雑然とした机の上に、ちょこんと乗っていたのは柏餅だ。
季節外れなお菓子である。
「何?コレ」
青島が首を捻って呟くと、コーヒーを手にしたすみれがやって来た。
「何って、柏餅じゃない」
「そりゃあ、見れば分かるよ。じゃなくて、どうしたのさ」
「たまには、いいだろ」
答えたのは、和久だった。
「え?和久さんが買ってきたの?」
珍しいなぁと思っていると、和久は悪戯っぽく笑った。
「アレだ」
「え?」
「明日は、子供の日なんだろ?」
今は冬で、子供の日までは後半年もある。
一瞬和久がボケてしまったのかと思っだが、和久が言いたいことをすぐに悟る。
明日は青島の誕生日だ。
「誰が子供ですか」
眉を寄せた青島に、和久は肩を竦めてみせる。
「ちょっとした冗談だよ」
「もしかして、そのためにわざわざ柏餅買ってきたの?」
「まさか。かあちゃんに頼まれたついでよ」
ちょっと照れたように笑ったから、それが嘘だと分かる。
すみれも和久の隣で苦笑している。
きっと青島をからかうために、そしてお祝いのつもりで、わざわざ買ってきてくれたのだろう。
もしかしたら、素直に祝うのが照れ臭くて茶化した祝い方になったのかもしれない。
和久らしいなぁと思いながら、青島は笑みを零した。
「ひっかかるプレゼントだけど・・・・・・ありがとうございます〜」
「おう」
やっぱり照れ臭そうに笑う和久に、青島はすみれと二人目を合わせてひっそりと笑った。
「じゃ、早速頂こうかな」
「コーヒーいれてきてあげよっか」
ウキウキと言うすみれに、青島は苦笑する。
狙いが丸分かりである。
「すみれさん、露骨すぎ」
突っ込むと、すみれはかわいらしく唇を尖らせた。
「いいじゃない、皆でお祝いしましょうよ」
和久が思い出したように言う。
「すみれさんの分は、別に買ってあるよ」
「青島君、コーヒーくらい自分でいれなさいよ」
そう言って、嬉しそうに和久から包みを受け取るすみれ。
青島は呆れた顔で呟いた。
「本当に露骨だなぁ」
「何よ。甘えるのは良くないわよ〜」
「あのねぇ・・・」
謂れのないお説教に反抗しようとした青島だったが、すみれが硬直してしまったから言葉を飲み
込む。
隣を見れば、和久も口をポカンと開けていた。
「どしたの?二人
青島は首を傾げながら、二人の視線の先を追った。
視線を追って、クルリと振り返って、青島も硬直する。
「よぉ」
軽い挨拶を寄越したのは、一倉捜査一課長。
いつものように、ふてぶてしい笑みを浮かべて立っていた。
何故かバラの花束を持って。
しかも真っ赤なバラで、かなりの大きさの花束だ。
30本ではきかないだろう。
警察官が警察署に現れるには似つかわしくないどころか、違和感ありまくりである。
絶句して言葉のない一同に軽く肩を竦めて、一倉は青島に近づいてくる。
青島は思わず立ち上がり、少し後ずさる。
それを見て、一倉はニヤリと笑った。
あまり、というかどんなに無理をしても、人が良さそうに見えないから怖い。
「ほら」
花束を差し出されて、青島は引き攣った。
むしろ、少し青ざめた。
「ほら・・・って・・・・・・」
「明日誕生日なんだろ?」
何でアンタまで知ってるんだと思いながら頷くと、一倉はずいっと花束を差し出してきた。
青島はその分だけ身体を後ろにそらす。
そんな青島に気にすることなく、一倉は怪しいまでに爽やかに笑った。
「誕生日、おめでとう」
「あ、ありがとうございます・・・」
「これはプレゼントだ。やるよ」
「いりません」
思わず、きっぱりと断ってしまう。
失礼だったかもしれないが、それでも一倉からの花束なんか受けとれない。
色んな意味で、恐ろしすぎる。
一倉はわざとらしく眉を吊り上げた。
