少しだけ待って開きかけたドアを外から更に引っ張り開けて、目を丸くして突っ立っている室井
に満面の笑みで言った。
「ハッピーバースデー、室井さん!」
一月三日。室井の誕生日だった。
「あ、ありがとう」
お祝いに来ることは当然室井も知っていたことだが、青島の勢いが良すぎて驚かせたらしい。
いささか呆然としている室井に、青島はペコリと頭を下げた。
「明けましておめでとうございます」
誕生日のお祝いの次は、新年のご挨拶である。
年が開けて、初めて顔を合わせたのだ。
一拍おいて、室井も頭を下げてくれる。
「おめでとう」
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ……とりあえず、上がれ」
苦笑した室井が勧められて、青島も笑いながら頷いた。
「遅くなってすいません」
コートとジャケットを脱いでソファーに腰を下ろす。
生憎と休暇は取れず、仕事帰りにこうして寄るのが精一杯だった。
「仕事、大丈夫か?」
冷蔵庫から缶ビールを二本持ってくると一本を青島に手渡し、室井も隣に腰を下した。
青島はプルトップを開けて、室井に向かって掲げてみせる。
それを見た室井も青島に倣う。
「改めまして、おめでとうございます」
「ありがとう」
缶が触れ合せて乾杯すると、グビグビと一気に飲んだ。
「あーーーんまい」
心の底からそう言うと、室井は「ビールのCMみたいだ」と小さく笑った。
年も明けたばかりの一月初旬で外は寒いが、暖かい室内で飲む冷えたビールはやはり美味い。
仕事帰りだというのもあるし、もちろん室井のお祝いだからというのもある。
濡れた唇を手のこうで拭って、青島は肩を竦めた。
「せめて定時で帰れたら良かったんですけどね」
「仕方ない、年始だし忙しかったろ」
「こんなめでたい時くらい、世の中静かでも良いと思いません?」
「静かな正月というのもどうだろうな…犯罪がなくなることはもちろん良いことだが」
確に人や街が静かな正月というのも寂しく感じるし、犯罪をなくすことがどれだけ難しいかは二
人
「休暇が取れてたら、もっとちゃんとお祝いしてあげられたのにな」
少し不服そうに唇を尖らせた青島に、室井は眦を下げた。
「君が来てくれただけで、十分だ」
缶を唇に押し当てたまま横目で室井を見て、青島も笑みを零した。
「へへへ……おめでとうございます」
「もう何回も聞いたぞ」
「いいじゃない、何回も言いたいんだもん」
誕生日など、ただ一つ歳を取るだけの日にしか過ぎない。
しかも青島や室井くらいの年齢になると、その日が嬉しいばかり
それでもなぜか特別で、なぜか大事な日。
「おめでとうございます」
くどいくらい「おめでとう」を繰り返すと、室井は苦笑して頷いた。
「ありがとう」
青島は缶をテーブルの上に置くと、ソファーの背もたれにかけてあったコートのポケットを漁る。
今年のプレゼントはポケットに納まるサイズのモノだ。
取り出した小さな箱に、室井の頬が少し緩む。
「…本当に買ってくれたんだな」
予告をしてあったのでサプライズにならなかったのは残念だが、室井の分まで青島が自分の誕生
日に驚いたのでそれでイイコトにする。
差し出された室井の手の平にその箱を乗せる。
「ありがとう」
「いーえ、大したもんじゃないっすねけど」
「開けていいか?」
「もちろん」
プレゼントをする時は、できたらなるべく手渡しがいい。
喜ぶ顔が見たくて贈るのだから、それも当然だ。
だけど、目の前で贈り物の包みを開けられるのは、実は少しドキドキする。
―気に入ってくれるかな、どうかな?
図太い青島だって、多少は考える。
「本当はもっとゆっくり探したかったんだけど、やっぱり時間無くってね。室井さんに良いんじ
ゃないかなーって思ったのを選んだんだけど」
室井のキレイな指が箱に掛かったリボンを解くのを見ながら、ついベラベラと喋ってしまう。
「それにしても、男物の指輪を包んでもらうのって、かなり恥ずかしいっすね」
緊張と照れで余計なことを言う青島に、ちらりと柔らかい眼差しを寄こした。
「すまん、俺は通販で買った」
「わ、ズルイ」
「今度、一緒に買いに行こう」
さらりと言われて、青島は一瞬押し黙った。
それって、どうなんだ。
嬉しいけど。
この際、恥を掻くのはいいとして。
いや、良くないか?白い目で見られるぞ、きっと。
室井さんはいいのかな、それならまあいいっか……じゃなくて。
そうすることは、結構意味深じゃないのか。
いやいやたかが指輪じゃないの。
俺が深読みしすぎなんだ。
でも……指輪だぞ?
