チョコレート












「はい、義理ー」

素敵な台詞と共にすみれが差し出してくれた小さな箱に、青島は笑みを零した。

今朝から何個目かの義理チョコだった。

「ありがと」

「義理だからね〜」

「何度も言わなくていいから」

こりゃ失敬と言いながら、すみれは自分の席についた。

「まぁ、間に合って良かったわ。明日になったら、無かったかもしれないし」

青島は昨日まで研修のため海外に短期出張に出ていたため、不在だったのだ。

本当は今日の飛行機で帰ってくる予定だったのだが、空席があったので少し早く帰って来られた。

「明日になったらないって、一日くらい待っててくれないわけ?」

青島は首だけで背後のすみれを振り返る。

「それは私のお腹に聞いてくれないと〜」

やっぱり首だけで振り返ったすみれがそう言うから、青島は苦笑した。

「じゃあ、待ってはくれないね」

「そういうこと。お返しヨロシクね」

可愛らしく微笑むすみれに、青島は肩を竦めながら「ハイハイ」と返事をした。

「あ、ねぇ」

仕事に戻ろうと机に向き直ろうとしたが、すみれに呼び止められて留まる。

「ん?」

「随分、いい色に焼けてるけど、ちゃんと仕事してきた?」

「・・・失敬な」

元から浅黒い青島はではあるが、すみれの指摘通り、今は更にこんがりと日に焼けて小麦色だっ

た。

研修先が南国だったのだから無理も無い。

決して研修をサボって遊び倒してきたわけではないのだ。

青島は自分の頬を撫ぜながら、ニヤリと笑った。

「まあ、二週間の研修だったから間にオフもあったし、海には行ってきたけどね」

「あーずるーい」

「それくらい、いいでしょ。結構ハードな研修だったんだよ?」

楽しみがないと、やってられないではないか。

懇々と苦労話を語って聞かせると、すみれも苦笑を浮かべた。

「お疲れ様・・・・・・でも、間に合って良かったじゃない」

「何が?」

「バレンタイン」

悪戯っぽく笑われて、青島はちょっと目を瞠る。

この場合、チョコレートが貰えて良かったね、という意味ではない。

バレンタインに室井とデートができて良かったね、という意味だ。

青島は日に焼けた頬を指先で掻いた。

「いや、でも、デートの予定とかないし」

「えー?折角帰ってきたんだもん。会いに行けばいいじゃん」

「・・・・・・室井さん、特捜でほぼカンヅメ状態なんだって」

すみれに小声で訴える。

バレンタインがどうとかのつもりだったわけではないが、帰宅して真っ先に室井にメールをいれ

たが、少し遅れて返ってきた返事は、忙しい中室井が律儀に返して寄こしたと思われる短いメー

ルだった。

デートになんて誘える状況じゃない。

「あらら・・・残念だったわね」

「ん、でも、まあ、俺たちにバレンタインなんて、ね」

室井には会いたいが、バレンタインにこだわるつもりはなかった。

「あら。でもアメリカじゃ、恋人に感謝の気持ちを込めてプレゼントし合ったりするみたいよ?」

「ここ、日本だし」

「冷めてるなぁ。あ、倦怠期?」

凄いことを言うすみれに、青島は眉を顰めた。

チョコレート一つで、倦怠期と疑われるのは心外である。

「感謝の気持ちを伝えるのは、別にバレンタインじゃなくたっていいでしょ」

イベントごとは嫌いじゃない青島だが、忙しい時に無理をするほど子供じゃない。

楽しめる時にやらないと楽しめないことは、無理してやらない方がいい。

すみれも、室井や青島の事情も理解できるのか、苦笑して肩を竦めた。

「ま、それもそうね・・・・・・ちゃんと、伝えてる?」

青島の目を覗き込むように尋ねられて、青島は大きな瞳をクリクリッと動かしてみせた。

「その辺は、室井さんに聞いてみて」










二週間の海外研修ですっかり日本食が恋しくなっていた青島は、日本に帰ってきてから3日間、

真面目に自炊をしている。

本日もスーパーの袋を下げて、自宅に向かっていた。

仕事帰りに夕飯の材料を買って帰るのが習慣づいている。

いつまで続くか分からないが。

―やっぱり、ご飯と味噌汁だよなぁ〜。

普段はあまり意識しないが、二週間も白いご飯と離れていると、実感も篭るというものだ。

スーパーの袋を振り回し気味に歩きながら、自宅の前まで来てふと足を止める。

青島の部屋の電気が点いていた。

思い当たる理由は一つしかない。

「・・・・・・ラッキー」

軽く口笛を吹くと、急に軽くなった足を速めて、自分の部屋に向かう。

玄関に入ると、見慣れた革靴がお行儀良く鎮座していた。

その隣に自分の靴を乱雑に脱ぎ捨てる。

