我侭が許される日・後日談












室井に寄り添って、ひっついて目を閉じる。

まだ、いくらか熱を持った肌が心地良い。

「青島」

室井の手が青島の頭をなぜる。

「はい?」

「プレゼント、何欲しい?」

聞かれて、青島は少し重たい瞼を持ち上げた。

視線を合わせると、室井は苦笑していた。

「プレゼントを用意できなかったんだ」

忙しくて時間がなかったのだろうし、どうせ会えないのだから会える時に買えば良いと思ってい

たのかもしれない。

青島はちょっと考えてみるが、これと言って浮かばない。

折角の誕生日プレゼント。

貰えるなら嬉しいし、それが室井からなら尚更だ。

だけど、特に浮かばない。

今の状況は、満腹時に次ぎのご飯のメニューを考えている時に似ている。

目一杯満たされたところだから、新たな欲が浮かばないのだ。

「んー、何でもいいっすよ。くれるもんならなんでも嬉しいし」

いらないとは、言わない。

室井からの誕生日プレゼントは、やっぱり欲しい。

「それが1番難しい」

本当に難しそうに眉をひそめた室井に、青島は笑みを零す。

室井のことだから真剣に、一生懸命考えてくれるだろうが、不用意に苦悩させるのも可哀相だと

思い直す。

「何でもいいんすか?」

「俺に買えるものなら」

「じゃあ、アメスピ、ワンカートン」

青島が絶対に必要で、絶対に消費するものと言えば、コレである。

誕生日プレゼントにしては色気がないが、青島が確実に欲しいものでもあった。

だが、室井の表情はぱっとしない。

「減煙を希望している身としては、プレゼントしにくい」

というよりは、プレゼントしたくないのだろう。

青島も無理にはねだらない。

煙草くらい自分で買えるからまぁいいやと思っていることがバレたら、室井は益々表情を曇らせ

ることだろう。

「じゃあねぇー、酒とか。美味しいやつ」

「酒なら俺も飲むから、他のものにしてくれ」

「いいじゃない、一緒に飲めば」

「気持ちの問題だ」

大袈裟なと思ったが、室井が頑固なことは十分承知している。

青島もそれ以上は食い下がらない。

「んんー、バースデーケーキは?」

「それこそプレゼントじゃないだろ」

「立派なお祝いじゃないすか。ちゃんと歳の数だけロウソク立ててくださいね」

「・・・他のもんにしてくれ」

買えるものなら何でもいいと言うわりに、あまり何でも良くないらしい。

「もー室井さん、わがままですよー」

言いながら、欠伸が零れる。

限界が近いのか、また瞼が重たくなってきた。

「わがままか、俺は?」

不服そうというよりは不思議そうな室井に思わず笑ったら、瞼が落ちた。

一度落ちた瞼は、朝まで持ち上げられそうにない。

青島は何とか腕だけ動かして、室井の背中を抱いた。

「モノよりぬくもり」

「ん?」

声が小さかったのか、室井が聞き返してきた。

青島は半ば夢の中で言った。

「俺にはこれで十分・・・」

「青島?」

問い掛けに寝息で応じる青島に、室井は苦笑した。

青島の肩まで布団を引き上げると、室井も青島の背中に腕を回す。

「どっちのプレゼントなんだか・・・」

呟いて、室井も目を閉じた。

朝まで、後少し―。










***










誕生日から一週間後。

久しぶりの休日ではあったが、室井は仕事らしく今日は会えそうもない。

昼過ぎに起き出した青島は、とりあえず洗濯機を回していた。

これから年末にかけて益々忙しくなる。

次の休みがいつになるか分からないから、やらなければならない家事をこなしておこうと思った

のだ。

もちろん、やらなくても特別困らない家事はやらない。

咥え煙草で洗濯物を干すといういささか行儀の悪いことをしながら、ぼんやり「室井さん、何し

てるかなー」と考えていると、インターホンが鳴って手を止める。

「誰だろ?・・・はいはいっと」

洗濯物を放り出し応じると、元気な声が返ってきた。

『カエル急便でーす』

青島の眉がピクリと反応を示す。

未だにカエル急便と聞くと、少しだけ身構えるのだ。

もちろん何があるわけではないし、そうそう何かあっては困るのだが。

「ちょっと待ってくださいねー」

青島は苦笑気味に言って玄関に向いドアを開けると、馴染み深い制服のお兄さんが小さな小包を

持って立っていた。

差し出された伝票にサインをして荷物を受け取り、目を丸くする。