「お前、その言い方はないだろう。折角の人の好意を」
「た、大変恐縮でございますが、お気持ちだけ有り難く」
引き攣りながら言い方を丁寧にしてみたら、一倉は苦笑した。
「いいから、受けとれよ」
「いや、いいです」
「なんで」
「なんでって・・・そんなの俺の台詞ですよ」
青島は真剣に呆れた顔をした。
「なんでこんなもん」
「こんなもんとは酷いな。折角のプレゼントを」
堂々巡りしそうな会話に眉をよせつつ、青島は言い直した。
「どうして、俺にバラの花束を寄越すんですか」
「バラが気に入らないのか?」
「そういう問題じゃなくてですねぇ」
「ちゃんと、年の数だけ買ってきたのに」
青島は恐る恐る尋ねる。
「マジで?」
「マジだ」
「バカじゃないの・・・」
思わず本音を零すと、一倉は声をたてて笑った。
「失礼なヤツだなぁ」
そう言うわりに楽しそうで、青島は深い溜息を吐いた。
室井に対する嫌がらせか、青島をからかうためか。
一倉が青島にバラの花束を贈る理由はそのどちらかだ。
そのために、手間と金を惜しまない太っ腹―というのか甚だ疑問だが、なところだけは、評価に
値した。
青島は今更一倉に道理を期待することは愚の骨頂と悟る。
一倉を相手にするときは、一倉を相手にしているのだということを忘れてはならない。
つまり、常識なんてあてにならないということだ。
だから、青島も気にしないことにした。
色んなことを。
「一体いくらしたんですか」
開きなおって、一倉の手元を覗き込む。
花には罪がなく、赤いバラはキレイだった。
「プレゼントの値段を聞くなんてマナー違反だぜ?」
最もらしいことを言う一倉。
青島はろくに相手をしない。
「まぁ、いいっすけどね・・・・・・それに見合ったお返しなんか出来ませんし」
「一晩付き合ってくれたらそれでいいぞ?」
「だってさ、すみれさん。あれ、貰ったら?」
すみれに振ると、呆れた顔で青島を見ていた。
「それって、セクハラじゃないの〜?」
「・・・だってさ、一倉さん」
今度は一倉に振る。
一倉は苦笑しながら、花束を引いた。
「そこまで嫌がられると、さすがに悲しいな」
持って帰ってかみさんにでもやるかと呟くから、青島にもちょっとした罪悪感が生まれる。
持って帰ってもらった方が本当に有り難いのだが、やはり一倉が一応は青島のために―そこにど
んな思惑があろう
す。
根がお人よしなのだ。
だからそこに付け込まれるのだが、いつだってそれに気付いた時には後の祭りなのである。
「・・・・・・ん、ください」
青島が手を差し出すと、一倉は目元を和らげた。
「お、受け取ってくれんのか」
「折角、ですからね。ご厚意は、ありがたく」
「もうちょっと色気のある受け取り方できないのか?」
どんな受け取り方だと思いつつ、青島はグッと手を更にだした。
「早く、くださいよ」
青島が一倉に花束を強請っているみたいで、ちょっとイヤな感じだ。
顔に出ていたのか、一倉は笑いながら再び花束を差し出してきた。
「おめでとう」
改まって言われると照れ臭い。
「・・・・・・どうもです」
青島は差し出された花束に手を伸ばしながら、小さく頭を下げた。
その瞬間にカシャリと軽い音が鳴る。
ん?と首を捻ると、何故かすみれが携帯電話を構えていた。
「・・・何してんの?すみれさん」
「記念撮影」
「いらないよ、別に」
「なんだよ、折角なんだからいいじゃねぇか」
先ほどから折角折角というが、何が折角なのか全く分からない。
青島の誕生日は、別に一倉にからかわれるためにあるわけではないのだが。
「ほら、青島君も笑って」
「え?まだ撮んの?」
「折角だもん」
すみれまで言い出して、青島は深い溜息を吐いた。
どうせ言うことを聞かないと、いつまで経っても一倉やすみれからは解放されないのである。