ぐるぐるしている青島に気付くことなく、室井は箱を開けて指輪を取り出した。
少し幅の広い平打で、両縁にラインの入ったシンプルな指輪。
室井の指には細めの無地の指輪が似合いそうな気がしたが、似合いすぎてまんま結婚指輪に見え
そうだったから止めたのだ。
マジマジと指輪を見つめる室井の顔は、不愉快そうでも困ったふうでもない。
喜色満面でもないが、そんなキャラではないので今更青島も気にしない。
感慨深そうに指輪を見つめる室井に苦笑して、青島は室井の手から指輪を取り上げた。
きょとんとした顔で青島を見る室井に、笑いながら言った。
「はい」
「はい?」
「手、貸してください」
左手を出せと要求すると、素直に出してくる。
出されたその手の平をひっくり返して甲を上に向けると、その薬指に指輪をはめた。
予想外だったのか目を丸くした室井に構わず、青島はじっとその手を見下ろした。
「うん、似合う」
勝手に満足げに微笑む青島に、呆気に取られていた室井もつられて自分の左手を見下ろす。
青島に取られたままの手で、青島の手を握り返してくれた。
「ありがとう」
「気に入ってくれた?」
「とても」
短い返事でも室井の真面目な目を見れば本音と分かるから、それだけで充分だ。
青島は嬉しさを隠しもしないで笑った。
「良かった」
「青島」
「はい?」
「俺もしたいんだが」
「何を?」
簡素な言葉は室井らしいが、さすがにそれでは何がしたいのか伝わらない。
青島が首を傾げて聞き返すと、室井は真顔で言った。
「指輪を君の指に」
そう言って手を差し出しくるから、何を要求されているのか青島にもようやく分かった。
青島が誕生日に貰った指輪を出せと言われているのだ。
改めて、指にはめてくれる気らしい。
自分でしておいてなんだが、今更改まってそんなことをされるのも恥ずかしい。
青島は首を振った。
「や、俺はいいっすよ」
「なんでだ」
「こないだちゃんと手渡ししてもらったし」
「でも、指には」
「いいんですってば、女の子じゃあるまいし、そんな願望はないっすよ」
「自分はしたくせに、ズルイぞ」
それを言われれば返す言葉もない。
それでもやっぱりわざわざ室井に指輪をはめてもらうために、指輪を取り出すのは気恥ずかしか
った。
「まーまー、もーいいじゃない」
それよりお祝いの続きしましょうよと缶ビールに伸ばそうとした手を室井に掴まれて、いきなり
ソファーに押し倒される。
覆い被さってきた室井にやぶさかではなかったが、さすがに突然過ぎてちょっと焦る。
「室井さん?何、どうしたの?」
「いや、ちょっと」
「いや、ちょっとって…」
困惑気味な青島の唇に軽くキスをして、室井の手が青島のネクタイを緩めた。
ワイシャツのボタンを外されれば、恋人が何を求めているか分からないはずもない。
「ちょ、室井さん、ヤるのはいいんですけど、ベッド行きましょうよ」
色気のカケラもなく誘うと、室井はちょっとだけ笑みを零し、もう一度キスをした。
「それは後からな」
「え?」
室井の手が喉元に触れピクリと小さな反応を見せた青島に、室井は目を細めながらその手を引き
上げた。
手にしたシルバーネックレスの先には、室井が贈ってくれた指輪がぶら下がっている。
そうして持ち歩いていることは、室井に告げていた。
毎日ではなくて特別な時にでもと思って買ったネックレスだったが、結局今のところ毎日つけて
いる。
室井の目的は、この指輪にあったらしい。
青島はしまったと思ったが、室井が嬉しそうな顔で見下ろしてくるから、文句も言えない。
「わざわざいいのに」
「俺がしたいんだ」
「…別に、俺だってされたくないわけじゃない」
ぼそぼそと言いながら、室井に首筋を晒す。
「外して、取ってください」
照れ臭くて視線を逸らしたままで待つと、室井の手が首の後に回る。
頬には唇の感触。
その唇が耳元に滑り、首筋に移る。
ネックレスを外すだけにしては過剰な仕草に、青島は少しだけ息を詰めて笑みを零した。
「指輪の交換、するんでしたもんね」
青島が室井に指輪を贈って指輪の交換をしたら、誓いのキスをする。
青島が室井に指輪を貰ったときに、冗談で交わした約束だった。
それは室井ももちろん忘れていなかった。
「誓いのキスもするぞ」
青島が室井を見上げると、室井は柔らかい表情で青島を見下ろしていた。
この男にこんなバカな台詞を吐かせられるのは自分だけだと思うと、少しだけ興奮した。
きっと青島もバカなのだ。
青島は室井の頭を引き寄せて、唇を寄せる。
「その後は、初夜っすね」
囁いて唇を重ねると、室井がすぐに深く求めてくれる。
ネックレスを外すために回されていたはずの手が、いつのまにかしっかりと後頭部を支えていた。
青島も室井の背中を抱きしめて、それに応じる。
呼吸が乱れてくると、室井は青島の身体の上から退いた。
そして、薄く目を開いた青島の両腕を掴んで、力いっぱい引っ張り起こす。
「わっ」
押し倒された時同様突然すぎて目を丸くしている青島に、室井は眉間に皺を寄せて言った。
「後でって言ったが、指輪の交換、ベッドでしてもいいか」
ぽかんと口を開けた青島だったが、すぐに大笑いに変わる。
ベッドで指輪の交換をして、誓いのキスをしたら、初夜を済ます気らしい。
青島は笑ったまま室井の首に抱きついた。
「順番、変わってもいいっすよ」
言いながらも笑い続けている青島の唇を塞いでから、室井は眉間の皺を深くした。
「いや、順番は守る……つもりでいるんだが」
後半不安そうに呟いたから、青島はまた大笑いした。
順番が守られたのかどうかは、室井の名誉のため伏せておく。
END
(2007.1.3)
おめでとうございます!室井さん!!
というわけで、室井さんお誕生日話でした。
なんだか、とってもこっ恥ずかしい話を書いてしまいました…;
いつものことですが(笑)
お祝いになったのか微妙な感じですが、ラブラブバカップルな二人が書けて楽しかったですv