送り主は室井慎次だ。

「ありがとうございましたー!」

また元気に挨拶を寄越すカエル急便のお兄さんに、適当に愛想笑いを返して見送るとドアを閉め

る。

小さな小包を手に、なんでわざわざ?と首を傾げながらリビングに戻ると、ソファーに腰を下ろ

し何はともあれ開けてみる。

小さな小包の中には緩衝材が敷き詰められていて、その中心に更に小さな小箱が入っていた。

その箱に、青島は見覚えがあった。

全く同じ箱ではないが、良く似たケースを見かけたことはある。

中身が想像できるものは、一つしかなかった。

それと同時にまさかと思う。

だって、それが青島の想像しているものだとしたら、普通宅配便で送ってはこないはずだからだ。

「まさか、ね」

青島は嫌な予感と高揚する気持ちを抑えつつ、半笑いになる。

「いくら室井さんが不器用で鈍感で唐変木だからって、いくらなんでもね」

無意識に発した言葉に悪気はないが、随分な言い草である。

それでも青島は真剣な顔で、小箱の蓋を開けた。

中に入っていたのは、やはり有り得ないもの。

シンプルなリングだった。

予想はしていたが、青島は呆気に取られた。

呆気に取られたままリングを眺めて、眉間に皺を寄せるとジーンズの尻のポケットから携帯を取

り出す。

呼び出すのはもちろん室井の携帯だ。

呼び出し音を延々と聞きながら、室井が出るのをただひたすら待つ。

―切ってやるもんか。

仕事中だろうとは思うが、妙な意地が勝る。

それから大分経って、ようやく電話が繋がった。

『青島?どうかしたのか?』

室井の声がいくらか焦っていたから、青島のしつこいコールに急用だと思ったのかもしれない。

青島は受話器越しに、いきなり怒鳴り付けた。

「なんつーもん、送ってくるんすか!室井さん!」

驚いたのか、意味を理解するのに時間が掛かったのか、返事に少し間が開く。

『・・・・・・迷惑だったか?』

沈痛な重苦しい室井の声に、誤解が生じていることに気付いて、青島は慌てて訂正する。

「違う、違いますよ、そういう意味じゃなくて、ゆ、ゆびわを寄越すなって言ってんじゃなくてっ」

誰に聞かれているわけでもないのに、照れ臭さから「ゆびわ」と口にする時だけ、ごにょごにょ

と小声になった。

一つ深呼吸をして、また怒鳴る。

「そんな大事なもんを宅配便で送ってくるなって言ってんですよ!」

『しかし、ただでさえ誕生日から随分遅れていたから・・・』

指輪についての誤解が解けたのか、室井の声はいくらか安堵したように浮上していた。

しかし、相変わらず話しは通じていない。

中々会えそうにないから出来るだけ早く渡そうと思い送ってくれたらしいが、指輪をそんなふう

にプレゼントする人はあまりいない。

「信じられない、こういうもんは手渡しするもんでしょうが、遠距離恋愛してるわけでもあるま

いし」

『そ、そういうもんか?』

「そうですよ、当たり前でしょ、ゆび、指輪ですよ、お歳暮でもあるまいし宅配便で送りません

よ、普通、絶対、だって、こんな・・・」

ブツブツ言いながら、手の中の指輪を眺める。

室井が青島に贈ってくれた、初めての指輪。

不覚にも、目の奥が熱くなる。

「こんな、大切なもの―」

喉が小さくなった。



『青島・・・?』

「なんすか」

『泣いてるのか?』

「まさか。泣くわけないでしょ」

冷たく言いながら、鼻をすする。

少しの沈黙の後、室井が心底残念そうに言った。

『失敗した、直接渡せばよかった』

それはこっちの台詞だと思いながら、青島はちょっと笑って、また鼻をすする。

「直接、渡してくださいよ」

『ん?』

「今度、うちに来た時、手渡ししてください」

指にはめて欲しいなんて、青島もそこまでロマンチストじゃない。

だけど、せめて室井の手で、手渡しして欲しい。

室井の気持ちが篭っているはずの指輪だから、室井の手で渡して欲しかった。

青島の希望に、室井は柔らかい声でバカなことを言った。

『もう一度泣いてくれるか?』

青島は目を丸くし、破顔した。

「素晴らしい愛の言葉でも囁いてくれたらね」

電話の向こうで、室井が困ったように呻いた声がして、青島はまた笑った。










更に数日後。

突然やって来た室井に本当に愛を囁かれて、心底困るのは青島の方だった。


























END
(2006.12.20)