青島は笑みを作って、顔に貼り付けた。
そして、一倉と一緒に写真に納まる。
シチュエーションは当然花束贈呈だ。
「一倉さん、このためにココに来たの?」
すみれが写真を撮り終えるのを待って、青島は一倉に尋ねた。
「まぁな」
「暇なんですね〜」
「わざわざ時間を割いて来てくれたんだと、感動してもいいんだぞ」
「・・・・・・わー嬉しい」
棒読みで言ったら、一倉は苦笑した。
「まぁ、無駄にならなくて良かったよ」
そう言われて、腕の中のバラの花束に視線を落とす。
不慣れなモノを持っているせいか、ちょっと落ち着かなかった。
「しっかし、何で俺にバラなんすか・・・」
「よく似合うぞ」
「嘘吐け」
「嘘じゃない、室井が見たら泣いて喜ぶんじゃないか?」
「そんなわけー・・・・・・・・・すみれさん、何してんの?」
青島ははっとして、すみれを見た。
すみれは携帯電話を弄っている。
どうやらもう写真は撮っていないようだが、何か不穏な動きを感じるのは青島の気のせいか。
「別に〜」
意味ありげに青島を見て、すみれは携帯電話を畳んだ。
「ちょっと・・・」
「別に。ただ、メールしてただけよ」
「だ、誰に」
「あら、プライバシーの侵害よ・・・・・・と言いたいところだけど、すぐにバレちゃうわね」
「は・・・?」
すぐにすみれの手の中で、携帯電話が鳴った。
目を剥いた青島に構わず、すみれは通話ボタンを押す。
「恩田です」
電話の向こうから漏れ聞こえる声に聞き覚えがあるのは、確実に気のせいではなかった。
「何考えてんのさ・・・すみれさん・・・」
呆れ果てた青島の肩を叩いたのは、和久である。
ぽんと叩かれて振り返ると、酷く暖かい眼差しで見つめられた。
「お前も大変だなぁ」
「・・・・・・他人事だと思ってるでしょ」
「生憎と、本当に他人事だしなぁ」
まあ、がんばれよ、と無責任な応援を残して、和久は離れていった。
騒動に関わるのはごめんとばかりに。
「どっちに替わります?」
電話の向こうにそう尋ねたすみれが、青島を見てニコリと笑った。
そして、当然のように青島に携帯電話を差し出してくる。
「はい。ご指名」
誰かなんて、聞く必要はなかった。
「室井さん?」
『・・・・・・どうなってるのか、教えてくれ』
低く抑えた声に、眉間に皺が見えた気がした。
抑えているのは、多分怒りだ。
ちらりと一倉を見ると、ちょっと首を傾げて肩を竦めてみせる。
―ふてぶてしい。
思ったが、そんなことは今更だった。
「どうもなっちゃいませんよ、別に」
『その、花は』
青島はバラの花束を見下ろして、苦笑した。
「一倉さんからの誕生日プレゼントらしいっすよ、一応」
半分嫌がらせのようなものだから、「一応」だ。
他人事のように答えると、電話の向こうで室井が低く唸った。
『受け取るな、そんなもん』
「欲しくて貰ったわけじゃないっす。分かってるでしょ?」
諭すように言うと、一倉が横で「傷つくな」と平然とした顔で言ってのけた。
当然、青島はシカトである。
『・・・・・・遠慮でも同情でもなんでもいいから、受け取るな』
怒ってるのかいじけてるのか分からない室井の声に、青島は思わず笑みを零した。
―室井さんがこうだから、一倉さんに遊ばれるのに・・・。
青島が絡むと過剰に反応するから、一倉が室井をからかって遊ぶのだ。
すみれや真下たちからのプレゼントには「良かったな」と笑ってくれたのに、一倉が相手になる
とコレである。
確かに、プレゼントの内容も特殊と言えば特殊だが。
―一倉さんに嫉妬する必要なんて、全く無いのに。
バカだなぁと思うが、それが愛しくもあった。
室井が過剰に反応するのは、嫉妬するから。
青島を好きだからだ。