「ただいま〜」

部屋に入って声をかけると、室井が台所からひょっこりと顔を見せた。

久しぶりに見るその顔に自然と嬉しくなる。

青島を見て小さく微笑んでくれたから、室井もきっと同じ気持ちだ。

「お帰り。勝手に上がらせてもらってた」

「どうぞどうぞ〜」

むしろ嬉しいっすからと言いながら、室井に近づく。

近付いて、当たり前のように軽くキスをした。

「特捜片付いたんですか?」

「ああ、一段落付いた」

「そりゃあ、良かった。お疲れ様でした」

「ん・・・・・・君こそお疲れ様。研修、大変だったんじゃないか?」

「あーもーねぇ・・・」

すみれに愚痴った愚痴を室井にも言おうとしたが、室井が慌てて遮る。

「すまん。後で話を聞く。肉が焦げる」

今度は室井から掠め取るようなキスをして、台所に戻って行ってしまった。

きょとんとしていた青島だったが、苦笑するとコートを脱ぎ始める。

ようやく気が付いたが、そういえば部屋の中は随分良い香がしている。

青島が恋しくて仕方が無かった味噌汁の匂いもする。

どうやら室井はご飯を作りながら待っていてくれたらしい。

「ありがとうございます、飯作っててくれたんですね」

少し大きな声で台所の室井に話しかける。

「ああ、日本食恋しくなってるだろうと思ったから・・・」

「あははは、ビンゴです。ありがとうございます〜」

「でも、自炊してたみたいだな。珍しく冷蔵庫が充実してた」

鋭い突っ込みに、青島はスーツの上着を脱ぎながら、声を立てて笑う。

「この3日間、ちゃんと自分で作ってたんですよ。エライでしょ」

褒めて褒めてという口調で言うと、台所から室井の苦笑する声が聞こえた。

「できたら、続けてくれるといいんだが」

「えー?あ、でも、俺、室井さんが作ってくれる飯の方が好きだし」

「・・・そういう問題か?」

まんざらでもなさそうな室井の声に、今度は音を立てずに笑う。

ネクタイを外し腕まくりをすると、青島も台所に向かった。

「俺も手伝います」

シンクで手を洗うと、とんかつを揚げている室井の傍に寄る。

「もう、ほとんど終わってるんだ」

「あ、そうっすか・・・」

「付け合せのキャベツの千切りがまだだが・・・」

「やりますやります、あ、千切りとは呼べないかもしれませんけど」

青島の千切りの荒さは室井も既に知るところである。

室井は苦笑しながら頷いた。





室井のお手製の料理を腹いっぱい食べて、食後に二人で酒を飲む。

青島が室井にお土産に買って来た外国の酒だった。

「んー・・・・・・上手いのかまずいのか良く分かんないな」

買って来た本人が至極素直な感想を述べると、室井は苦笑した。

「俺もそう思ってた」

お土産だから言い辛かったのか、青島の感想に同意する。

青島も苦笑しながら、グラスを舐めた。

「やっぱり日本酒の方がいいっすね」

それには、室井は首を振った。

「たまにはいいだろ。こういう機会でも無いと味わえない味だから」

「ん、そう言ってもらえると、ありがたいな」

視線を合わせて笑みを零すと、室井がじっと見つめてくるから、ちょっと気まずい。

「え、と?何すか?」

「いや・・・随分いい色に焼けたな」

言われて、納得する。

それはすみれにも突っ込まれたことだったから、自分で宣言してみた。

「言っておきますけど、研修サボって遊んでたわけじゃないですからね」

喉の奥で笑うと、室井は首を振った。

「分かってる。そんなこと疑ってない」

「なら、いいっすけどねー」

「・・・ちょっといつもと違うな、と思っただけだ」

少し目を伏せるような仕草をした室井に、ドキリとする。

室井の照れが伝染したらしい。

青島は頬を撫ぜながら、茶化すように混ぜっ返した。

「あははは、見惚れちゃいました?」

セクシーですか?などとバカなことを言って笑ったら、思いもよらず真面目な瞳が返ってきた。

「ああ」

真顔で肯定されて、青島の笑い声が止む。

一瞬遅れて、赤面した。

「な、何、真剣にとらないでくださいよ」

冗談だってばと誤魔化そうとしたが、生憎と相手は生真面目を絵に描いたような室井で、今更誤

魔化されてはくれない。

「君が冗談でも、俺は冗談じゃない」

青島の手からグラスを取り上げると、唇を寄せてくる。

急にスイッチが入ってしまったらしい室井に面を食らったが、スイッチをいれたのは間違いなく

青島だった。

もちろんイヤではないので、目を閉じて唇を待つ。

ゆっくりと、何度も重なる唇。

もどかしくなって舌を差し入れたのは、青島の方が先だった。

