フロム 草壁












久しぶりに本庁に向かった青島は、膨れっ面だった。

室井に会いに来るためではなかったが、だからといって不機嫌なわけではない。

室井に会えるならちょっとは嬉しいが、仕事は仕事と割り切っている。

だから、袴田に本庁行きを命じられた瞬間から青島が不機嫌極まりないのは、それが理由ではな

かった。

本庁の前まで来ると、意味なく高い建物を見上げて、心の中で悪態をついた。

―真下のヤロウ・・・。

青島に本庁行きを命じたのは袴田だが、袴田に青島を寄越すように命じたのは真下である。

青島が面白くないのはソコだ。

「すっかり偉くなっちゃって。俺を呼び付けるなんて、いい根性してるじゃないの」

真下が直接青島に声をかけたなら、青島だってここまで膨れなかった。

袴田を通すということは、命令なのだ。

青島に拒否権はない。

行かなければ、袴田のカミナリが落ちるだけである。

真下が何のようで青島を呼び付けたか知らないが、事件ではないことは確かだ。

交渉課準備室に青島の手がいるとは思えない。

雑用を押し付けるつもりなら、どうしてくれよう。

「・・・絶対、泣かしちゃる」

割り切っているというわりには公私混同している気もするが。

青島は間違った方向に闘志を燃やしながら、意気揚々と本庁に入って行った。




エレベーターホールで見知った顔を見付けた。

相手は軽く引き攣っているが、青島は気にすることなく笑顔を浮かべた。

「お久しぶりです〜、草壁さん」

強面な顔がより一層恐く見える。

そんなことには慣れっこである青島は愛想良く、「こんにちは〜」と続けた。

「・・・・・・ああ」

草壁からの返事は極短いもので、会話としては不自然だが、青島はやっぱり気にしない。

草壁とはこれで挨拶が成り立っているのだ。

少なくても青島はそう思っている。

だから、いいのだ。

草壁と二人並んでエレベーターを待つ。

「正月休み、取れそうっすか?」

「事件がなければな」

「あ〜ねぇ?そこ重要ですよね。年末年始くらい、皆大人しくしててくれればいいんすけどね〜」

「年末年始、だけじゃないと、なおいい」

青島は目をパチクリすると、草壁を軽く見上げた。

恐い顔で開かないエレベーターのドアを睨んでいる。

青島はひっそりと笑みを零した。

「そうっすね」

軽い音がなり、エレベーターのドアが開く。

無言で乗り込む草壁の後に続いた。

目的の階のボタンを押すと、草壁がちらりと青島を見た。

「一課じゃないのか?」

青島が用事があるとすれば、そこしかないと思っているらしい。

そもそも青島には本庁にあまり用事がない。

お迎えだお使いだと雑用を頼まれることがあるくらいだ。

今回も向かう場所が違えど、大差はない。

「今日は別口のお誘いです」

青島が肩を竦めてみせると、草壁は少し眉を寄せた。

「もしかして、また何かやらかしたのか?」

青島は思わず半眼になる。

「またってなんすか、またって。人がいつも何かやらかしてるみたいな言い方止めてくださいよ」

人聞き悪いと思ったが、青島の日頃の行いの方がきっと悪いのだ。

草壁はまた開かないエレベーターのドアに視線を向けると、小声で呟いた。

「・・・・・・何もないならいい」

青島は、おや?と首を傾げた。

もしかして心配してくれたのだろうか。

下から草壁の顔を盗み見ていると、じろりと睨まれる。

「なんだ」

「いいえぇ〜何でも」

ヘラッと笑うと、草壁はまた眉を寄せたが何も言わずに前を向いてしまう。

青島は苦笑しつつも、目を細めた。

不器用な草壁らしい優しさを見た気がした。

―不器用さでは、室井さんといい勝負かな?

ひっそりと笑っていると、エレベーターが止まり、ドアが開く。

草壁が降りる階に着いたらしい。

難しい顔のまま歩き出す草壁に、青島はペコリと頭を下げた。

行きかけた草壁が足を止める。

振り返ると、閉まりかけたドアを手で押さえ、ポケットに手をいれる。

「草壁さん・・・?」

きょとんとした青島に、草壁は恐い顔で何かを放って寄越した。

「え・・・?わっ」

驚きつつもちゃんと受け止める。

手の中のものを確認すると、ミント系のガムだった。

困惑してガムと草壁を交互に見る青島を一瞥して、草壁は青島に背を向けて歩き出す。

何が何だか分からない。

が、どうやらこのガムはくれる気らしい。

青島は慌てて閉まりかけのドアを押さえた。

「草壁さんっ」

また足を止めて振り返った草壁は、相変わらず恐い顔。

「あ、ありがとうございます・・・?」

訳が分からないまま礼を言ったら、語尾が疑問系になってしまった。

草壁は小さく頷く仕種をすると、今度こそ行ってしまう。

力を抜くとドアが閉まり、青島を乗せたままのエレベーターも動き出す。

青島はもう一度手の中のガムに視線を落とした。

頷いたところを見ると、くれたのだと見て間違いないだろう。

「・・・・・・」

ちょっと考えて、まさかなぁと思う。

思い出したのは、昨日すみれがくれた千歳飴だ。

「まさか、草壁さんまで誕生日プレゼントにくれたわけじゃないよなぁ・・・」

大体草壁が青島の誕生日を知っているわけがないとも思う。

草壁がくれたガムにはコンビニのテープが貼ってあった。

草壁に会ったのは偶然だから、もちろん青島にくれるために買っておいてくれたわけがない。

自分で食べるために買ったのだろう。

それを封も切らずに青島にくれたところをみると、やっぱりプレゼントだったのかもしれない。

エレベーターが止まりドアが開くと、青島はポケットにガムをしまって歩き出した。

廊下を歩く青島を、擦れ違う警察官たちが訝しげに見てくる。

青島が変な顔をしていたからだ。

込み上げてくる笑いを噛み殺すのに失敗したのだ。

―一言くらい、言ってくれればいいのに。

そう思いながら、軽くポケットを叩いた。

あれほど不機嫌そうだった青島はどこへやら。

交渉課準備室に向かう足取りは、すっかり軽くなっていた。























END
(2005.12.13)


真下君編に続きます〜(^^)