それが嬉しいと思うから、少しだけ後ろめたかった。
幸せな気分で後ろめたい。
「ほら、一応プレゼントなわけだし、貰わないのも失礼でしょ?」
いらないときっぱり言った人間の台詞ではなかったが、室井はその場面にいなかったから問題は
ない。
「たまには、花もいいもんですよ」
のん気に言って、また手元のバラを見下ろす。
真っ赤なバラ。
歳の数だけあるらしい。
「俺の柄じゃないっすけどね」
照れ笑いを零すと、電話の向こうで室井が押し黙った。
少しの間の後、不服そうな子供のような、駄々っ子のような声が返ってくる。
『一倉からでもか』
青島は吹き出した。
「一倉さんからでもです」
『バラだぞ?』
「バラっすね・・・・・・これって趣味いいの?悪いの?」
『・・・・・・どう、だろうな。人によるんじゃないか?』
「うーん・・・微妙。なんかエロオヤジくさい」
『そうだな。いや・・・・・・その通りだから、似合ってるってことじゃないのか?』
「あ、なるほど」
「なんか、失礼なこと言われてる気がするな」
一倉が飄々と呟くと、すみれは肩を竦めた。
「気がするんじゃなくて、言われてるんだと思いますよ」
淡々と応じるすみれに、一倉は眉を顰めてわざとらしく溜息を吐く。
「君もキツイな」
「何を今更。優しくして欲しいんですか?」
「高そうだから、遠慮しよう」
「それは残念」
心の篭らない返事をしながら、すみれは一倉を見上げた。
「で、この責任はどう取ってくれるんですか?」
「あん?」
「あれ、」
すみれが指差した先を見て、一倉は少し目を丸くして、それから苦笑した。
「しまったなぁ・・・焚きつけるのは趣味じゃなんだが・・・」
視線の先には、青島がいた。
バラの花束を肩にかけ、少し俯いて。
携帯電話に向かって話す青島の頬は、すっかり緩んでいた。
『似合わない、ことはない、と思う』
「え?」
『花だ』
「あ、いやいや、ねー、やっぱり男に花は・・・」
『可愛かった』
「・・・・・・はい?」
『写真、可愛かった』
「な、何、言ってんですか」
『・・・だから、余計に腹立たしかったんだ』
青島は一倉とすみれに背を向けた。
バラの花束で、横顔を隠す。
だらしなく緩むのが分かったからだ。
無言になった青島に不安になったのか、室井は付け足した。
『君が悪いわけじゃないのは分かってるんだが・・・・・・』
ちょっと間が空いて。
『隣がやっぱり気に入らない』
眉間に皺を寄せて難しい顔をしている室井が、容易に想像できる。
―俺の隣なんて、アンタしかいないのに。
思ったが、言葉にはできない。
さすがに、こんなところで、そんなことは言えない。
どう言えば気持ち伝わるかな、とちょっと考えていると、室井が呟く。
『君の隣にいるのは、・・・・・・』
消えた語尾を思って、青島は笑みを零した。
「です」
『・・・ん?』
「その通り、です」
『・・・・・・君の隣にいるのは、俺?』
「です」
それ以外はありえないです。
***
結局、バラの花束は半分をすみれと雪乃にあげて、残りは有り難く自宅に持ち帰った。
花瓶などあるわけもないので、適当なグラスに無造作に生けておく。
青島の誕生日を祝いに来た室井がそれを見る度、苦い顔をしていたが。
その室井を見ては、青島は嬉しそうに笑っていた。
END
(2005.12.23)
今回はバカップルの勝ちだったみたいです(笑)
青島君の誕生日だし、そんなこともあるかも!・・・?
フロム一倉と言いつつ、和久さんからのお祝いもありました(^^)
和久さん一本で書くのは難しかったので、ついでに(笑)
このお話は、バラの花束を青島君に送る一倉さんが書きたかっただけだったり・・・。
次は、いよいよ、室井さんかな・・・?