室井の舌を求めて口内に入ると、すぐに室井の舌が絡んでくる。

久しくなかった衝動のまま、もっともっとと、唇を動かす。

室井のことはいつだって欲しいけど、しばらく会えなかったという事実がそれに拍車をかけてい

た。

それは当然室井も一緒で、キスしたまま後頭部を手で支え、そのまま後に押し倒される。

後はもう望むことなど、お互いに一つである。

「青島・・・」

リビングの蛍光灯を背に、室井が熱っぽい視線で見下ろしてくる。

自分に欲情するこの男を見るたび、照れ臭いが嬉しくなる。

多分青島もそんな喜びを室井に与えているのだ。

男同士、不毛な関係かもしれない。

それでも、間に芽生える感情は、決して不毛なんかではなかった。

確かにそこに存在している愛情のやり取りは、普通の恋人同士となんら変わりがないのだ。

それを実感するからこそ、青島はふと思い出して笑みを零した。

「バレンタイン・・・」

いきなり出て来た話題に、室井は目を丸くする。

構わずに、青島は続けた。

「バレンタイン、今年も何もできませんでしたね」

バレンタインを共に過ごせないのは、何も今年に限ったことではない。

仕事柄タイミング良くは中々会えないし、二人ともバレンタインに対するこだわりが薄いせいも

あった。

気まぐれにチョコレートを送りあったりした年もあったが、取り立てて何もしない年の方が圧倒

的に多かった。

だけどこうして室井と抱き合っていると、数日前のバレンタインデーのことが思い出される。

感謝の気持ち、互いの愛情を確かめ合う方法など、他にいくらでもある。

だけど良く考えれば、臆面も無く確かめられる貴重な日ではあった。

普段なら照れ臭い行動や発言も許されてしまうような、そんな日なのだ。

「チョコレートくらい・・・用意すればよかったかな・・・」

呟きながら室井の頬を撫ぜ、その顔を引き寄せる。

言葉にせずに唇を望んだ。

当然のように、室井は応じてくれる。

優しいキスをくれると、室井の手が青島のシャツのボタンを外す。

「・・・・・・チョコレートなら、これから貰う」

「え・・・?」

室井の指先が、むき出しになった青島の胸元を滑る。

こんがりと焼けた素肌をなぞられて、それだけで青島の背中がゾクリとした。

「室井さん・・・?」

じっと見下ろされると、どうにも照れ臭い。

室井は指先で触れた素肌に、唇を寄せた。

胸にキスをされたと思ったら、そのまま舌先でなぞられる。

「っ」

青島の身体が強張った。

久しぶりの感触に多少の緊張はあるものの、早くもっと触れて欲しいと思ってしまう。

が、室井は一度、そこから顔を上げた。

そして、真顔で言う。

「チョコレート色の君を貰うから、それでいい」

青島は一瞬にして、呆けた。

室井の台詞とは思えないような台詞を聞いた気がした。

少し呆けてから、弾かれたように笑う。

「ぶはっ・・・・・・ちょ、何言ってんの、室、」

あははははと笑いながら、室井の下で身を捩る。

ツボに嵌ってしまったらしい。

「オヤ、オヤジくさ・・・っ」

ひーひーと笑う青島を見下ろして、室井は憮然とした顔をする。

「・・・・・・笑うな、こら」

自分でもオヤジ臭かったと思っているのか、強く咎めることはしない。

ただ青島を見ろしたまま、青島の笑いの発作が納まるのを待っている。

青島が爆笑したままでは愛撫もままならないので、それも仕方が無い。

「ひひ・・・っ、だ、だって」

仰向けに寝ていた青島は、いつの間に横向きになって腹を抱えていた。

「いい加減にしろ」

怒っているというよりは困った声で言いながら、室井が青島の耳元に唇を寄せてくる。

耳元や首筋にキスをされて、笑いの発作も納まってくる。

室井は辛抱強く、何度もソコに唇を押し付けた。

耳に舌を差し入れられ、耳朶を甘噛みされると、青島の唇からは笑い声ではなくて熱っぽい吐息

が零れた。

青島は横を向いたまま、視線だけを室井に向けて、目を細めた。

「・・・・・・チョコレート、食べたい?」

室井の目にはっきりと欲望が宿るのが見える。

肩を掴まれて再び仰向けになり、室井の手が青島の手を捕らえた。

「食いたい」

素直な返事が愛しくて、青島はニッコリと笑った。

「甘いけど、覚悟して食ってくださいね」





残したら許しませんよ。

そう釘を刺したことを後悔するのは、きっと青島の方だ。

























END
(2006.3.12)


ネタはリカさんとメッセで盛り上がって生まれました!

ちっとも活かしきれてないですがっ(笑)