ドライブ










助手席に乗り込んだ青島に、室井が言った。

「忘れ物ないか?」

「うーん・・・・・・多分」

頼りない返事に、室井は苦笑する。

「まぁ、財布さえあれば、どうとでもなるか」

「ですね。あ、運転、俺がしますよ?」

本当は青島が室井を迎えに行こうと思っていたのだか、官舎で誰かと鉢合わせしても気まずいの

で、室井に車を出してもらったのだ。

「いい。いつも君に運転してもらってるから、今日は俺がする」

室井が言っているのは、仕事のことだ。

確かに湾岸署に室井がくれば、その送迎は青島の仕事である。

それを気にかけてくれていたのか、プライベートの時くらい、自分が運転すると言ってくれてい

るのだ。

律義な室井に青島は微笑んだ。

「別に気にしなくていいのに」

「君こそ気にするな」

「疲れたら言ってください。交代しましょ」

「ありがとう」

室井は青島がシートベルトを締めるのを待ってから、車を発進させた。



揃ってもぎ取った非番。

前々から、休みが取れたらドライブに行こうと約束していた。

ちょうど良いことに、紅葉の奇麗な季節だ。

二人は少し早起きをして、遠出をすることにしていた。



「良く考えたら、プライベートで室井さんと車で出かけんの、初めてっすね」

青島が嬉しさを隠しもしないでウキウキと話しかけると、室井は前を向いたまま小さく微笑んだ。

「そうだな・・・出かけるとしても近場しか行かないしな」

「ね〜なんか新鮮です」

なんのことはない。

日頃部屋の中でしているデートの場所が、車の中に変わっただけのことである。

だけど、やはり二人でどこかに行けるのは嬉しかった。

ちらりと室井の横顔を盗み見る。

―そういや、室井さんが運転する姿、初めて見るな。

本当は一度だけ、室井が運転する車に乗ったことがある。

青島が刺された時だ。

残念だが当然、青島は室井の姿を殆ど見ていない。

青島的には最後の力を振り絞って交わしたつもりの約束は良く覚えていたが、あの時の室井の姿

まではさすがに記憶に無い。

初めて見る運転中の横顔。

そんなものが、妙に嬉しい。

また、狭い密室に二人きりである。

―変なの。なんか独占してる気になるなぁ。

部屋にいたって二人きりにはなれるのだが、狭い空間が余計に室井を近く感じさせていた。

青島の視線に気付いたのか、室井がちらりと横目で見てくる。

「どうかしたのか?」

「いや、カッコイイなぁと思ってただけです」

嘘でもない冗談を返すと、室井は目を剥いた。

視線を前に戻して、眉間に皺を寄せる。

「何言ってる」

「からかってるわけじゃないですよー。あんまり見ない姿だから、惚れ直してただけです」

青島は苦笑しながら、のほほんと言った。

「運転、してるだけだろう」

「そうですけど、なんか新鮮で〜」

「・・・・・・」

「まぁ、そんなに照れないでくださいよ」

「別に照れてない」

強張った顔で言われても説得力はない。

意地を張る室井は可愛いと思うが、折角の楽しいデート中である。

これ以上余計なことを言って、室井に変な緊張を与えたくは無い。

青島はさらりと話を変えた。

「道路、混んでますかね」

青島が話しを振ると、室井の肩から力が抜けるのが、青島にも何となく伝わる。

照れ屋な恋人に、青島はひっそりと微笑んだ。

「どうだろうな・・・一応それを見越して早く出てきたんだが」

ゴールデンウイークや夏休みといった行楽シーズンではなかったが、天気の良い秋の週末である。

ドライブに行く人たちも少なくないだろう。

今のところは順調だが、早朝だからとも言えた。

室井はまたちらりと青島を見た。

「良く起きれたな」

少しだけ笑っている目に、青島は意味無く胸を張って見せる。

「当然でしょ」

「良く言う。普段は起こしたって中々起きないくせに」

「あー・・・だって、ほら、仕事の時はねぇ」

言い訳にならない言い訳をすると、室井は喉の奥で笑った。

仕事の時と遊びの時は、自慢にもならないが、寝起きの良さが違う。

