれを手に受け取ると、新城は、もう話はないとばかりに
踵を返す。
高らかに靴音をさせて、室井よりも先に階段を降り切った。
どうにも胸が黒く染まって仕方ない。
「新城。」
呼びとめた声にも、それがありありと表れていた。
新城は立ち止まるが、振り向きはしない。
かまわず室井が、何のつもりだ、と続けても。
ほんの少しの沈黙の後、表情を見せずに、声にも何も滲ませるこ
を真っ黒にした。
「―――室井さん。
奴と約束できるのが自分だけだとでも思ってるんですか?」
(…なんだ、そりゃ。)
青島の感想はといえばそんなものだったが、室井の眉間は、苦悶と苦渋に満ちていた。
「…それで、バッグの口は開いていたから、中を見たら、それが入ってた。」
「で、…室井さんは、まさかオレと新城さんの仲を疑ってたりするんすか?」
すっかりテーブルの上に頬杖などつきながら、半ば気の抜けたような声で、青島が尋ねると、
室井は眉間の苦渋をそのままに、そういうわけじゃない、と小さな声で返した。
青島は溜息をつく。
「…も、ほんとに…、キャリアってのは、ナンギなもんなんすねえ…。」
室井は青島の溜息にほんの少し怯えながら、一緒にしないでくれ、と思った。が、口にはしなか
った。
「室井さんね、からかわれたんすよ、新城さんに。」
つん、と眉間をつつきながら青島が軽い調子で言うと、その手を掴んで室井がガバと顔を上げる。
せきを切ったように、室井の口から、悩んだ末答えの出なかった疑問が溢れる。
「なぜ新城が君の誕生日を知ってるんだ。」
「たまたま、偶然にです。去年の今頃特捜がうちに立ってた時、オレとすみれさんが話してんの
を、新城さんが聞いてたんす。」
「なぜ、君に奴が贈り物をするんだ?」
「新城さんいじっぱりなんですよ。負けず嫌いというか…。ちょっとすみれさんも交えて話のな
りゆき上、そんなこ
「なら、―――約束ってなんだ。」
室井の目は真剣そのものだ。
青島は思わずちょっと笑ってしまった。
(ほんとにキャリアってのは…。)
「さあ。去年その話した時に、残りもんの弁当と缶コーヒーよりいいもん下さいっつったから、
そのことじゃないすか?」
今年は舶来もんのビールだから大出世、と握られてない方の指先で、ちん、とすっかり露に濡れ
た瓶をはじく。
しかし室井の気は逸れない。
「酒屋にも行った。このビールについてもずいぶん聞いて来た。ベルギーのビールで、名前の意
味は悪魔、という意味だそうだ。エールの薄い色をしてるがアルコールは普通のビールよりも高
くて…」
ずらずらずらずら並べ立てられる情報に青島は驚いた。
どこまで生真面目なんだこのひとは…。
「なぜこのビールなんだ。新城はなぜああいう言い方を?だいたいなぜ君の誕生日の前日、今日
中に渡せと言ったんだ?」
取り調べ受けてるみたいだな、と苦笑しながら、青島は間隙をぬって、伸び上がるようにして室
井にくちづけた。
テーブル越しの、軽いキス。
こうすると、室井が黙ることを知っていた。
「…ちょっと落ち着きましょ、室井さん。」
結果は、読みどおり。目をまるくして、固まっている。
そのさまに、かわいいひと、と、もう一度キスをして、青島は宥めるように言った。
「何でこのビールなのかはオレにも判りません。どっかの酒屋で安かったんじゃない?オレ飲ん
だことないし、室井さんのが詳しいっすよ。びっくりしました。」
「新城さんが思わせぶりな言い回しすんのは、なんか…いつもの事じゃないすかねえ…。あのひ
ね?と首を傾げながら問いかけると、室井の呪縛が、は、と解けた。瞬きなどしている。
「ただ、最後のは、オレ判りますよ。今日中に、っていうの。」
眉を上げて、青島がいたずらっぽく笑う。
「新城さんね、…オレの誕生日、知らないの。」
青島の表情に見入っていた室井の口がぽかんと開いた。
知らないっていうか、と青島は言う。
「去年の―――、あの時、特捜明けだったんすよ。オレらはオレらで特捜片付いた途端に別の通
報にかり出されて、後で聞いたら新城さんたちもなんかばたついてたらしいっすね。その事件も
ややこしい感じだったし。」
犯人逮捕前日、前々日と、夕方から深夜、翌朝にかけて目撃情報が入り、
しかもそれが全くの別人を違えた誤報だったり、本庁捜査員の勘違いであったりしたらしい。
十二分、所轄――湾岸署の青島たちも本庁の刑事もそれに踊らされ、ほとんどの人間が不眠不休
で二日余りを過ごしていた。
「そんで、すみれさんとオレの話の断片だけ聞いて、勘違いしちゃったんでしょうね、新城さん。
―――オレの誕生日、12月12日だと思っちゃったみたい。」
苦笑しながら、青島がたねあかしをする。
室井はそのことばを存分に噛み占めて、黙して脳内に行き渡らせたのち、…ようやく、脱力した。
青島は今度は素直に、声に出して笑った。
「もー、室井さんいろいろ考えすぎですよ!深読みしすぎ!」
職業病ですねえ、と、テーブルの上に突っ伏すようになってしまった室井の頭をなでてやる。
その、疲弊と安堵がいっぱいに滲む様子に、それだけ室井が真剣に自分について考えていること
を見てとって、嬉しくなったりもしながら。
うつぶせたまま、なんで教えてやらないんだ、と力なく呟く室井に、
「ああいうテンション張ってるひとって、間違いとか言いにくいじゃないすかー。」
ほっぺに米粒とかついてても教えてあげにくいひとっていません?
と、かくものんびりとした解答。
そのあと。
精神的疲労から室井が立ち直って、青島の誕生日前祝いが実現するのは、もう凡そ日付も変わろ
うとする頃だった。
END
(2005.12.21)
下らないオチでごめんなさい(笑
そしてお誕生日を1日間違えたのはわっちです!
(かずさんのお誕生日を誰よりも日付よりも丸いちにちはやくお祝いしてしまいましたことよ…。
かずさんゴメンなさい!愛してるから許して!! ←愛してるなら間違うな!!!!!;(笑 )
このおはなしには続編があります(^▽^)
新城さんの心情(えー)編と、室青前祝いですねv
室井さん、青島くんに何買って帰ったんでしょうか?
(ね、かずさんっ?) ←室青をおねだりしています(笑
怒ってないけど、愛してるから許します(大笑)
室井さんのプレゼントは何にしようかなぁ〜〜〜vvv(最早書く気満々・・・)
かず