フロム 真下












「真下君も出世したね〜」

厭味を言う青島に、真下は苦笑した。

袴田に青島を寄越すように依頼した時から、これくらいは覚悟していた。

しかし、内心ホッとする。

青島が言葉ほど怒っていなさそうだったからだ。

「まぁ、そういわずに」

「お前は本庁に行っても変わらないヤツだと思ってたのに」

「変わってませんよ、ネゴシエーターになったこと以外は」

「俺をもう先輩とは思ってないわけね」

わざとらしく鼻を鳴らす青島。

「思ってますよっ。もちろん!」

力いっぱい否定したら、青島は苦笑をもらした。

組んでいた腕を解いて、椅子に深く腰をかける。

「それで?何の用だよ」

文句を言ってある程度満足したらしく、さっさと話を促してくる。

それでも、くだらない用事だったら殴ると顔に書いてある。

真下は情けない笑みを浮かべた。

例えば真下がどれだけ変わろうと、それで青島の態度が変わるわけがないから、二人の関係は変

わらないのだ。

どんなふうにも。

―変えたいと思ってるわけじゃ、ないけどね。

真下はひっそりと思って、気持ちを切り変えた。

「後5分で、定時です」

壁掛け時計を指差しながら言うと、つられたように青島も時計を見る。

「うん?ああ、本当だ」

「袴田課長に今日は先輩をお借りしますと言ってあるので、先輩は湾岸署に戻る必要はありませ

ん」

「・・・・・・だから?」

「飲みに行きましょう」

「は?」

目を丸くして瞬きを繰り返す青島。

子供みたいな仕種がちょっと可愛いくて、微笑ましい。

「先輩、もうじき誕生日でしょ?ご馳走してあげますから、お祝いしましょう」

奢ってやると言えば青島が断るわけもないので、普通に飲みに行く約束をしても構わなかったの

だが。

湾岸署で働いた経験上、事件が起きればお流れになることは目に見えている。

本庁に呼び出された青島を袴田がちょっとくらいのことで呼び戻すわけがないから、青島はこの

後フリーである。

真下は確実な手段を選んだのだ。

明らかな職権乱用ではあるが、誕生日くらい大目に見てもらえるだろう。

青島はちょっと驚いた顔をした。

「お前・・・そのために俺を呼んだわけ?」

「先輩思いの後輩でしょう」

胸を張って応えると、青島は弾かれたように笑った。

「そーかそーか、分かってんじゃんっ、真下君」

イイヤツだと思ってたよと、取って付けたように言う。

すみれほどじゃないが、青島も食べ物に弱い。

そして何より、他人の好意にひどく弱い。

単純と言えば単純だが、青島の素直なところは好ましくもあった。

―変なとこ、天邪鬼だけどね。

真下は苦笑した。

「でも、良く覚えてんね。俺の誕生日なんか」

「良く言いますよ。僕が湾岸署にいた頃に、毎年たかってたのはどこの誰ですか」

「あははは・・・・・・そういや、そうだったな。だってお前の方が高給取りなんだもん」

青島は気まずそうに笑いながら、頭をかいた。

後輩でも階級は青島より上だから、真下の方が給料が高かったのだ。

「しっかし、たかられもしないのに自発的に奢るなんて・・・・・・なんか下心アリ?」

青島がニヤリと笑うから、真下は情けなくもドキリとする。

下心など、ない。

青島は大好きな先輩だが、そういう意味での「好き」ではない。

青島と室井のような、深い関係になりたいわけではないのだ。

ただちょっとだけ、喜ばせたかっただけだった。

―喜ぶ顔がみたいなんて、それも下心かなぁ。

真下がぼんやり思っていると、青島は悪戯っぽく笑った。

「合コンなら、予定ないよ」

それは言われるまでもない。

真下は肩を竦めた。

「分かってますよ。室井さんがいますからね」

名前を出したら、青島は少し照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。

「や・・・別に室井さんのことは・・・」