それに室井がいる朝は、二度寝したって根気よく起こしてくれる人がいるので、安心してしまう

のだ。

やっぱり自慢にはならないが。

青島はちょっと窓の外に視線を投げながら、さりげなく呟いた。

「何日も前から楽しみにしてたんだ。寝坊するわけないでしょ」

少しの間の後、「俺もだ」という返事が返ってきたが、今度は青島の方が照れ臭かったので、室井

の顔は見なかった。





***





サービスエリアに立ち寄って、車を降りる。

携帯用灰皿を持ちながら早速煙草を吸い始める青島に、室井は苦笑した。

「だから、別に俺の車で吸っても構わないと言うのに」

室井は青島と一緒の時にはたまに煙草を吸うが、基本的には非喫煙者だ。

嫌いじゃないはずだが、立場上やはり殆ど吸わずにいる。

当然車の中で吸うことはない。

煙草の臭いは一度吸っただけでも残るし、狭い車内で青島一人だけ吸うのも気が引けた。

「いいんですよ〜。車の中で吸うと、際限なく吸っちゃうし」

「気を使わなくてもいいのに」

「そんなんじゃないですって・・・・・・それに、ほら」

青島は辺りを見回しながら、笑った。

「紅葉見ながら一服するのも、気持ち良いしね」

まだ目的地ではなかったが、サービスエリア周辺は既に木々が色付き始めていた。

これから更に山間に入るから、もっとキレイな景色が見られるだろうと、期待したくなる。

「そうだな・・・・・・コーヒーでも、買って来よう」

「あ、俺も行きます。なんか腹減ったし」

煙草を灰皿に捨ててしまうと、室井と並んで歩き出す。

「まだ10時前だが」

「朝早かったじゃないですか〜」

「君は燃費が悪いな」

少し口角を上げてみせる室井に、青島は唇を尖らせた。

「その分、馬力があるんですっ」

自慢になるのかならないのか分からない青島の主張に、室井は相好を崩すと、手を伸ばし青島の

髪を掻き回した。

「そうだったな」

あんまり柔らかい表情をするから、うっかり見惚れそうになる。

慌てて、少し顔を逸らした。

「軽く何か食べよう」

そっぽを向いた青島がいじけたように見えたのか、室井はそんなことを言って青島の背中を軽く

叩いて促す。

折角なので、青島はいじけた振りをしながら、上機嫌で室井の後を付いて行った。





結局タコ焼きを一皿買って、二人で分けて食べた。

缶コーヒーを買って、車に戻る。

「何年ぶりだろう」

また運転席に納まった室井が呟く。

「え?」

「タコ焼きなんか食べるの、久しぶりだった」

言いながら、室井は車を発進させる。

確かに室井にタコ焼きは不釣り合いな取り合わせだ。

滅多に食べる機会はないだろう。

室井の分の缶コーヒーのプルトップを開けてやりながら、青島は微笑んだ。

「たまにはいいでしょ」

「そうだな。美味かった」

「俺が燃費悪いおかげで食えたんですからねっ」

室井は前を向いたまま、笑っていた。





***





湖畔に車を止めると、デジカメを持って車を降りる。

「うわぁ〜」

青島が感嘆の声を上げると、続きは室井が引き取ってくれた。

「キレイだな」

色鮮やかに紅葉した木々と日に反射して光る湖面。

まるで絵葉書を見ているようだった。

「いいタイミングだったみたいですね」

紅葉が本当にキレイに見える瞬間は短い。

自然のことだから仕方が無いのだが、早過ぎればまだまだ青々しく、遅すぎれば本当に枯れてし

まっている。

二人はきっと丁度良い時に休暇が取れたのだ。

青島はデジカメを構えて、何枚か写真を撮った。

写真で後に残すよりも肉眼で見て楽しむ方が好きだったが、今日の思い出にはなる。

いつか室井と写真を眺めながら思い出話をするのも悪くない。

風景写真を何枚か撮ってから、青島は思い立ったように室井を見た。

「写真、撮りましょうよ」

「え?」

「その辺の人に、カメラ頼んできますから〜」

そういうと、室井の返事を待たずに青島は歩き出した。

近くにいたカップルにお願いして、カメラを渡す。

室井の隣に戻ると、青島はちょっと笑って小声で言った。

「折角の初遠出ですから、記念にね」

室井も青島を見て、小さく笑う。

「そうだな」

「撮りますよーいいですかー?」

青島がお願いした彼が、2人に向かって声をかけてくる。

青島はカメラの方を向き直って、大きく笑った。

室井がどんな顔をしているのか気になったが、なんとなく想像が付いた。

「もう一枚撮りましょうかー?」

彼女がそう言ってくれるので、青島は軽く頭を下げる。

「あ、お願いします〜」

「はい。じゃあ、笑ってくださーい」

彼女に言われて、青島はちらりと室井を見た。

眉間に皺を寄せている室井を見て、青島は思わず吹き出す。

予想通りだったからだ。

青島は笑っていたから、わざわざ彼女が「笑って」と言ったということは、室井は笑っていなか

ったということだ。

「無理して笑わなくてもいいですよ」

小さく囁くと、室井が困ったような視線を寄こした。

それに微笑を返す。

「ちゃんと分かってますから」

別に不機嫌で硬い表情をしているわけではない。

きっと、これも緊張の一種なのだ。

どんな顔で写ったらいいのか、分からなかったのかもしれない。

不器用な室井が、一々愛しかった。

穏やかに微笑む青島に、室井は少し目を丸くして、やがて力を抜いた。

「・・・・・・君のそういうところが好きだ」

ボソリといわれて、青島はぎょっとする。

が、室井はすぐにカメラの方を向いてしまう。

青島も慌ててカメラを見た。

「いきますよー」

今度はちゃんと笑えているか、自信は無かった。





***





「うわぁ・・・やっぱり渋滞しましたね」

帰り道は、やはり渋滞に巻き込まれてしまった。

それでも全く動かないわけではないから、夜にはきっと家に帰れるだろう。

「すいません、結局一日中運転させて」

青島は相変わらず助手席にいた。

「俺がやると言ったんだ、気にしないでくれ」

もちろん途中で交代すると言ったのだが、室井が頑なに拒んだのだ。

「今日は俺が運転すると決めていたんだ」

朝もそんなことを言っていた。

青島がいつも本庁に送り迎えをしているのが、余程気になっていたのだろうか。

青島は肩を竦める。

「俺の仕事っすよ?室井さんの送り迎え」

正直にいえば、他のキャリアなら断れるものなら断りたいが、室井だけは嬉しかった。

忙しくて会えない時など、車の中で2人きりになれる時間は、それだけで貴重なのだ。

本当に「楽しいお仕事」の一つである。

室井はちらりと青島に視線を寄こして、少しだけ笑った。

「だからだ」

「え?」

「恋人の時くらい、俺が運転したかった」

青島は軽く目を見張る。

「二人きりの時くらい、恋人面させてくれ」

照れているのか、室井は青島の方を見ようとしない。

車が前に進んでるわけでもないのに、前方から視線を逸らさない。

青島はひっそりと笑った。

わざわざ恋人面などしなくても、青島が恋人と呼ぶ相手は室井しかいない。

もしかしたら、仕事じゃない、全く上司と部下じゃない時くらいは、室井も恋人らしいことをし

たいと思っていてくれたのかもしれない。

そう思うと、室井の気持ちは単純に嬉しかった。

言葉にせずとも愛されていると実感する。

「早く家に帰りましょう」

青島が唐突に言うと、室井は苦笑を漏らした。

「帰りましょうと言ってもこの渋滞じゃ・・・」

「帰らないと、室井さんにキスもできない」

ぎょっとして振り返った室井に、青島はニコリと笑った。

「運転のお礼に、今夜は俺が頑張りますから」

技術に自信があるわけではないが、室井への愛情ならちょっと自信があった。

「寝かせませんから、覚悟しててくださいね〜」

お礼だというのに覚悟しろとは随分だが、室井が喜ばないわけがない。

「・・・・・・早く、帰ろう」

亀の歩みの車の列を睨みながら、室井は言った。





























END
(2005.10.28)