「関係無いことないでしょ。先輩が合コンなんかしたら、絶対怒りますよ」

「飲み会くらいで、怒んないよ」

「合コンは怒るでしょ」

「合コンもただの飲み会だろ?」

それはそうかもしれないが、青島が女の子と楽しく酒を飲んでいたら、室井だっていい気はしな

いんじゃないかと思う。

青島だって男だし、酒の席だし。

万が一のことだって無いとは言い切れないかもしれない。

「まぁ、もうずっと、してないけどね」

青島が肩を竦めた。

「なんでです?」

「ん、や、まぁ・・・」

「室井さん怒らないなら、いいんじゃないですか?」

「前ほど楽しいと思わなくなっただけだよ」

俺も大人になったってことかなぁ、などと呟く青島をよそに、真下はげんなりした。

暗に惚気られただけである。

―室井さんと付き合うようになって、他にもっと楽しいことができただけじゃないか。

青島自身は惚気た気はないのかもしれないが、真下の耳にはそうとしか聞こえなかった。

「真下?」

急に黙り込んだ真下に、青島は首を傾げている。

「何でもないです・・・・・・さ、そろそろ行きましょうか」

時計を見ると、定時をいくらか過ぎていた。

青島も頷くと、席を立つ。

「真下」

「はい?」

「ありがとう、な」

嬉しそうに照れ臭そうに、青島ははにかんだ。




13日に誘わなかったのは、わざとだ。

当日はきっと室井と過ごすだろう。

そう思ったから、気の利かない真下なりに気を使ったつもりだった。




だが、本当はちょっと違う。

真下が無意識に避けたのは、青島が目の前で自分より室井を選ぶこと。

―室井さんに、勝てるわけがない。

室井を敬う気持ちが真下に自分の気持ちを気付かせない。

だからこそ、真下は幸せだった。

嬉しそうに笑う青島がいるだけで、幸せだった。















おまけ



「それはやっぱり、誕生日プレゼントだったんじゃないか?」

やっぱりそうかなぁ・・・でも、何で草壁さんが知ってたんですかね?

「・・・さぁな」

あ、SATだから?

「SATは関係ないと思うが・・・」

まぁ、なんでもいいっすけどね。嬉しかったし。

「良かったな」

あの草壁さんが、仏頂面でガムを差し出してくれたんですよ?あはははは・・・。

「こら、笑うな。失礼だろ」

あはははははは・・・だって、嬉しかったんだもん。

「・・・青島、大分酔っ払ってるな?」

そんなことないですよぉ。

「言動が怪しい。どれぐらい飲んだんだ」

そんなでもないですよ〜ビールで乾杯して、日本酒を・・・・・・あれ?どれくらい飲んだかな?

「・・・・・・」

あれ?えへへへ・・・大したことはないですって。

「真下君はどうした?無事に帰れたのか?」

駅のトイレで吐かせてからタクシーに乗せたんで、大丈夫じゃないかな?

「・・・・・・はぁ」

あ、呆れてる。

「程々という言葉を知らないのか」

いやーあはははは・・・久しぶりだったし、ついねぇ。

「・・・分かったから、もう寝た方がいい」

ん・・・・・・そっかな。

「明日堪えるぞ」

遅くに、すみませんでした・・・。

「いや、それは構わないが」

室井さん・・・。

「ん?」

早く会いたいです・・・・・・。

「青島?」

・・・・・・・・・。





「青島?」

電話に向かって呼びかけるが、応答はない。

どうやら眠ってしまったらしい。

「早く会いたいって・・・・・・昨日も会ったばかりじゃないか」

そして、13日にはまた会う予定だ。

青島がイヤだって言ったって、室井は会いに行くに決まっている。

今更願うまでもない。

室井は苦笑した。

反応のない電話の向こうに向かって、小さく呟く。

「おやすみ」

風邪を引かなければいいがと思いながら、室井は電話を切った。























END
(2005.12.17)


真下君が片想い風味〜(本当に風味ですが>笑)